第14発 過去 ――あなたは自由を――
※この物語は短編として先行公開したものです。
雷電 祭と高台 暗、二人の過去を描いた番外編となります。
***
――雷鳴が、世界を割った。爆発音。鉄を焼く焦げ臭さ。
蒸気と煙が混ざる地下実験室に、スパークが走る。
「警戒区域Bで暴走発生!第七実験体が脱走!隔離急げ――ッ!」
どこかの警備員の絶叫が遠くで響いてる。でも私には、関係ない。
だって、私は雷電 祭
――生まれながらの失敗作。けれど今だけは、誰にも止められない。
だって、これが私の“選んだ雷”だから。だって私、兵器じゃなくて人間なんだからさ!!
***――――――***
「“自由”ってさ、なんなんだろうね」
電気も通らない分厚い鉄の壁に、私は頬をくっつけてつぶやいた。返事なんてないのは、分かってる。ここは喋っちゃいけない場所だもん。
でもね、喋らないと…怖くなるんだよ。誰かの叫び。薬品の匂い。冷たい床。あれこれ考えちゃうじゃん。
私は“失敗作”なんだって。研究員たちはそう言った。
「第七実験体、制御不能。情緒不安定、能力暴走傾向あり」
――まるで病名みたいだよね。
でもさ、電撃を出すだけで“壊れ物扱い”されるの、正直ムカつく。
「おかしいよ、ぜったい。ちょっと雷が出たくらいで」
私はぶすっとしながら、ツインテールを引っ張った。前にね、怒ったら警備員のズボンが燃えたことある。あれ、ちょっと楽しかったな。
…まあ、そのあとで思いっきり叩かれたけど。それでも。あのときだけは、ほんのちょっとだけ、“自由”だった気がした。
***
「喋るなって言ってんだろ、クソガキが」
警備員が鉄棒で檻の柵をガン、と叩いた。スパークが一瞬走るけど、すぐ消える。
私の中にある電気は、無限じゃない。怒りと連動してるっての、研究員たちは分かってるみたい。
「…怒らせたらどうなるか、忘れたの?」
睨みつけてやった。けど、あいつはニヤッと笑って去っていく。
あーもう、ムカつく。
ああいうやつに限って、いざって時は一番最初に逃げるんだ。私は鉄格子のすき間から、通路の先を見た。
…その向こうに、いた。灰色の髪。肌は雪みたいに白くて、クマがひどく、目は灰色だ。静かに座って、こっちを見てる。
「ねえ、そっちも檻?」
「そう見えるなら…、そうかもね…。」
「…意地悪っ!」
思わず声が出ちゃった。けど、その子はくすっと笑った。それが妙に人間っぽくて
――研究所に来てから、初めて見た“普通の笑顔”だった。
「アンタ、名前は?」
「高台 暗。No.6…。」
「雷電 祭!実験体No.7!ビリっとツインテールがトレードマーク!」
ツインテールをビシッと指差す私に、暗は小さくうなずいた。
「あなた…、失敗作だって…噂の。」
「うっわー……いきなりそれ言う!?」
私はガーンと肩を落としつつ、でも笑った。こいつ、性格悪いけど、妙に気が合いそうだ。それから、私たちは“隠れて話す”仲になった。
「…もっと怒ったほうが…いいよ。」
「なんで?」
「怒ると雷が…出る。使いこなす…ここのやつら…一発。」
「簡単に言うなって……。私、コントロールできないんだよ。怒ると、勝手に出ちゃうんだよ……」
そのとき、暗の目がほんの少しだけ、柔らかくなった。
「……それで、出せる…って…。なんで失敗作…。」
「?」
「私…、最初から…“成功”。何にも感じない…調整された。喜…怒…哀…楽…訓練。あなたは“感情”…ある。――それ、…羨ましい。」
その言葉、胸にグサッときた。だってさ、私はずっと、失敗作で、
