第16話 森の郵便受けと、広がる噂
俺が、『森の郵便受け』を、設置して、
数日が、過ぎた。
ステラは、
俺との約束を、
律儀に、守ってくれているようだった。
彼女が、
工房の、すぐそばまで、
やって来ることは、ない。
ただ、
郵便受けの中だけが、
静かに、機能していた。
俺が、
ヒーリング・パッチを、入れておけば、
いつの間にか、なくなり、
代わりに、
街で採れた、
珍しい果物や、
彼女が、討伐した魔物の、
素材などが、
「お礼です」という、
短いメモと共に、
置かれている。
その、
顔を合わせない、
付かず離れずの、
不思議な交流が、
俺にとっては、
心地よかった。
◆ ◆ ◆
その日、
ステラは、
ゴブリンの、小規模な巣の、
討伐依頼を、受けていた。
以前の彼女なら、
決して、一人では、
受けなかったであろう、
危険な、依頼だ。
だが、
今の、彼女の装備は、
以前とは、比べ物にならない。
イツキが、作り直した、
剣と、鎧は、
彼女の、実力を、
何倍にも、引き上げてくれていた。
「はあっ!」
流れるような、剣閃。
ゴブリンの、一匹が、
悲鳴を上げる間もなく、
地に、伏す。
敵の、攻撃は、
しなやかな、革鎧が、
滑るように、受け流す。
戦いは、
ステラの、圧勝だった。
だが、
最後の、一匹を、
仕留めた時。
敵の、断末魔の、
汚れたナイフが、
彼女の、太ももを、
浅く、切り裂いた。
「いっ…!」
すぐに、血が、
じわり、と滲み出す。
大した、傷ではない。
だが、
放っておけば、
化膿する、可能性もある。
(…よし、使ってみよう)
ステラは、
ポーチから、
イツキが、作ってくれた、
緑色の、パッチを、
一枚、取り出した。
そして、
傷口の、血を拭い、
その上に、
ぺたり、と貼り付ける。
次の、瞬間。
ステラは、
自分の、目を、疑った。
(え…?)
パッチを、貼った、その部分から、
温かい、
優しい光が、
じんわりと、溢れ出す。
そして、
切り裂かれた、傷口が、
まるで、
早送り映像のように、
みるみるうちに、
塞がっていくではないか。
あれほど、
ジンジンと、痛んでいた、
傷の痛みも、
嘘のように、消え去っていた。
「……すごい」
数分後。
ステラが、
恐る恐る、
パッチを、剥がしてみると、
そこには、
傷跡一つない、
綺麗な、肌が、
元通りに、なっていた。
「ポーションより、
ずっと、速くて、
効果も、すごい…!」
これが、
あの、内気で、
どこか、頼りなげな、
職人の、仕業だとは、
にわかには、信じられなかった。
その日の、夕方。
依頼の、報告を終え、
ギルドの、酒場で、
仲間たちと、
祝杯を、あげていた、ステラは、
訓練仲間の一人に、
声を、かけられた。
「おい、ステラ!」
「お前、最近、
やけに、羽振りがいいじゃないか」
「その、装備…
見たことないが、
どこの、工房の逸品だ?」
ステラは、
イツキとの、約束を思い出し、
曖 fous」
「ちょっと、ご縁があって…」
「ふーん、謎めいてるな」
「そういえば、さっき、
訓練で、腕、斬られてただろ」
「もう、痛みは、引いたのか?」
「ええ、もう、大丈夫」
「ほら」
ステラが、
腕を、見せると、
そこには、
傷跡一つ、残っていなかった。
「はぁ!? 嘘だろ!」
「治癒魔法でも、使ったのか?」
「ううん、これを使ったの」
ステラは、
ポーチから、
ヒーリング・パッチを、一枚、
取り出して、見せた。
「なんだ、そりゃ?」
「湿布か?」
「『貼る、ポーション』みたいなもの、かな」
その、やり取りを、
酒場の、隅のテーブルで、
一人の、女性が、
聞き耳を、立てていた。
艶やかな、赤毛を、
ポニーテールに、した、
美しい、女性。
その、服装は、
冒険者のものではなく、
上質な、旅商人の、それだった。
彼女の名は、エリス。
安価な商品を、
辺境の街で、売りさばき、
街の、特産品を、
王都で、高く売ることで、
財を成している、
若く、
そして、抜け目のない、
敏腕の、行商人だ。
(…貼る、ポーション?)
(聞いたこともないわ)
(それに、あの子の装備…
遠目に見ても、
そこらの、職人の作じゃない)
(辺境の森に、
まだ、私の知らない、
『鉱脈』が、眠っている、っていうことかしら…?)
エリスの、
美しく、整った顔に、
商売人としての、
鋭い、笑みが、
浮かんだ。
「面白そうじゃない…」
新たな、儲け話の匂いを、
彼女の、優れた嗅覚は、
決して、逃しはしなかった