第5話 工房よ、これが本当の姿だ
宝の山を、満載にした荷馬車を、
ゆっくりと、引いて、
俺は、自分の工房へと、戻ってきた。
そして、しばし、呆然とした。
工房の前に、
ドサリ、と下ろされた、
多種多様な、
魔物素材の、巨大な山。
これを、整理しない限り、
俺の、次なるステップは、
永遠に、始まりはしない。
(まずは、
この、素晴らしい素材たちを、
適切に、保管するための、
専用の、収納棚が、必要だな…)
この工房は、
ただの、作業場じゃない。
俺の、生活空間であり、
俺の、研究室であり、
そして、俺の、大切な倉庫でもある。
機能的な、収納システムは、
快適な、スローライフの、
まさに、根幹をなす、
最も、重要な要素だ。
材料は、
目の前の、
この、宝の山の中に、ある。
俺が、目を付けたのは、
巨大な、カブトムシのような魔物、
『アームドビートル』の、
分厚い、黒光りする、
巨大な甲殻だった。
鑑定結果によれば、
非常に頑丈だが、
重く、
そして、加工も、困難。
さらに、
背中、腹、頭部で、
その、素材としての硬度が、
微妙に、異なっており、
均一な製品を、作るのは、
非常に、難しいらしい。
「なるほどな」
「均一じゃないから、ダメ、か」
「…逆だよ」
「不均一だからこそ、
最高の、使い道が、あるんじゃないか」
俺は、甲殻の、隅々まで、
鑑定眼で、スキャンし、
硬い部分と、
比較的、柔らかい部分を、
正確に、マーキングしていく。
スキルで、得た設計図は、
人間工学に基づいた、
究極の、収納棚の姿を、
俺の、脳内に、
鮮やかに、映し出していた。
まずは、
巨大な甲殻の、分解作業だ。
普通にやれば、
巨大なハンマーか何かで、
力任せに、叩き割るしかないだろう。
だが、俺は、違う。
鑑定で、突き止めた、
甲殻の、節々にある、
わずかな隙間、
その、『結合組織』に、
特定の魔物から、採取した、
『溶解液』を、
スポイトで、一滴、垂らす。
すると、
あれほど、頑丈だった甲殻が、
まるで、精巧なパズルの、
そのピースのように、
いとも簡単に、
そして、綺麗に、
部位ごとに、分解できた。
次に、
分解した、各パーツの、加工だ。
最も硬い、背中の部分は、
棚全体の、フレーム、
つまり、支柱にする。
腹部の、しなやかで、
それでいて、丈夫な部分は、
引き出しの、レールとして、活用する。
そして、
頭部の、美しい湾曲した部分は、
棚の、天板として、
そのまま、利用する。
俺は、
ブラインド・モールの爪から、
即席で作り出した、
『バイブレーション・カッター』を使い、
硬い甲殻を、
まるで、柔らかなバターのように、
滑らかに、
そして、正確に、切り出していく。
接合には、
改良版の、スライムセメントを使い、
寸分の狂いもなく、
全てのパーツを、組み上げていく。
数時間後、
工房の壁一面を覆う、
巨大な黒い棚が、
静かに、その完成を告げた。
ジャーン!
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
【アームドビートル・シェルフ】
Rank:C+
分類: 家具(収納)
解説:
巨大魔物アームドビートルの甲殻を、余すところなく再利用して作られた、オーダーメイドの大型収納棚。部位ごとの硬度差を巧みに利用した設計により、驚異的な収納力と耐久性を両立している。
付与効果:
超高強度(中)
防虫・防腐効果(中)
自動湿度調整(小)
魔力安定化(微弱)
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
「…よしっ」
(我ながら、完璧な出来だ…) ( ̄ー ̄)ニヤリ
完成した棚は、
魔物の甲殻が、元々持っていた、
その、独特のフォルムが、
そのまま、機能的なデザインとなっており、
どこか、有機的で、
それでいて、
近未来的で、
洗練された印象を、与える。
試しに、引き出しを開けてみれば、
その、重厚な外見とは、裏腹に、
驚くほど、スムーズに、
そして、音もなく、
スーッと、スライドする。
俺は、満足げに、頷き、
床に、散らばっていた素材を、
骨は骨、
皮は皮、
鱗は鱗、
爪は爪、
と、種類別に、丁寧に分け、
完成した棚に、
次々と、収納していく。
液体素材は、
自作の、ガラス瓶に入れて、
専用のラックへと、並べる。
雑然としていた、工房の床が、
みるみるうちに、片付いていき、
まるで、どこかの、
最新鋭の、研究室のような、
整然とした空間へと、
生まれ変わっていった。
整理整頓が、一段落したところで、
俺は、
買ってきた、ゴブリンの骨を、
いくつか、取り出した。
第一話で、作った、あのカップ。
あの時は、
あり合わせの石で、削り出すという、
場当たり的な、作り方だった。
だが、
今の俺には、
整った、最高の環境と、
そして、少しだけ、
マシになった、自作の道具がある。
「製造工程を、完全に、最適化しよう」
俺はまず、
骨を、しっかりと固定するための、
『治具』を、木で作り、
作業台に、頑丈に、設置した。
次に、
硬度の違う、数種類の鉱石から、
段階的に、使用する、
『研磨石』を、数種類、用意。
仕上げには、
特定の、植物油と、
極めて微細な砂を、混ぜ合わせた、
自作の、『コンパウンド(研磨剤)』を、使う。
準備は、整った。
治具に、骨を、ガッチリと固定し、
荒い、研磨石で、
大まかな、カップの形を、
素早く、削り出す。
次に、
徐々に、細かい石に変えていき、
表面を、滑らかにする。
最後に、
コンパウンドを、布に付け、
まるで、鏡のように、
ピカピカに、磨き上げる。
熱処理の、魔力のかけ方も、
常に、均一になるように、
その、出力と時間を、
完璧に、コントロール。
一連の動きは、
完全に、マニュアル化され、
一切の、無駄がない。
最初に、作った時よりも、
遥かに、短い時間で、
遥かに、高品質なカップが、
完成した。
俺は、
その、最適化された工程を、
何度も、何度も、繰り返し、
あっという間に、
10個の、白いカップを、作り上げた。
鑑定結果は、すべて『Rank:D+』。
安定した品質だ。
ズラリと、
棚に並んだ、
寸分違わぬ、デザインのカップたち。
それは、もはや、
趣味の、作品では、ない。
紛れもない、『製品』と、
呼ぶべきものだった。
(いつか、
誰かが、
これを、欲しがる日が、
来るかも、しれないな)
その時は、
少しだけなら、
売ってやっても、いい。
その、稼いだお金で、
また、新しい素材を買って、
新しい、モノを作るんだ。
整然と、素材が並ぶ、
俺だけの、工房。
俺だけの、聖域。
俺は、
その、美しい光景を眺め、
新たな、創作意欲に、
静かに、そして、激しく、
燃えていた。
俺の、スローライフは、
まだ、始まったばかりなのだから。