Act6_三者三様の思惑
/ラクランシア・ヴェノ・ミスティア
8月19日 09:12 ミスティア王国王都王城
荘厳な装飾が施された謁見の間。いまそこには物々しい雰囲気が張り詰めている。
礼服を身を纏った宮廷貴族が数名、王座に座る私を囲むように並び立ち、連絡武官の報告に耳を傾けていた。
その内容はつい先日に起きたフェリザリア軍の国境侵犯軍事行動に対する続報である。
誰もが緊張を顔に浮かべているが、第一報が入った時、つまり二日前の混沌とした状況からはこれでもかなり改善されている。最近の緩みきった宮廷貴族共には良い薬であったか。
「詳細な報告が入りました。フェリザリアに浸透している魔術師からの連絡によりますと、今回の侵攻はフェリザリア女王、カミーラ・ケリン・クウェリアの勅命であるようです。動員されたのはフェリザリア王家軍第一騎士団。かの逸脱者、ケティ・ノルデリアが指揮する軍団です」
やはりそうであったか、と驚くこともなく情報を咀嚼する。
第一報の時点で、逸脱者ノルデリアの投入は把握していた。
そしてノルデリアは現フェリザリア女王の筆頭相談役。つまり女王の勅命以外ありえない。
だがタイミングが不可解だ。真夏は軍事行動に適するが、収穫期を狙うほうが合理的だった。
それに現在、国境線での軍役に着いているのは愛娘ベネディクテと姪であるオイフェミアだ。
身内贔屓を一切なしにしても、あの2人を同時に相手にしたい国家など殆ど存在しない。オイフェミアは世界最強の逸脱者、ベネディクテもミスティアきっての上位者だ。
第一フェリザリアに総力戦を行う余力など無いはずだ。ミスティアとフェリザリアの国力はほぼ同程度である。
現在北方魔物部族連合が拡大している現状で本格的な戦争を行う余裕など、両国共に無い。
例え今回の侵攻に成功していたとしても、その後の我が国による報復行為は容易に想像できる筈だ。
「フェリザリアの侵攻理由は確認しているか?」
私は報告を行っている武官に対しそう問いかける。武官の女騎士は、冷や汗を垂らしていた。そんなに怯えることは無いだろうに。
「陛下、申し訳ありません。現状侵攻理由についての確定情報は入っておりません」
ふむ。と口に手を当て考える。そして思い当たる事が一つ浮かんだ。
もしかして奴らはベネディクテとオイフェミアが国境線にいるこの時をあえて狙ったのか?わざわざノルデリアまでを投入するとなればその説は濃厚である。
国境線に展開していたミスティア側の戦力は500ほど。軍事作戦として考えれば、かなりの少数勢力だ。
奇襲をしかけ、オイフェミアとベネディクテを捕虜とできれば強力な政治カードとなるだろう。
それならば、騎兵を中心とした1500規模の大隊が侵攻してきたのも頷ける。
しかし、そうなれば別の疑問が浮上した。どうやってベネディクテとオイフェミアは3倍にも迫る敵軍を退けたのだろうか。
撃退した、という報告だけ先行して上がってきているが、その仔細についてはまだ聞かされていない。
オイフェミア単騎でも、1500の通常戦力を殲滅することは容易であるが、今回の相手方にはノルデリアが存在していた。
大隊規模を殲滅する広域攻撃魔術の詠唱を、あのノルデリアが許すとは思えない。
加えて聞いた話では、ベネディクテもオイフェミアも重傷は負っていないらしい。
ノルデリアを相手にしてもなお、傷を追わぬほどに愛娘と姪が強くなった、などという楽観的な思考ができれば楽なのだが、そんな都合のいい話でも無いだろう。
であれば何かしらのイレギュラーが発生したのだろうか。
「ベネディクテから戦闘の仔細についての報告は上がってきているか」
「はい。アルムクヴィスト公爵軍は歩兵216、近衛隊13、騎兵18、魔術師8を損失。ベネディクテ殿下の近衛隊からも2名の戦死者が出ました」
予想の範疇であるが、大損害だ。たかだか500程度の数のアルムクヴィスト公爵軍だったとはいえ、此度の軍役に参加していたのは、オイフェミア隷下の精鋭だったと記憶している。
数の損耗はともかくとして、精鋭を喪ったのは痛いだろう。王家の方からの何かしらの補填が必要そうだ。
その続きは無いのかと、武官に顔を向ければ、手元の資料を見ながら困惑した様な表情を浮かべている。