欠陥品で、怒ると周りに迷惑かけてばっかりで――でも、羨ましがられたの、初めてだったんだ。
その日、研究所はいつもより静かだった。朝の注射も、無言で、機械的に済まされた。看守も目を合わせない。
研究員は一言、「午後、実験体No.6を移送」とだけ言って消えた。……No.6。暗だ。
「移送」ってのは、要するに“黒い竜の組織”って呼ばれてる場所だ。行ったやつは、帰ってこない。
「暗…。」
私は、鉄格子越しに声をかけた。
「…平気。私は…成功作。黒い竜の組織に…拾われるだけ。」
それ、いつもの暗だった。冷静で、綺麗で、笑わない。だけど私には分かる。あれは、強がりだ。
「行かせない!黒い龍の組織ってなんなの!?」
言葉が勝手に出た。喉の奥から、勝手に湧いてきた。
「行かせない!行かせないってば!!」
私の胸の奥で、パチパチと音がした。心臓じゃない。――雷だ。
――バチッ!!檻の柵から、火花が弾け飛ぶ。
警備員が慌てて叫ぶ。
「沈静剤を用意しろ!」
「させないって言ってんの!!」
――ゴウッ!!!私のツインテールが光に包まれる。バチバチっと。
雷鳴が、檻の中で炸裂する。研究所中の照明がバチバチと弾け、サイレンが鳴り響く!
“暴走個体、確認。雷電エリア、緊急封鎖”
そんなアナウンス、聞こえない! 私には――ただ、怒りしかなかった!
「暗を、助ける!!」
床が砕ける。壁が黒焦げになる。警備員たちが次々に吹き飛ぶ。
私は、進む。ただ真っ直ぐ、実験室へ――鉄扉の前に、立ちはだかる警備員。
「止まれ! これ以上暴れれば、命の保証は――」
――ドン!!!
雷が警備員を吹き飛ばす。言葉なんて、いらない。感情が、電流になって溢れ出してる。
私は、扉を開けた。そこに、暗がいた。手足を拘束され、白い手術服を着せられて、無表情なまま――こっちを見た。
「来たの…?」
「来たよ!!」
暗の目が、ほんの少しだけ揺れた。感情の光が、そこにあった。
「…泣いてるの?」
「泣いてない!!」
私は笑って、そして叫んだ。
「私、失敗作って言われてた。でもさ、どうでもいいんだよ。誰かを救えるなら、怒れるなら――」
「それが、私の力なんだって!!」
その時――
――ピシャァン!
大きな音と共に、大地を揺らしながら…研究所の天井を突き破って、黒き竜の影が――視界を遮った。大きな唸り声が私の耳に響いてくる。
「暗…?」
さっきまで…!
私の目の前で…!
笑ってたのに…!
「自由を手に入れて…そして、…また助けに来て!」
竜の向こう側から、暗の声が聞こえてくる。
自由…?
「私は、大丈夫。組織に…加入するだけ…。逃げて、祭!」
組織…?
「No7を捕まえろ!!」
追ってくる警備員。逃げなきゃ。
「祭、もう一度――あなたが“羨ましい”と思った。」
後で絶対…黒い竜の組織から…絶対助けるから!
私は――走った。雷と、沈黙。怒りと、冷静。二人は対照的で、でも重なり合ってた。
爆発する廊下、鳴り止まない警報。背後から追ってくる警備員たち。
――バチバチッ!
でも、前だけを見てた。出口は見えなくても――扉を蹴破って、地上に出た。
夜空が広がっていた。空気は、少しだけしょっぱい。汗と血と、涙の味。
「自由…!」
夜空を見てた。そして、空に向かって両手を広げた。
「私は雷電 祭!! ツインテールは兵器じゃない、自由の証なんだよ!!」
夜空がピカッと光った。
ツインテールの光と共鳴するように――どこか遠くで、雷が鳴った。
だって、これが私の“選んだ雷”だから。