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第6話 静寂の訪問者と、甘い罠

工房での、

新たな生活リズムが、

ようやく、定着してきた。


朝は、森の鳥の声で、目覚める。

湧き水で、顔を洗い、

自作の窯で、パンと木の実を焼く。


日中は、

ひたすら、モノづくりに、没頭する。

買ってきた、魔物素材の山は、

まだまだ、尽きることがない。

新しい道具を、作り、

工房の、設備を、拡張する。

その、一つ一つの作業が、

俺の、心を、

深く、満たしてくれた。


夜は、

月光草のベッドに、身を沈め、

その日の、成果を、思い返し、

そして、

明日、作るべきものの、

設計図を、夢に見る。


誰にも、邪魔されない。

誰にも、命令されない。

ただ、己の、探求心と、

創造意欲だけに、従って、生きる。


(……最高だ)

(これこそが、俺が、

命を懸けてでも、

手に入れたかった、

本物の、スローライフだ)


そんな、完璧な、

静寂に満ちた、

穏やかな日々が、

永遠に、続くものだと、

俺は、信じて疑わなかった。


――その、視線を、感じるまでは。


◆ ◆ ◆


それは、

アームドビートルの甲殻から、

新しい椅子の、試作品を、

作っていた時のことだった。


ふと、

森の、奥から、

誰かに、

じっと、見られているような、

そんな、奇妙な感覚に、襲われた。


(……気のせいか?)


俺は、手を止め、

耳を、澄ませる。

聞こえるのは、

風が、木の葉を揺らす音と、

遠くで、鳥が鳴く声だけ。


だが、

その、視線は、消えない。

敵意や、殺意は、感じない。

ただ、純粋な、

好奇心のようなものが、

工房の、外から、

俺の、一挙手一投足を、

観察しているような、

そんな、気配。


(……誰か、いる)


俺の、平穏な日常に、

招かれざる、客が、現れた。

人付き合いが、苦手な俺にとって、

それは、

魔物よりも、厄介な、

脅威の、訪れだった。


俺は、

息を殺し、

そっと、窓辺に、近づく。

そして、

昨日、暇つぶしに作ったばかりの、

『潜望鏡モドキ』を、構えた。

二枚の、磨いた金属片を、

筒状の木に、はめ込んだだけの、

単純な、道具だ。


レンズ越しに、

工房の、外を、

恐る恐る、覗いてみる。


(……いた)


工房から、

二十メートルほど、離れた、

大きな木の、茂みの中。

そこに、

白い、何かが、いる。


最初は、

ただの、光の加減かと思った。

だが、

それは、確かに、

生きていた。


時折、

ぴくり、と動く、

大きな、耳。

風に、揺れる、

銀色の、ふさふさとした、尻尾。

そして、

茂みの隙間から、

こちらを、じっと見つめる、

二つの、

夜空を、そのまま閉じ込めたような、

深い、瑠璃色の瞳。


それは、

小さな、

子狐のような、

魔物だった。


俺は、

即座に、

鑑定眼を、発動させた。


【銀月の小狐ぎんげつのこぎつね

月の魔力を受けて生まれる、極めて希少な幻獣。

成獣は、強大な魔力と、高い知性を持つ。

この個体は、まだ幼く、

親とはぐれたためか、

極度に、衰弱している。

魔力の豊富な場所に、引き寄せられた可能性が高い。


「……幻獣」

「衰弱している…?」


どうやら、

俺が、この工房で、

連日、モノづくりに、

魔力を使っていたせいで、

その、微弱な魔力の匂いを、

嗅ぎつけて、

ここまで、やってきてしまったらしい。


(どう、する…?)


俺の頭の中で、

二つの選択肢が、激しくぶつかる。


一つは、無視する。

野生の、魔獣だ。

下手に、関わるべきじゃない。

俺は、静かなスローライフを、

望んでいるんだ。

ペットを飼うなんて、

面倒なことは、ごめんだ。


もう一つは、

助ける、という選択肢。

このまま、放っておけば、

この、小さな幻獣は、

おそらく、長くは、ないだろう。

俺が、ここに、工房を作らなければ、

この子狐が、

ここに、来ることも、なかったはずだ。

その、責任は、

間違いなく、俺に、ある。


「……くそっ」


俺は、頭を、ガシガシとかいた。

分かっている。

答えなんて、

最初から、決まっているじゃないか。

見殺しになんて、

できるわけが、ない。


だが、

直接、外に出て、

保護するなんて、

そんな、大胆な真似は、

内気な、俺には、できない。

絶対に、警戒されて、

逃げられてしまうだろう。


(……なら)

(罠を、仕掛けるしかないな)