「ですが……我が方の反撃によって、フェリザリアの指揮官の7割を撃破したとのことです……」
「どういうことだ…?」
私の顔にも同様に困惑の色が浮かんだ。
敵方指揮官の7割を撃破?何を行えばそんな事ができる。
まず最初にオイフェミアの魔術であるかと推測するが、恐らくは違うだろう。
オイフェミアが自由に動ける状態であったのならば、敵方指揮官だけを削る必要もない。1500の大隊ごと消し飛ばしてしまえば良い。
愛娘であるベネディクテによるものでもないだろう。我が娘ながら、あれは確かに強い。逸脱者には届かないにせよ、上位者だ。
とはいえ、ベネディクテの強さは、1対1でこそ発揮される。大隊全体に損害を与える魔術の行使は難しいはずだ。
「報告によれば、オイフェミア殿下が現地で雇った《《傭兵》》による戦果とのことです……。更に俄には信じがたい話ではありますが、その傭兵は男であると……」
謁見の間が静寂に包まれる。私も、宮廷貴族達も、誰もが理解し難いといった表情を浮かべていた。
それはそうであろう。どう考えても、誰が聞いても可笑しいと感じる内容の報告だ。
だが、オイフェミアの報告であるならば、この一件に関するイレギュラーはその《《傭兵》》とやらで間違い無いのだろう。
ウォルコット侯爵軍が現地に到着するのは、今日の夕方ぐらいであろうか。すぐにでもベネディクテとオイフェミアから直接報告を聞きたいが、彼女たちが王都へと戻ってくるのは早くても2日後となるだろう。
通話のピアスでの連絡も行えるが、2人にも準備があるだろう。混乱している現状で余計な手間をかけさせるわけにもいかない。
この目でその男傭兵とやらを見ておくべきか。ただの直感だが、その《《男傭兵《》》は、今後重要な役回りとなるだろう。
「ベネディクテとオイフェミアに伝えろ。"引き継ぎ作業の後、その傭兵も連れ王都へ帰還せよ"と」
「畏まりましたラクランシア陛下……」
宮廷貴族共の顔に、驚いた表情が浮かぶ。気持ちは理解できる。だがこれが手っ取り早く、かつ確実に状況を判断するためには一番だ。
「貴様らの懸念も充分に理解している。その傭兵が刺客ならば、それは最もな警戒だ。だが冷静に考えてみろ。あのオイフェミアが雇った傭兵なのだぞ。私はその傭兵の事は何も知らんが、オイフェミアの事は信頼している」
宮廷貴族共のざわめきが静まる。生唾を飲み私の言葉の続きを視線で促してきた。
「貴族気取りの馬鹿共や、貴族の中にオイフェミアの事を恐れ、どうしようもない低俗な罵りを行う者はいる。だが少なくともこの場にいる貴様らはそれほど愚かでは無いだろう」
王座に詰めている宮廷貴族、私が信を置く家臣たちは皆真剣な表情で頷いた。
この者たちは古参の家臣たちだ。その多くがアルムクヴィスト公爵家に、何度も救われている。
もちろんオイフェミアの事も幼い頃から知っていた。人の心を全て見ることのできる魔術の天才。そんな彼女が、本当はどういう人間かを正しく理解している数少ない者達だ。
「ミスティア女王、ラクランシア・ヴェノ・ミスティアとして命ずる。その傭兵の出迎えの準備を行え」
家臣達が礼をし、謁見の間から退出していく。事態が錯綜しないように己の仕事を果たしに行くのだろう。
ともあれ今回の報告で、ベネディクテとオイフェミアが雇い入れるような男傭兵に興味が刺激された。果たしてどんな存在なのやら。逸脱者であるにしろそうでないにせよ、この目で直接見極めさせてもらうとしよう。
/ケティ・ノルデリア
8月19日 11:53 フェリザリア王国西部ノスヴァルナ砦
「ノルデリア騎士団長、お客人がお見えになっております」
ここはミスティア王国との国境線に位置する防衛拠点、ノスヴァルナ砦。
そこに臨時で設けられた私の執務室のドアがノックされ、外から秘書官の声が聞こえる。
このタイミングで客人?面倒事の予感がする。大凡、中央からの小言だろう。
とはいえ、門前払いをするわけにもいかない。小さくため息をついたあとに、ドアへ向かって声を掛ける。
「通せ」
ドアが開かれ、礼服に身を纏った貴族然とした金髪の女の姿が目に入る。
私は隠すこともなく、大きなため息を吐いた。よりにもよってお前か。
