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第7話 小さな同居人と、名前のないキミ

俺の、静寂の楽園に、

最初の、

そして、

最高に、もふもふな、

住人が、

誕生してしまった。


工房の、ドアのすぐそば。

俺が、即席で置いた、

木の皿の横で、

その、銀色の毛玉は、

ちょこん、と、

行儀よく、座り込んでいる。


そして、

キラキラとした、

期待に満ちた、瑠璃色の瞳で、

じっと、

工房のドアを、見つめている。


(……おかわり、か?)

(いや、絶対に、そうだ…)


俺は、工房の中から、

ドアの、小さな覗き窓越しに、

その、あまりにも、

愛らしい光景を眺め、

嬉しいような、

困ったような、

複雑なため息を、ついた。


一匹狼ならぬ、一匹狐。

そんな、孤高のスローライフを、

送るはずだったのに。

どうして、こうなった。


だが、

鑑定結果にも、あった通り、

この、銀月の小狐は、

まだ、幼く、

そして、ひどく衰弱している。

俺が、ここで、

魔力を使って、モノづくりをしなければ、

この子が、

この場所に、

引き寄せられることも、なかったはずだ。


その、責任は、

間違いなく、俺にある。


(……仕方ない)

(見殺しにするなんて、

できるわけがない、もんな)


俺は、頭をガシガシとかいた。

腹は、もう決まっている。


だが、

いきなり、工房の中に、

招き入れるわけには、いかない。

俺自身が、

まだ、心の準備ができていないし、

何より、

相手は、野生の幻獣だ。

過度な接触は、

逆に、ストレスを与えるかもしれない。


(なら、まずは…)

(あの子が、安心して、

休める場所を、

作ってやるのが、先決だな)


俺は、

再び、

俺の、聖域である、

工房の、素材棚へと、向かった。

最高の、おもてなしの準備をするために。


◆ ◆ ◆


俺が、作るのは、

ただの、犬小屋じゃない。

この、希少な幻獣が、

安心して、傷を癒し、

そして、快適に、眠れる、

『専用の、安息所』だ。


フレームの素材には、

ギルドで手に入れた、

『オークの皮』を、選んだ。

ただの皮じゃない。

俺が、

特殊な油で煮込み、

強力なプレスで、圧縮加工した、

『超軽量断熱ボード』だ。

鉄板並みの強度と、

木材以上の、断熱性を誇る、

俺の、自信作の一つ。


そして、

小屋の、内側に敷き詰める、

寝床の素材には、

もちろん、

あの、『月光草』の胞子を、使う。

俺の、究極ベッドの、

寝心地は、実証済みだ。

この子狐にも、

最高の眠りを、提供してやろう。


俺は、

オーク皮のボードを、

設計図通りに、

正確に、切り出していく。

風が、直接吹き込まないように、

入り口は、

少しだけ、屈折した構造にする。

屋根には、

雨水が、自然に流れるように、

僅かな、傾斜をつけた。

こういう、細かい配慮が、

快適さを、左右する。


パーツを、

スライムセメントで、

寸分の狂いもなく、組み上げていく。

そして、

完成した、小屋の内側に、

月光草の胞子を、

たっぷりと、敷き詰めた。


仕上げに、

小屋の、入り口のすぐそばに、

新鮮な水を入れた、

ゴブリンボーン・カップと、

そして、もちろん、

焼き立ての、

『霊狐の誘い』を、

一皿、添えてやった。


全ての準備が整った、

その時。

俺の脳内に、

いつもの、あの心地よい感覚が、

流れ込んできた。


ジャーン!


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


【幻獣の安らぎ小屋】


Rank:C-


分類: 設置物ペットハウス


解説:

職人イツキが、希少な幻獣のために、その技術と思いやりの心で作り上げた、特製の小屋。

オーク皮ボードによる高い断熱性と、月光草による癒やし効果で、内部は常に快適な環境に保たれる。


付与効果:


温度・湿度自動調整(小)

精神安定(微弱)

魔力回復支援(微弱)

防虫・防菌効果(中)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


(よし、上出来だ!)

