第17話 嵐の夜と、予期せぬ来訪者
ステラとの、
奇妙な、交流が、始まって、
数週間が、過ぎた。
俺の、スローライフは、
相変わらず、
平穏、そのものだった。
時折、
郵便受けを、介して、
ステラから、
「あのパッチのおかげで、助かりました!」
という、感謝のメモや、
珍しい、魔物の素材が、
届けられる。
俺は、
その、見返りとして、
改良を重ねた、
新しい、試作品を、
箱の中に、入れておく。
その、
顔を合わせない、
心地よい関係は、
俺の、内気な性格に、
完璧に、フィットしていた。
その日は、
朝から、
空の、様子が、おかしかった。
日本の、梅雨を、
彷彿とさせるような、
ジメジメとした、重い空気が、
森全体を、
支配している。
そして、
昼過ぎには、
ついに、
バケツを、ひっくり返したような、
猛烈な、豪雨が、
工房を、叩き始めた。
ゴロゴロと、
地響きのような、雷鳴が、轟き、
ビュービューと、
暴風が、木々を、揺らす。
まさに、大嵐だ。
だが、
工房の中は、
別世界のように、
静かで、
そして、快適だった。
俺が、
スライムセメントで、完璧に補修した、
壁と、屋根は、
激しい、雨風を、
完全に、シャットアウトしている。
窓から、
荒れ狂う、外の景色を、眺めながら、
俺は、
自作のカップで、
温かい、ハーブティーを、
一口、すすった。
(ふぅ…)
(我ながら、
いい家を、作ったもんだ)
足元では、
シズが、
雷の音に、少しだけ怯えながらも、
俺に、寄り添って、
すやすやと、眠っている。
俺は、
その、もふもふの体を、
優しく、撫でてやった。
これ以上の、
幸せが、
あるだろうか。
そんな、
完璧な、平穏を、
打ち破る、
凄まじい、破壊音が、
森に、響き渡ったのは、
日が、暮れかけた、
ちょうど、その頃だった。
ゴゴゴゴゴッ……
バリバリバリッ!
ドッッッッッッッシーン!!!
それは、
雷が、落ちた音とは、
明らかに、違う。
巨大な、何かが、
倒れ、
そして、砕け散るような、
そんな、おぞましい音。
「きゅぅん!?」
シズが、
驚いて、飛び起きる。
俺も、
心臓が、
喉から、飛び出しそうになった。
(な、なんだ、今の音は…!?)
嵐は、
その後も、一晩中、
荒れ狂った。
俺は、
不安な、気持ちを抱えながら、
シズを、抱きしめ、
ベッドの中で、
嵐が、過ぎ去るのを、
ひたすら、待ち続けた。
翌朝。
嵐は、
嘘のように、過ぎ去り、
森には、
雨上がりの、
澄んだ光が、差し込んでいた。
俺は、
昨夜の、破壊音が、
気になって、
工房の、外を、
調査してみることにした。
シズも、
心配そうに、
俺の、後を、ついてくる。
そして、
工房から、
百メートルほど、離れた場所で、
俺は、
その、惨状を、
目の当たりにした。
森の、古道とでも言うべき、
獣道の、真ん中に、
巨大な、樫の木が、
根元から、倒れていた。
昨夜の、嵐で、
やられてしまったのだろう。
そして、
その、倒木の下敷きになるように、
一台の、
立派な、幌馬車が、
無惨に、ひしゃげていた。
特に、
後輪の一つは、
完全に、砕け散って、
見るも、無惨な、姿を、
晒している。
馬車の、そばには、
二人の、人影があった。
一人は、
屈強な、傭兵風の男。
そして、
もう一人は、
上質な、旅装に身を包んだ、
若く、美しい、
赤毛の、女性だった。
俺は、
咄嗟に、身を隠し、
鑑定眼を、発動させた。
【エリス】
職業:行商人
状態:極度の疲労、焦燥
【護衛の男】
職業:傭兵
状態:疲労困憊
「ええい、ダメだ! テコでも動かん!」
護衛の男が、
倒木を、動かそうと、
悪戦苦闘している。
赤毛の女性、エリスは、
砕けた車輪を、
呆然と、見つめ、
途方に暮れていた。
彼女たちの、手には、
粗末な、工具しかなく、
どう見ても、
自力での、復旧は、
絶望的だった。
(……見なかったことに、しよう)
俺は、
静かに、
その場を、立ち去ろうとした。
面倒ごとは、
ごめんだ。
俺は、
ただ、平穏に、
暮らしたいだけ。
だが、
俺の、足が、
ぴたり、と止まる。
あの、砕け散った、
車輪。
その、断面。
俺の、鑑定眼が、
その、構造的な欠陥を、
正確に、暴き出していた。
材質の選定ミス。
不均一な、乾燥処理。
軸受け部分の、杜撰な設計。
(……ひどい、作りだ)
(これじゃあ、嵐が来なくても、
いつか、壊れていたぞ…)
俺の、中で、
見過ごせない、
何かが、
むくむくと、
鎌首を、もたげてきた。
それは、
またしても、
あの、忌まわしい、
職人としての、
どうしようもない、
お節介な、魂、だった。