「お前はいい。下がれ」
言葉を受けた秘書官が退出し、ドアが閉まる。
「また随分手の込んだ見た目だな、ゼータ」
瞬間、金髪の女の姿が揺らぐ。蜃気楼のように飽和し、その後に残るのはフードを被った笹耳の女。
白を基調とした上等な布と皮鎧の装具に身を包み、腰には150cmほどの長さの鍔のない《《刀》》を二振り帯刀している。
右の笹耳は半ばから斬り飛ばされており、その傷がはるか昔のモノであることはすぐに分かる。髪は灰の色。それを一房の三つ編みにまとめ、首から鎖骨側へと流している。丹精な顔立ちながら、纏った空気は抜き身の刃が如きもの。桃色の瞳を興味なさげに向けてくる――私の師。
「やはりノルデリアには敵いませんね。私の偽装を見破るのは、容易ではないはずなのですが」
その女の名前はゼータ。"水天剣舞"、そして"猟犬"の異名を持つ、フェリザリア女王、カミーラの懐刀である。
その実力は本物。逸脱者でこそないものの、60年前には逸脱者を殺した事のある上位者だ。
いまのフェリザリア王家の最大功労者であり、紛れもなく英雄の一人。
現在は"猟犬大隊"と呼ばれるフェリザリア王家の暗部を実行する部隊の指揮官である。
「私が幼子の頃からお前の事はよく知っているのだ。今更その匂いを間違えなどするものか」
私がそう言えば、彼女は自分の腕を上げ、鼻でその匂いを嗅ぎ始める。いやそういう意味ではないのだが……
「……水浴びは行っているのですが、匂いますか?」
「……ハァ。そのままの意味の匂いの話なら、お前からは桃の香りしかせんよ。若作りババアめ」
ゼータの外見は精々が20代前半程度である。だがその実、彼女の齢は70を超えている。
その理由は、彼女の種族にあった。
「失礼な。森人と只人を同じ尺度で語らないでください。私はまだまだ若いですよ」
ゼータの種族は森人。長命な人型種族である。1000年を超える寿命を持つと言われており、総じて美形が多い。また弓や妖精魔術に高い適正を持っている。その一番の外見的特徴は笹耳だ。
「確かに森人基準なら若いだろうよ。だが私の倍以上の歳だという自覚も持て。その歳で天然属性は流行らんぞ」
「そりゃ、森人なのだから天然由来でしょうに」
だめだ、頭が痛くなってくる。ゼータはそこはかとなく抜けている、所謂天然であり、まともに相手をしているときりが無い。
だが、普段はこんな感じであるのだが、仕事はしっかりとこなすし、その実力も確か。
実際に私の業のほとんどはゼータによって鍛えられた。
そのため敬意や畏怖の感情もあるのだが、普段の天然具合によって、今更礼を持って接する気にはなれないのも事実であった。
「……なにしに来たのだ。お前は今、カミーラ女王の影の刃だろう。こんな人目のつく所に来て良いのか?」
「そのカミーラからの命ですよ。ノルデリア、貴女負けましたね?」
やはりそのことか。中央に帰ればいつでも嫌味を聞くというのに。
「小言は聞かんぞ。今はミスティアの報復に備えるのに忙しい。中央に戻ったあとにいくらでも聞いてやるとカミーラ女王に言っておけ」
「いえ。此度の敗北に関して、カミーラは何も言っておりません。ノルデリアほどの人物が負けたのであれば、それほどに|"魔女姫"《オイフェミア》と|"白淡姫"《ベネディクテ》が強かったのでしょう。ですが《《それだけではありませんね?》》」
耳の早いことだ。恐らくはゼータの猟犬大隊の人員に戦場を観察されていたのだろう。
「カミーラは、貴女を退けた存在に興味があるみたいです。私の方に入っている報告だと、その存在は《《男》》だとか」
そこまで見られていたのはいけ好かないが、ここで言っても仕方ない。
「ああ。確かに男だった。あの瞬間、目が合って姿を見た。遠目ではあったが間違いないだろう」
ゼータは口に手を当て思案する。
「やはりそうでしたか。報告を聞いた時にはにわかには信じ難いものでしたが、ノルデリアが言うのならそうなのでしょう」
「私も驚いた。連合女王国の男逸脱者、夜の王でも無かった。あんな存在聞いたとこもない」
「私も聞いたことはありません。ミスティアが秘匿していたのか……」
「或いは、突然現れたのかもな」
