第4話 初めての街と、宝の山
月光草のベッドを手に入れたことで、
俺の睡眠の質は、
劇的に、向上した。
工房での生活は、
日に日に、快適なものとなっていく。
自作のカップで、
冷たい湧き水を飲み、
自分で作った、小さな窯で、
森の木の実を、焼いて食べる。
そんな、穏やかな日々は、
過労で、一度死んだ、
あの、前世では、
決して、想像もできなかった、
まさに、理想の生活だった。
だが、
いくつかの、根本的な問題が、
まだ、解決されてはいない。
その、最たるものが、
『食料』、
特に、『塩』の、絶対的な不足だ。
森の恵みだけでは、
栄養が、どうしても偏る。
何より、
味が、単調で、
すぐに、飽きてきてしまう。
それに、
より、高度なモノづくりをするには、
石や、木を加工するだけでは、
もう、限界が見えていた。
金属製の、
もっと、精密な道具が、欲しい。
そのためには、
どうしても、お金が必要だ。
お金を、稼ぐには、
何か、価値のあるものを、
売らなければならない。
(……仕方ない)
(一度、街に、行ってみるか…)
人付き合いは、
極度に、苦手だ。
できることなら、
一生、この森から、
一歩も出ずに、暮らしたい。
だが、
快適なスローライフを、
さらに、向上させるためだ。
俺は、ついに、重い腰を上げ、
数日分の食料と、水筒を肩に、
一番近くにあるという、
人間の街を、目指すことにした。
もちろん、
森を抜ける、整備された道など、ない。
俺は、コンパス代わりに、
太陽の位置を、常に確認し、
ひたすら、鑑定眼で、
周囲の、安全を確かめながら、
慎重に、進んでいく。
数時間、歩き続けた頃。
不意に、視界が開け、
立派な、木の柵で囲まれた、
中世ヨーロッパのような、
美しい街並みが、
目の前に、現れた。
辺境の町、『レトニア』。
それが、
この街の、名前らしい。
街の門を、くぐると、
そこは、
俺の想像以上の、
活気に、満ちていた。
石畳の道を、
様々な人種の人々が、
楽しげに、行き交っている。
露店商の、
威勢のいい声が、響き渡る。
パンの焼ける、香ばしい匂い。
家畜の、独特の匂い。
そして、
鍛冶場から、絶え間なく聞こえる、
金属を打つ、高い音。
その全てが、
森の、静寂に慣れきった、
俺の、五感を、
激しく、そして心地よく、刺激する。
(うわ……)
(人が、多い……)
(目的だけ、さっさと済ませて、早く帰ろう…)
俺は、人波を避けるように、
建物の、壁際を、
まるで、幽霊のように、歩き、
まずは、食料品店を、探した。
店主の、愛想の良いおばちゃんに、
挙動不審に、思われないように、
最低限の、言葉だけで、
塩と、
干し肉や、豆といった、
保存食を、いくつか購入する。
財布の中身は、
この世界に来た時に、
俺が、持っていた、
なけなしの、初期装備の、
数枚の金貨だけだ。
心許ない。
ミッションを、無事に完了した俺は、
次に、
この街に来た、
本来の目的地へと、
ゆっくりと、足を向けた。
街の隅にある、
ひときわ大きく、
そして、ひときわ騒がしい、
一軒の建物。
――冒険者ギルドだ。
中に入ると、
屈強な冒険者たちの、
けたたましい喧騒と、
蒸れた汗、
そして、エールのような、
甘い酒の匂いが、混じり合った、
むせ返るような、熱い空気が、
俺を、歓迎するかのように、迎えた。
壁の、巨大な依頼掲示板には、
様々な、魔物の討伐依頼が、
所狭しと、貼られている。
(場違い感が、すごい…)
俺は、
そんな、歴戦の猛者たちの、
好奇の視線から、逃れるように、
受付カウンターには、目もくれず、
建物の、裏手にある、
ある一角へと、向かった。
そこは、
『魔物素材買取所』の、
さらに奥にある、
薄暗い、『廃棄場』だった。
冒険者が、命懸けで持ち込んだ、
魔物の素材のうち、
買い手が、つかなかったり、
価値が、低いと判断されたりしたものが、
巨大な、木箱の中に、
まるで、ゴミのように、
無作法に、山積みになっている。
ひび割れた、ゴブリンの骨。
硬すぎて、加工できない、オークの皮。
腐りかけの、スライムの粘液。
片方しかない、巨大なコウモリの羽…。
廃棄場全体に、
鼻を突く、腐臭と、
生臭い匂いが、漂っている。
ギルドの、若い職員が、
鼻をつまみながら、
「今日のゴミは、これか…」
「後で、燃やさないとな…」
と、面倒くさそうに、ぼやいていた。
だが、
俺の目には、
その、汚いゴミの山が、
まるで、
伝説の宝物のように、
眩いばかりの、
美しい光を、放って見えていた。
(宝の山だ…!)