俺は、ニヤリと笑った。

もちろん、

捕獲するための、

物騒な罠じゃない。


この、小さくて、

可愛い訪問者を、

歓迎するための、

とびきり、甘くて、

美味しい、『罠』を、だ。


◆ ◆ ◆


俺は、工房の、

食料棚へと、向かった。

鑑定結果によれば、

銀月の小狐は、

普通の食物と、同時に、

魔力を、栄養源とするらしい。


ならば、作るものは、一つだ。


「栄養価が高くて、

魔力が、たっぷりと詰まった、

とびきりの、おやつを、作ってやろう」


材料は、

ギルドで、買ってきた、

『ロックバード』という、

鳥の魔物の、ササミ肉。

森で、採取した、

栄養価の高い、ナッツ。

そして、

味付けの、決め手となるのが、

鑑定で見つけておいた、

『妖精花の蜜』だ。

花の蜜自体が、

微弱な、回復効果を持つ、

貴重な、素材。


俺は、まず、

ロックバードの肉を、

筋が、完全になくなるまで、

丁寧に、叩いていく。

次に、ナッツを、

すり鉢で、細かく、砕き、

肉と、混ぜ合わせる。


そして、最後に、

妖精花の蜜を、数滴、加える。

ここで、重要なのが、

ただ、混ぜるだけじゃない、ということだ。


俺は、

その、混合物に、

手のひらから、

ごく、ごく、微量の魔力を、

ゆっくりと、注ぎ込んでいく。

スキル【万物再編】が、

肉と、ナッツの、栄養素と、

蜜の、回復成分を、

分子レベルで、

完璧に、結合させるための、

最適な、魔力の波長を、

俺に、教えてくれる。


練り上げられた、生地は、

それ自体が、

ほんのりと、

温かい光を、放ち始めた。


俺は、

それを、小さな、円形に整え、

自作の窯で、

低温で、じっくりと、

焼き上げていく。


数分後。

工房の中に、

甘くて、

そして、どこか、

神秘的な、香りが、

満ち溢れた。


デデーン!


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


【霊狐の誘い(栄養クッキー)】


Rank:C


分類: 特殊飼料


解説:

衰弱した幻獣のために、職人イツキがその技術の粋を集めて作り上げた、特製の栄養食。

素材の栄養素と、魔力が、完璧なバランスで配合されており、極上の味わいと、回復効果を両立している。幻獣が、好む特殊な匂いを放つ。


付与効果:


体力持続回復(小)

魔力回復(微弱)

精神安定(中)

懐柔効果(小)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


(よし、完璧だ!)

(これなら、気に入ってくれるはず…!)٩( 'ω' )و


俺は、

焼きあがったばかりの、

温かいクッキーを、

一枚、木の皿に乗せ、

工房の、ドアの前に、

そっと、置いた。


そして、

急いで、工房の中に、戻り、

ドアの、小さな覗き窓から、

固唾を飲んで、

外の様子を、伺う。


俺の、甘い罠に、

小さな訪問者は、

果たして、

かかってくれるだろうか。


茂みの中で、

子狐の、鼻が、

くんくん、と動いたのが、見えた。

そして、

瑠璃色の瞳が、

まっすぐに、

皿の上の、クッキーを、捉える。


子狐は、

一歩、一歩、

慎重に、

茂みの中から、姿を現した。

全身を、覆う、

月光を浴びた、雪のような、

美しい、銀色の毛並み。


俺は、

その、神々しいまでの、

美しさに、

思わず、見惚れてしまった。


子狐は、

皿の、すぐそばまで来ると、

一度、

俺が、隠れている、

工房のドアを、じっと見つめ、

それから、

おずおずと、

クッキーに、顔を近づけた。


そして、

小さな口で、

サクッ、と、

クッキーを、一口、かじった。


その、瞬間。

子狐の、瑠璃色の瞳が、

驚きで、

大きく、大きく、

見開かれた。

そして、

ふさふさの尻尾が、

ちぎれんばかりに、

左右に、ぶんぶんと、振られる。


よほど、美味しかったらしい。

子狐は、夢中になって、

クッキーを、平らげた。


そして、

食べ終わると、

その場を、去るどころか、

皿の、すぐ横に、

ちょこん、と座り込み、

再び、

工房のドアを、

キラキラとした、期待に満ちた瞳で、

じっと、

見つめ始めたではないか。


(……おかわり、か?)


俺は、

その、あまりの可愛さに、

思わず、

顔が、緩んでしまうのを、

止められなかった。


(……どうやら、俺のスローライフは)

(今日から、少しだけ)

(賑やかに、なりそうだ…)


俺の、静寂の楽園に、

最初の、

そして、

最高に、もふもふな、

住人が、

誕生した、瞬間だった。

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