「そうだとしたら、ミスティアは強運ですね」
私は、煙草を咥えて火を付ける。あの存在に興味はあるため、この話題を続けるのも吝かではないが、こっちも仕事が溜まっているのだ。
「まあそれはいい。いい加減ここにお前が直接着た理由を話せ、ゼータ」
ゼータは思い出したかのように、口に当てていた手を外し口を開く。
「ああ。そうでした。もし次にその存在と出くわす事があれば、《《殺さぬように》》と、そう言ってました」
「ハァ?」
此度の侵攻理由、オイフェミア・アルムクヴィストの捕縛と同じ様な理由か。
話が主ながら、強き者を欲しがるその性質には頭を抱えさせられる。
「困ったものですね、カミーラにも」
「……本当にな」
/朝霞日夏
8月19日 13:12 ミスティア王国東部朝霞の弾薬庫
呼吸を整え、ハンドガードを握る。力まず、だが確実に。
左目を半目にして焦点を右目へ移す。スコープ越しの光景が更にクリアになる。
目標を見据える。時間は昼の13時頃。距離450m。地上1m、縦横30cm。風速は右へ3m/s。経験と計算から導き出されたそれらの要素に従って照準をずらす。
――いける。息を止め、トリガーを引いた。
撃鉄が落ち、火薬が爆ぜる。
それにより暴力的な初速を得た7.62mm×51mm NATO弾は、文字通り目にも留まらぬ速さで目標へと飛翔する。
スコープ越しの視界が空を写す。ある程度離れた距離での狙撃では、銃の反動によるマズルジャンプで着弾を確認することができない。
そのため本職の狙撃手には観測手といわれるバディが存在するのだが、生憎俺は選抜射手、そしてここは異世界、そんな者が存在するはずもない。
マズルジャンプから視界が戻り、再びスコープ内に目標を捉える。7.62mm×51mm NATO弾が直撃した30cm程の木の板は跡形もなく砕け散っていた。
ふぅ、と息を吐く。当たる確信はあったが、やはり実際この目で確認すると安堵感を覚えるものだ。こればっかりは何十万発撃っても変わらない。
「凄い……また初弾で命中だ……」
背後から少しハスキーがかった綺麗な声が聞こえた。最早聞き慣れつつあるベネディクテの声である。
さて、現状何をしているのかといえば、銃の説明も兼ねた、訓練射撃である。
言葉での説明と、実戦での援護射撃は行ったが、実際の射撃を見たほうが理解を深めやすいだろうと考え、こちらから提案したのだ。
勿論安全確認はしっかりと行っている。付近に展開している公爵軍やベネディクテ隷下の近衛隊にも侵入禁止の旨は伝達済みのようだ。
「風も殆どないし、今日は撃ちやすい」
「あれだけの高速飛翔体でもやはり風の影響は受けるのですか?」
オイフェミアがそう問いかけてくる。
彼女たちからすれば毎秒850mなんて未知の速度だろうし、そう思うのも仕方がない。
いや、そう言えば一昨日ベネディクテが雷魔術を放っていた。
雷の速度は毎秒250km程度。弾丸よりもよっぽど高速な物を放っていた。
まあ雷が風の影響受けるわけもないだろうが。
「受けるよ。今日ぐらいの風じゃ問題にならないけど、嵐みたいな強風だとかなり風の計算が必要になってくる」
「そういうものか。まあ確かに矢も風に左右されるしな」
オイフェミアは少し考えた様な素振りを見せた後に椅子を立ってこちらへと近づいてきた。
柑橘系の香りが風にのって漂ってくる。彼女生来の香りか、はたまた香水などの匂いだろうか。
「ちょっと思いついたことがあるんです。弾丸を一発貸していただけますか?」
何をする気なんだ?そう思いつつも、7.62mm×51mm NATO弾を一発手渡す。
封印がどうこうという話もあったため、そもそも触れられるのかという心配はあったが、それは杞憂であった。どうやら弾丸には触れる事ができるらしい。
弾丸を受け取ったオイフェミアは、弾丸を握り込むと目を閉じた。次の瞬間、握った手から淡い緑色の光が漏れ出す。魔術の行使か?
「オイフェミア、何をしたんだ?」
そう問いかければ、彼女は握っていた弾丸を手渡してくる。
訝しげにそれを受け取って確認してみれば、弾頭の側面部分に北欧のルーン文字の様なものが刻まれている事に気がついた。
なんだこれは、エンチャントか?