(これ、全部が、
最高の、素材じゃないか!)
俺の、鑑定眼が、
常人には、決して見えない、
その、真の価値を、
次々と、暴き出していく。
【オークの分厚い皮(低品質)】
硬すぎて、加工が難しく、防具には不向き。柔軟性ゼロ。
→《再編ルート:
特定の油で、丁寧に煮込み、
繊維を、一度、完全に分解。
その後、強力なプレスで、圧縮することで、
鉄板に、匹敵する強度を持つ、
超軽量な、断熱建材ボードに、転用可能》
【ロックリザードの鱗(破損品多数)】
戦闘で、傷だらけになり、
見た目も悪く、防具としての価値なし。
→《再編ルート:
高熱で、完全に溶解させ、
遠心分離の要領で、不純物を、除去。
その後、ゆっくりと再結晶化させることで、
熱伝導率が、異常に高く、
決して、錆びることのない、
最高級の、調理器具の、
貴重な素材に》
【ブラインド・モールの爪】
視力の退化した、地中モグラの魔物の爪。
非常に脆く、使い物にならない。
→《再編ルート:
爪の内部にある、微細な振動感知器官のみを、
慎重に、抽出。
微量の魔力を、通すことで、
超高精度の、地質調査ドリルや、
硬い岩盤を、効率的に削るための、
バイブレーション・ツールの、
かけがえのない刃先に、利用可能》
「すごい…」
「すごいぞ…!」
「これ全部、
現代技術の、応用で、
とんでもないものに、化ける…!」
俺は、込み上げる興奮を、
抑えきれず、
先ほどの、若い職員に、
勢いよく、駆け寄った。
「あ、あの、すみませんッ!」
「そこの、廃棄物を、
買い取ることは、できませんか!?」
「はぁ? 兄ちゃん、これ全部、ゴミだぜ?」
「一体、何に使うんだ?」
「い、家の、薪とか、
畑の、肥料とか、
その、色々と、ですね…」
しどろもどろになりながら、
俺は、適当な嘘を、並べ立てる。
職員は、
「変わった奴も、いるもんだな」
と、心底、呆れた顔をしたが、
どうせ、処分費用がかかるだけの、
ただの、ゴミだ。
話は、早かった。
俺は、
持っていた金貨の、ほとんど、
――と言っても、ほんの数枚だが――
を、支払い、
山のような、『宝物』の、
その、所有権を、
正式に、手に入れた。
「ありがとうございます!」
「本当に、ありがとうございます!」
俺は、その若い職員に、
何度も、何度も、頭を下げ、
ギルドで、荷馬車を借りる手続きを、
急いで、済ませた。
山のような素材を、
荷馬車に、丁寧に積み込みながら、
俺の頭の中では、
すでに、何十種類もの、
新しいアイテムの、設計図が、
目まぐるしく、
そして、楽しげに、駆け巡っていた。
これだけの、素材があれば、
俺の、この工房の機能を、
飛躍的に、高めることが、できる。
俺は、
意気揚々と、
そして、誇らしげに、
工房への、帰路についた。
これから、始まる、
無限の、モノづくりを、想像して。
俺の、胸の高鳴りは、
最高潮に、達していた。