第9話 気まずいお茶会
バタンッ!
俺は、
目の前の少女、ステラと、
目が合った、その瞬間、
心臓が、口から飛び出すかと思うほどの、
パニックに襲われ、
反射的に、
工房のドアを、閉めてしまった。
(やばい、やばい、やばい、やばい!)
(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)
ドアに、背中を預け、
激しく、動悸を打つ、心臓を押さえる。
頭の中は、真っ白だ。
俺は、
ただ、静かに、
目立たずに、暮らしたかっただけなのに。
人助けなんて、
柄じゃない。
柄じゃないんだ。
コン、コン。
ドアの、向こう側から、
遠慮がちな、
しかし、確かな、
ノックの音がした。
「あ、あのっ…!」
「すみません…! どなたか、いらっしゃいますか…?」
「た、助けていただいて、
ありがとうございました…!」
震える、
しかし、
凛とした、
少女の声。
(うわあああ、どうしよう!)
無視するべきか?
いや、それは、人として、あまりにも、失礼だ。
では、ドアを開けるのか?
無理だ。絶対に無理だ。
知らない人間と、
顔を合わせて、話すなんて、
今の俺には、
あまりにも、ハードルが高すぎる。
俺が、
究極の選択に、
頭を抱えていると、
足元で、
シズが、俺のズボンの裾を、
くんくん、と引っ張った。
そして、
俺の顔を、見上げ、
「きゅん?」
と、
不思議そうに、首を傾げる。
その、瑠璃色の瞳は、
ドアの向こうの、ステラに対し、
何の、敵意も、
抱いていないようだった。
(……そうだよな)
(シズは、お前の方が、
よっぽど、挙動不審だって、
言いたいんだよな…)
俺は、
観念して、
ドアに、口を近づけた。
「……あ、あの…」
「け、怪我は、ないですか…?」
我ながら、
蚊の鳴くような、
情けない声だった。
「は、はい! おかげさまで!」
「ゴブリンは、全部、倒しました!」
「あの、さっきの、光る玉は、
あなたが…?」
「……た、たまたま、
変なものを、投げたら、
当たった、だけです」
「き、気にしないでください」
「そんなわけ、ないじゃないですか!」
「あの、お礼がしたいので、
どうか、ドアを…」
(うぐぐ……!)
どうする。
このままでは、埒が明かない。
俺は、
ドアの、覗き窓から、
もう一度、
そっと、外の様子を、伺った。
ステラは、
まだ、そこに立っている。
その、腕からは、
ゴブリンに、切りつけられたのだろう、
血が、滲んでいた。
【ステラ】
状態:疲労、恐怖、裂傷(左腕、要治療)
鑑定結果が、
無慈悲な、現実を、
俺に、突きつける。
(……放っておく、わけには、
いかない、よな、やっぱり)
俺は、
腹を、決めた。
「…す、すみません。
今、手当てのものを、作るので、
少しだけ、待っていてください」
「え? 作る…?」
ステラが、
困惑した声を上げるのを、背中で聞きながら、
俺は、
素材棚へと、駆け寄った。
ポーションなんて、高級品は、ない。
だが、
今の俺なら、
それに、近いものを、
即席で、作れるはずだ。
材料は、
森で採取した、『止血草』。
そして、
スライムセメントの、応用で作った、
肌に優しい、
『弱粘着性スライムゲル』。
俺は、
止血草を、
すり鉢で、素早くすり潰し、
ゲルと、混ぜ合わせる。
そして、
大きな葉っぱの上に、
薄く、均一に、伸ばしていく。
シップ薬の、要領だ。
「お、お待たせしました…!」
俺は、
ドアを、数センチだけ開け、
その隙間から、
完成したばかりの、
緑色の、湿布のようなものを、
ステラに、差し出した。
「これを、傷口に…」
「あ、ありがとうございます…!」
ステラは、
戸惑いながらも、
それを受け取り、
自分の、腕の傷に、
ぺたり、と貼り付けた。
すると、
どうだろう。
じわじていた、出血が、
ぴたり、と止まり、
痛みが、
すーっと、引いていくのが、
感じられた。
「すごい…! なんですか、これ!?」
「ただの、気休めです…」
俺は、
あまりの、気まずさに、
耐えきれなくなり、
ついに、
工房のドアを、
ギギギ、と開けた。
「……あの、
よければ、中で、水を」
「立ち話も、なんですし…」
それが、
今の俺にできる、
最大限の、おもてなしだった。
招き入れられた、工房の中で、
ステラは、
目を、丸くしていた。
整然と、並べられた、
見たこともない、道具の数々。
そして、
俺が、差し出した、
ゴブリンボーン・カップを、
まじまじと、見つめている。
「あの…これ、すごくないですか?」
「軽くて、綺麗で…」
「……ゴミから、作ったんで」
「えっ」
気まずい、沈黙が、流れる。
俺は、
ひたすら、床を見つめ、
ステラは、
そんな俺と、
工房の中を、
興味深そうに、
キョロキョロと、見回している。
シズは、
俺の、足元に隠れ、
警戒するように、
ステラを、観察していた。
やがて、
傷の、応急処置を終え、
少し、落ち着いたステラが、
深々と、頭を下げた。
「今日は、本当に、
ありがとうございました」
「あなたの、おかげで、助かりました」
「この、ご恩は、一生、忘れません」
「あなたの、工房の場所は、
誰にも、言いません。
絶対に、秘密にします」
「……ど、どうも」
「あの、お名前を、
お聞きしても、いいですか?」
「私は、ステラ、と申します」
「……イツキ、です」
それが、
俺と、
この世界で、初めて出来た、
知り合いとの、
あまりにも、ぎこちない、
最初の、出会いだった。