第2話 スライムと作る魔法のセメント
俺の城となるべき、この廃屋。
それは、想像以上に、
手ごわい相手だった。
夜。
森の冷気が、深まっていく。
壁の、至る所にある亀裂や穴から、
容赦なく吹き込んでくる、隙間風。
屋根の一部は、抜け落ちていた。
そこからは、満天の星が、
まるで、俺を嘲笑うかのように、
キラキラと、輝いて見える。
幸い、この数日は、
晴天が続いている。
だが、一度でも雨が降れば、
この場所は、ただの、
『屋根付きの屋外』へと、
その姿を変えてしまうだろう。
(これじゃあ、とてもじゃないが…)
(スローライフとは、呼べないな…)
翌朝。
俺、紡イツキは、
壮大なリフォーム計画の、
その、第一歩を踏み出した。
目標は、この廃屋を、
完璧な、
雨風知らずのシェルターへと、
作り変えること。
問題は、壁の穴や、
屋根の補修に使う、
セメントの代わりになるものだ。
この世界にも、
漆喰のようなものは、あるだろう。
だが、今の俺に、
それを手に入れる術はない。
(何かないか…)
(接着剤になるような、都合のいい素材が…)
俺は、工房の周りを、
ゆっくりと散策し始めた。
鑑定眼を、常に発動させながら。
木の、粘り気のある樹液。
川辺の、粘土質の土。
鉱石の混じった、脆い岩。
様々なものが、目に入る。
だが、今ひとつ、ピンとこない。
接着強度が、足りない。
あるいは、大量に集めるのが、困難すぎる。
前世で、俺が研究していた、
高分子化学の知識が、
脳の片隅で、囁きかけてくる。
『安定した、強力なポリマーが必要だ』、と。
そんな、都合のいいものが、
この森にあるのだろうか…?
そう、俺が、
諦めかけた、その時だった。
工房から、少し離れた、
陽の当たらない、
ジメジメとした岩陰に。
半透明のゲル状の物体が、
まるで、心臓のように、
ゆっくりと、蠢いているのを、見つけた。
大きさは、バスケットボールほど。
「…スライム、か」
最弱級の魔物として、
異世界ファンタジーの、常連。
だが、素材としては、どうだ?
俺は、慎重に、
そして静かに、近づき、
鑑定眼を、発動させた。
【スライム(最弱級)】
ゲル状の魔物。物理攻撃は、ほぼ効かない。
体液は、強い粘着性を持つが、
酸素や、紫外線に触れると、
急速に、劣化し、
その接着能力を、失ってしまう。
用途は、少ない。
「…急速に、劣化する、か」
なるほどな。
普通の職人なら、
ここで、「使えない」と、
そう、判断するだろう。
だが、俺の思考は、逆だった。
「劣化する」ということは、
化学的に、不安定だということだ。
ならば、
安定させれば、いいだけの話じゃないか。
俺の口元に、
確信に満ちた笑みが、浮かぶ。
最高の、「高分子材料」を、
見つけてしまった。
俺は、近くに落ちていた、
長い木の棒を拾い、
それで、スライムを、優しく刺激する。
スライムは、威嚇のため、
その体から、粘液を、吐き出した。
俺は、それを、
あらかじめ用意しておいた、
大きな葉っぱの上に、採取していく。
次に、工房の周りで集めておいた、
粘土質の土と、
鑑定で見つけた、
石灰岩が風化してできた、白い砂を、
所定の場所に、用意した。
設計図は、俺の頭の中に、
完璧に、描かれている。
スライムの粘液が持つ、ポリマー構造。
それを、劣化させる、酵素の働き。
その酵素の活動を阻害し、
ポリマー同士を、
さらに強固に結びつけるための、
最適な添加剤と、その配合比率…。
スキル【万物再編】は、
まるで、世界最新鋭の、
スーパーコンピュータのように、
全ての答えを、俺に、提示してくれていた。
工房の前の、平らな岩盤。
そこを、俺の「作業台」にする。
即席の、木の器の中に、
まず、採取したスライム粘液を、投入。
次に、ふるいにかけて、
粒子を均一にした粘土と、石灰砂を、
7:2:1、
その、黄金比率で、正確に加えていく。
「ここからが、本番だ」
俺は、木のヘラで、
全体を、ゆっくりと、
そして丁寧にかき混ぜながら、
手のひらから、微量の魔力を、流し込んだ。
それは、ただの、力任せの魔力じゃない。
設計図に示された、
特定の周波数を持つ、
精密に、コントロールされた、魔法の力だ。
すると、
器の中の混合物が、
くぐもった、低い音と共に、
化学反応を、開始した。
ぶくぶく、と、
小さな気泡が、立ち上る。
粘液の劣化を促進する、忌々しい酵素が、
変質し、無力化されていく。
同時に、石灰砂のアルカリ成分が、
ポリマーの、架橋反応を促し、
粘土の微粒子が、
その、分子レベルの隙間を、
完璧に、埋めていく。
数分後、
生臭い匂いが、完全に消え、
代わりに、どこか、
無機質な香りのする、
滑らかな、灰色のペーストが、
器の中で、静かに、完成を告げた。
キラーン! ✨
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
【スライムセメント】
Rank:D
分類: 建築素材
解説:
スライムの粘液をベースに、化学的・魔法的に安定化させた特殊セメント。
乾燥が非常に速く、石材に匹敵する強度と、ゴムのような僅かな弾性を併せ持つ。完全防水。
付与効果:
高強度(小)
防水性(中)
耐久性(中)
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
(キタッ――(゜∀゜)――!!)
「これさえあれば、俺の城は完璧になる!」
俺は、完成したばかりのセメントを、
木の板を、コテ代わりにして、
壁の、亀裂や穴に、
次々と、塗り込んでいく。
驚くほど、壁材に、
ぴたり、と吸い付き、
みるみるうちに、乾燥して、
カチカチに、固まっていく。
指で、叩いてみる。
コン、コン、と、
石のように、硬質な音がした。
壁を、すべて補修し終えた俺は、
次に、屋根へと、取り掛かった。
抜け落ちた部分に、木の板を渡し、
その隙間を、
スライムセメントで、
完全に、埋めていく。
防水性は、実証済みだ。
その日の、夕方。
俺の工房は、
隙間風ひとつ、通さない、
堅牢な建物へと、
生まれ変わっていた。
壁も、屋根も、
滑らかなセメントで、
美しくコーティングされ、
まるで、現代建築のような、
モダンな外観を、呈している。
「まさか、スライムで、
家を、リフォームするとはな…」
前世では、決して考えられなかった、
自由で、
そして、どこまでも創造的な、モノづくり。
俺は、心地よい疲労感と共に、
自分の手で、確保した、
「快適な城」を、満足げに眺めた。
さあ、次は、内装だ。
あの、硬い床と、
今日こそ、