(これなら、文句はないだろう) ( ̄ー ̄)b


俺は、

完成した、安らぎの小屋を、

工房の、ドアのすぐ横の、

雨の当たらない場所に、

そっと、設置した。


そして、

また、工房の中に、引きこもり、

覗き窓から、

子狐の、様子を、伺う。


子狐は、

俺が、置いた、

見慣れない物体を、

最初は、

遠巻きに、警戒していた。

だが、

皿の上の、クッキーの、

甘い香りに、抗えなかったらしい。


おずおずと、近づき、

クッキーを、夢中で、平らげ、

水を、ぺろぺろと飲んだ後、

興味深そうに、

小屋の、匂いを、かいでいた。


そして、

そろり、と、

中へ、入っていく。

よほど、中の寝心地が、

気に入ったのだろう。

それきり、

出てくる、気配は、なかった。


こうして、

俺と、

小さな幻獣との、

奇妙な、

そして、静かな、

共同生活が、始まった。


◆ ◆ ◆


それから、数日。

俺は、モノづくりに、没頭し、

子狐は、

ほとんどの時間を、

安らぎの小屋の中で、

眠って、過ごしていた。

栄養クッキーの、効果だろうか。

日に日に、

その、銀色の毛艶が、

良くなっていくのが、

見て取れた。


俺は、毎日、

決まった時間に、

クッキーと、新鮮な水を、

小屋の前に、置いてやる。

それ以外は、

特に、干渉しない。

子狐の方も、

俺が、工房から出てきても、

もう、逃げ出すことは、なくなった。

ただ、

瑠璃色の瞳で、

じっと、

俺の、作業を、

興味深そうに、眺めているだけだ。


その、穏やかな距離感が、

俺にとっては、

非常に、心地よかった。


工房での、作業中。

俺は、いつの間にか、

独り言を、言うようになっていた。


「よし、この鉱石は、

先に、熱処理をした方が、

強度が、上がりそうだな…」


「うーん、このデザインは、

いまいち、機能美に欠ける…」


そんな、俺のつぶやきに、

小屋の中から、

子狐が、

「きゅん!」と、

相槌を、打つように、

小さく、鳴く。

その、やり取りが、

俺の、孤独な工房での生活に、

ささやかな、彩りを、

与えてくれていた。


そんな、ある日のこと。

俺は、ふと、気づいた。


(そういえば、俺、

こいつのこと、

なんて呼べば、いいんだ?)


「おい」とか、「キミ」とか、

そんな、呼び方では、

あまりにも、味気ない。

これだけ、懐いてくれたんだ。

ちゃんとした、名前を、

つけてやるべきだろう。


(うーん、名前、か…)


俺は、腕を組んで、

うんうんと、唸った。

こういう、センスを問われることは、

昔から、大の苦手だ。


(白いから、シロ…?

いや、安直すぎる)

(銀色だから、ギン…?

これも、ひねりがない)

(月の幻獣だから、ルナ…?

なんだか、ベタすぎるな…)


俺は、

小屋の中で、

気持ちよさそうに、丸まっている、

子狐を、眺めた。

静かな、月の光を浴びて、

眠っているような、その姿。


静かな、夜。

静かな、月。

静かな、森。


俺が、

この場所で、手に入れた、

かけがえのない、宝物。

その、象徴のような、存在。


「……シズ」


俺の口から、

自然と、

そんな言葉が、こぼれ落ちた。


静かの、『シズ』。

月の雫の、『シズ』。


悪くない、響きだ。


俺は、

ゆっくりと、小屋に近づき、

その、小さな寝顔に向かって、

優しく、語りかけた。


「なあ、キミ」

「キミの名前は、

今日から、『シズ』だ」

「どうかな?」


すると、

眠っていたはずの、シズの耳が、

ぴくり、と動き、

薄っすらと、

瑠璃色の瞳が、開かれた。

シズは、

眠たそうに、俺を見上げ、

そして、

「きゅぅん…」

と、

どこか、嬉しそうに、

小さく、一声、鳴いた。


その、瞬間。

俺の、心の中に、

これまで、感じたことのない、

温かい、感情が、

じんわりと、広がっていくのが、

分かった。


(シズ、か…)

(うん、悪くない)


俺の工房に、

本当の、

最初の、家族ができた、

そんな、気がした。

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