「その弾を用いてもう一度撃ってみてください!狙うのはあちらで!」
そういった彼女が指差す方向は、細い木が一本だけ生えている丘。
射的の的から45℃ほどズレた方向である。
「まあ構わないが……あの周辺に人はいないよな?」
こちらの問いかけに対し、オイフェミアの周囲に複数の魔法陣が展開される。
また何かしらの魔術を行使したようだ。
「人のような魔力反応はありません。精々が虫程度のものですね」
「魔力探査か。相変わらず、無茶苦茶な範囲まで届くな。本来であれば、50mが精々の魔術だろう」
魔力探査。魔術の名前か。
ベネディクテの言葉を考えるに、恐らくは周辺索敵用の魔術なのだろうか。
「訓練された魔術師なら、200m程度は索敵できますよ。私はそれをただ距離拡大させてるだけです」
「それをするのが大変だろうに……」
受け取った弾薬をマガジンに込め、チャージングハンドルを引いた。
先に装填されていた通常弾が薬室から弾き出され、エンチャント弾(仮)が送り込まれる。
俺は言われた通りに、木の方へと銃口を向けた。改めて周囲に人や生物が居ないことを確認し、オイフェミアへと視線を向ける。すれば彼女は楽しそうに笑いながら頷いた。
オイフェミアの魔術は、この世界でも異常なものであるということを、先日の会話で理解している。俺の目視確認よりも、よっぽど信頼性の高いものだろう。
トリガーを引いた。周囲に木霊する破裂音。弾丸は狙った気へとまっすぐ向かって――行かなかった。
「は?」
射出された弾丸は大きく弧を描くように機動を曲げ、先程まで狙っていた的へと寸分狂わず命中する。木板の砕け方から見るに、だいぶ威力減衰は起きているようだが、非装甲目標を殺傷する程度ならば充分に可能な威力だろう。
隣に立っているオイフェミアが、嬉しそうに飛び跳ねている。その様子は大変可愛らしいのだが、俺の頭の中には疑問符と驚愕が大量に浮かんでいた。
「オイフェミア……いまのは妖精魔術か……?」
ベネディクテが少し呆気に取られた顔をしつつ、そう問いかける。妖精魔術?やはりエンチャントの類だったのだろうか?
「そうです!妖精シルフに協力して貰って、弾丸に風のエンチャントをかけたんですが、上手く制御できましたね!」
心底嬉しそうに、そう応えるオイフェミア。
対する俺は空いた口が塞がらないといった状態だった。
弾丸のベクトルを変化させられるとは、まるでファンネルミサイルだ。
魔術とはこうも凄いものなのか……。
「アサカ、勘違いしてるかもしれんから一応言っておくぞ。そもそも常人であれば妖精シルフを呼び出す事もできないし協力してもらうこともできない。それに風魔術での指向性の制御には多大な演算リソースを使用する。あれだけの高速飛翔体であれば尚更だ。つまりこんな芸当できるのはこの馬鹿だけであるから勘違いはしないように」
ベネディクテが半ば呆れた様な表情でそう教えてくれた。
その様子を見るに、オイフェミアがこの様な突発的な行動に移ることはそう珍しいことでも無いようである。
それに対しオイフェミアは少しむくれた様子で口を開いた。
「馬鹿ってなんですかベネディクテ!これは風の矢の上位魔術の開発に成功した歴史的な瞬間ですよ!もっと喜んでくださいよ!ね!ラグンヒルド!」
「私はオイフェミア殿下の成功を喜ばしく感じますが、魔術師組合にいる友人は、『隔月のペースで生み出される新魔術を記録解明する我々の身にもなってくれ……』と言っていましたよ」
「え、ほんとに……?」
俺の思っている数倍以上、このオイフェミアという少女は天才なのだろう。
新しい魔術を生み出すことがどれほどの難度なのかは判りかねるが、野球で隔月ペースで新しい球種(しかも実用できる)が増えていくと考えれば、そのヤバさは何となく分かる。いや、派手にヤバいな。
普段はすました様子のオイフェミアがこう喜んで跳ねている姿を見ると、この子もやはり歳相応の娘なのだと理解できた。妹を思い出す。
俺が居なくなって、秋奈は元気にしているだろうか。本当に独りぼっちにしてしまった。いや、これは自慰的な感傷だ。そもそも、両親と弟が殺された後に2年も帰っていない俺が兄貴面など、烏滸がましいにもほどがある。
――やはり帰らねばならない。
帰って、秋奈と姫乃にしっかりと謝りたい。まあこれも自慰的な感情に過ぎないのだろうが。
現状、帰還の手がかりとなるのはあの弾薬庫の巨大なルビー。
確か、深淵の核とかいったか。
だが俺の独力ではどうにもならないことも明白。
機を見て、ベネディクテとオイフェミアに具体的な相談するのがいいだろう。
センチメンタリズムとノスタルジックな感情に苛まれながら、夏の昼上がりの熱気が身体を焼く。
どこの世界に居ても、夏は暑いものだ。




