第3話 月光草と作る癒やしのベッド
工房の外壁と屋根の、
その修理は、完了した。
これで、雨風の心配は、もうない。
だが、
快適なスローライフへの道は、
まだ、道半ばだ。
現在の、俺の寝床。
それは、硬い石の床の上に、
申し訳程度に、
枯れ葉を、敷いただけのもの。
毎朝、体の節々が痛くて、
目が覚めてしまう。
(睡眠の質は、生活の質に、直結する…)
(これは、最優先で、改善すべき問題だ)
俺は、
『究極のベッド』の製作を、
心に、固く誓った。
そのためには、
まず、材料の調達から、始めなければならない。
ベッドに必要なのは、
フレーム、
マットレス、
そして、布団。
その全てを、
この森に、自生する素材だけで、
完璧に、作り上げてみせる。
フレームの素材として、
俺が、目を付けたのは、
『アイアンヴァイン』という、
特殊な、蔓植物だ。
鑑定によれば、
鉄の名を、冠するだけあって、
その、細い見た目に反して、
驚異的な強度と、
そして、高い耐久性を、誇るらしい。
しかし、
その、異常なまでの硬さ故に、
加工が、非常に困難で、
普通の職人は、
決して、手を出さない素材だという。
「だが、俺には、関係ない」
スキル【万物再編】が、
その、最適な加工法を、
俺に、完璧に、教えてくれる。
それは、
数日間、清流に浸して、
繊維を、一度柔らかくした後、
蒸気を、均一に当てながら、
ゆっくりと、曲げ加工を施すという、
まるで、現代の、
最新の木工技術のような、
高度な手法だった。
俺は、森を探索し、
十分に太く、
そして、長い、
最高品質のアイアンヴァインを、
数本、確保した。
次は、
マットレスと、布団の、中身だ。
最高の寝心地を、追求するなら、
最高の充填材が、必要になる。
昼間のうちに、森を探索し、
鑑定眼で、目星をつけていた、
ある、特殊な植物。
それを、採取するには、
静かな、夜を待たねばならなかった。
月が、空高く昇り、
森が、昼間とは、
全く違う、幻想的な顔を、
見せ始める。
俺は、自作の松明を、片手に、
工房の、さらに奥深くへと、
慎重に、足を踏み入れていった。
目指すは、
月明かりだけが、
スポットライトのように差し込む、
小さな、開けた場所。
そこに、辿り着いた瞬間、
俺は、思わず、息を飲んだ。
目の前の空間に、
無数の、
小さな、青白い光が、
まるで、
手の届く、天の川のように、
キラキラと、
そして、ふわりと、
静かに、漂っていた。
それは、
ある植物が、
夜間にだけ飛ばす、
特殊な、魔法の胞子だった。
【月光草】
夜間、周囲の魔力を吸って、
微弱な光を放つ、特殊な植物。
その胞子には、
精神を、安定させ、
安眠を、誘う効果がある。
非常に軽く、
繊維自体が、空気の層を、大量に含むため、
驚異的な、保温・保湿性を持つ。
「これだ…」
「これ、しかない…!」
俺は、持参した、
大きな麻袋の口を、ゆっくりと広げ、
その、美しい光の胞子を、
舞い散る雪を、そっとすくうように、
慎重に、
そして、優しく、
集めていく。
袋は、すぐに、
まるで、星雲のかけらを、
そのまま詰め込んだかのように、
幻想的な光で、満たされた。
工房に戻った俺は、
すぐに、作業に、取り掛かった。
まずは、
アイアンヴァインの、加工だ。
設計図通り、
蒸気を、均一に当てながら、
硬い蔓を、
まるで、粘土のように、曲げていく。
そして、
ベッドの、ヘッドボードや、
優雅な曲線を描く、脚の形に、
素早く、そして正確に、整えていく。
接合部には、
釘や、ネジの代わりに、
蔓自体を、精密に加工して組み合わせる、
『ほぞ継ぎ』という、
高度な、伝統技法を用いた。
これも、スキルが、
俺に、教えてくれた、古代の知識だ。
数時間後。
そこには、
流れるような、
美しい曲線を持つ、
まるで、芸術品のような、
ベッドフレームが、完成していた。
次に、
マットレスと、布団の、
側生地作りだ。
これも、森で採取した、
丈夫な植物の繊維から、
一本一本、丁寧に糸を紡ぎ、
簡易な、機織り機を、自作して、
丈夫な布を、織り上げていく。
前世での俺は、
無機質な研究の合間に、
こんな、原始的な手作業にも、
よく、手を出していた。
まさか、こんな形で、
その、ささやかな趣味が、
役に立つとは、思わなかった。
織り上げた布を、
袋状に、丁寧に縫い合わせ、
その中に、
集めた、月光草の胞子を、
たっぷりと、
そして、ふんわりと、
詰め込んでいく。
全ての作業が終わったのは、
東の空が、
白み始める、
ちょうど、その頃だった。
俺は、
完成したばかりの、
自分だけのベッドに、
期待と、少しの不安を胸に、
ゆっくりと、身を横たえた。
その瞬間、俺の脳内に、鑑定結果が流れ込んできた。
デデーン!
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
【月光草の癒やしベッド】
Rank:C
分類: 家具(寝具)
解説:
職人イツキの技術と、希少素材の特性が完璧に融合した逸品。
アイアンヴァイン製のフレームは半永久的な強度を誇り、月光草の胞子を充填したマットレスと布団は、使用者に極上の眠りを提供する。
付与効果:
最高品質の睡眠(中)
精神安定(小)
自動調湿機能(小)
防虫・防菌効果(中)
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
「……なんだ、これ……」
「……天国、か?」
(最高の逸品が、できてしまった…!)(n´ω`n)
体が、
ふわりと、
どこまでも、優しく、
そして、深く、沈み込む。
硬い床の、あの不快な感触など、
もはや、微塵も、感じられない。
まるで、
生まれたての、
柔らかな雲の上に、
寝ているような、
極上の、寝心地。
それだけじゃない。
マットレスから、放たれる、
淡い、青白い光と、
森の、朝露のような、
清らかな香りが、
脳の、奥の奥から、
俺の、その心と体の、
全ての疲れを、
ゆっくりと、溶かしていく。
精神安定効果は、
本物だ。
硬い床と、
枯れ葉のベッドで寝ていた、
あの数日間が、
まるで、遠い前世の、
忌まわしい記憶のようだ。
一日の、作業の疲労が、
すーっと、
音もなく、消えていく。
(最高のベッドが、手に入った…)
(これこそ、
本物の、スローライフの、
その、大いなる第一歩だ…)
俺は、
生まれて初めて経験するほどの、
安らかで、
そして、どこまでも深い、
至福の眠りへと、
静かに、落ちていった。
夢の中では、
次に、作るべきモノの、
新しい設計図が、
キラキラと、
星のように、輝いていた。