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第8話 ジョージの日常

「いやー、モーリスさんの家はいつ来ても快適ですな。来月の寄り合いもモーリスさん家でいいかな?」


「いや、三カ月連続は流石にまずいでしょ。それにマールさんとこのじいさんが庭自慢したいって言ってたらしいですよ。前はよくマールさん家でやってたからなぁ。来月はマールさんの家でやりましょうよ」


今日は町内の寄り合いだ。町内会みたいのがあって困りごとが無いかとか相談事がないかとか話し合う会なんだけど。


実際は飯食ったり、だべったりするだけなのがほとんどなんだよな。小さい子供や年寄りがいる家なんかは相談事も増えるんだけど。


今のウチの地区はみんな落ち着いちゃってる層が多くて実にほのぼのとしてるんだ。してた、かな?


最近はさっき名前があがったマールさんっていう家のお爺さんがちょっとした問題になってる。日本なら引きこもり高齢者みたいな。


この地区では少ない年寄りだったし趣味の庭いじりは立派なもんで寄り合いの会場になってた家なんだ。


そんで本人も寄り合いで人が集まった時に自慢するのが楽しみだったんだと思う。でも最近はウチで開催されることが増えたんだよな。


それは空調が効いてる家ってのも珍しいし、ソファーとかだってノル製の実に座り心地の良いものだったりするわけで。


俺も人が集まるならとお茶受けとか気合入れちまったのが悪かった。いやこのシュークリームとか良い出来なんだけどね。


話が逸れちまったがようは庭自慢が出来なくなっちまったマール爺さんは恐らく拗ねてるんだろう。寄り合いに顔を出さなくなっちまった。


そんでもって最近は普段も見かけることが減ってきたってことだが……良くない兆候じゃないか?


日本にいた時には何件もこういったケースに遭遇した。ふとした切っ掛けで外出が減り、一気に弱っていくパターン。


老人の引き籠りは危険なサインだ。レーナの引き籠りとはわけが違う。


それに俺にだって責任がある、かもしれない。元はレーナの研究前に騒音等を考慮して近所へのあいさつ回りで始めたお菓子配りだったがちょっとした評判になってしまったんだ。


それから寄り合いもウチで開かれることが増えて。少しの申し訳なさと心配から俺はマール爺さんの家を訪ねることにした。



「マールさーん!いらっしゃいますかー!お加減どうですかー?」


手土産をもってマール爺さんの家を訪ねた俺は玄関先で爺さんを呼ぶ。すぐにドアが開き


「なんじゃ、モーリスとこのか。儂は耳は遠くない。そんな大声を出さんでも聞こえとる。それに体調が悪い訳でもないんだが。なんか用か?」


「ジョージです。今日の寄り合いにご参加されていなかったので体調が悪いかのかな?と思ってしまって。ご報告とあと、折角ですのでこちらどうぞ」


おっと失礼してしまったかな。マール爺さんも結構な歳だからつい声が大きくなっちまった。日本にいた時の介護でも若い時にやっちまったな。


因みに特に近い距離で話す場合、高齢者にはデカい声より低い声を意識した方が良かったりする。老人性難聴は高音から聞き取りづらくなるから。モスキート音と同じ原理だ。


ただ手土産は良かったらしい。古今東西老若男女、手土産を嫌がる人はあまりいないからな。


「ああ、わざわざ報告に来てくれたのか。それはすまんかったな。どうせたいした話はなかったじゃろうに。まぁ折角だ、時間があるなら少しあがっていけ。茶くらい出すぞ」


よし!第一段階突破。この時点で状況はほぼクリアーだな。一番難しい所だけ使わせてもらったぜ


内助の功「ご近所付き合い」だ


これはものすごいフワッとしたスキルで未だに効果がはっきりとは分かってないんだが。対人関係が円滑に進みやすいってとこは間違いない。


しかし確かに自慢したくなる庭かもしれないな。この手入れ爺さんがやってるのかな?だとしたら高齢者扱いは違うかもしれない。


庭木をこれだけ整えられるならめっちゃ元気やん。あとはまぁ話を聞いていけば、かな。


「ほれ、そこに座っとれ。今、茶を入れてやるから」


爺さんに促され椅子に座る。そして暫く待つとお茶が出てくる。この世界にも緑茶があって俺は嬉しいぜ、緑茶派だったんだ。


そしてこの世界でも年寄りの家には菓子が常備されているらしい。お茶受けを勧められながらしばしの談笑だな。


3時間経った。爺さんの話はまだ続いている。俺の特技頷きに相槌、時折の同意でここまで戦ってきたが……マール爺さん、強敵じゃないか。


こうなったらとことん付き合ってやるぜ。「こんなこともあろうかと」今日は遅くなるかもしれないから場合によっては外食で頼むと書置きを残してあるしな。


更に2時間が経過した。爺さん全く話すペースが落ちないじゃないか。やるな。


そんなに話すことあるの?と思われるかもしれない。でもそんなことは関係ないんだ。


だって今話してる庭のくだりはすでに両手では数えきれない。つまり同じ話を延々と聞かされているわけだ。


日本で介護やってた時でもここまで話し続ける猛者はなかなかいなかったぞ?体力あるんじゃね?っていう伏線がこんなにも早く回収されるとはな。


しかし爺さんは楽しそうに話してるな。こっちから話を切らないってのは大事だし嬉しいもんなんだよ。日本だってそうだろ?


だから話を聞く仕事が存在しているわけで。感情労働とかも言われるか。水商売ともいうが。奇麗なねぇちゃん、イケメンな兄ちゃんってだけじゃあの仕事は無理なんだぜ。


そっから数十分、ついに爺さんは満足したようでこっちに話を振ってきた。ここで改めて庭でも褒めて秘訣を聞くか。ちょっとガーデニングに興味出てきちゃってるしな。


……1時間前の俺よ。なぜあそこで庭の手入れについて聞いてしまったんだ。もう少し爺さんの興味ないことでも良かったじゃないか。


これ下手すると終わらねぇぞ?外すっかり暗いし。しかし外の状況は爺さんがいちゃを入れに席を外した時にしか確認できない。


相談ごとしてる時に時計見られたらちょっとイヤだろ?だから俺は徹底的に爺さんの話を聞くんだ。


日本にいる時は時間の問題で高齢者の話しっかり聞けなかったからなぁ。次の仕事も詰まってたし。時間時間時間。


時間の感覚が比較的昔の感覚って言うか緩いのはこの世界のいいところだよ。こんな余計な事考えてても相槌は欠かさないぜ?


そしてそこからさらに暫くして、ふと爺さんが外の様子に気付く。


「おい、もう外も暗いぞ?家に帰らんとまずいだろ?家のやつにが心配してるんじゃないか?」


「あぁ、今日は遅くなるかもと言っておいたんで大丈夫ですよ。でも流石にそろそろお暇ですかね?随分ゆっくりさせてもらいました」


「お前……まぁ今日はありがとうよ。久し振りにゆっくりと話出来たわい。で、次の寄り合いはウチでやるんじゃな。日付が決まったら知らせにこい。お前がな」


随分と気に入られちまったぜ、次はソコソコで切り上げるぞ?毎回じゃこっちが持たん。ただ一回でもとことん付き合えばその辺は上手く捌けるだろう。


俺も時間を忘れて色々思いにふけることも出来たしな。正直気を遣うからウチでの寄り合いも減るのはウィンウィンでもある。


こんな何でもない日常が俺の日常だ。家族の民案に比べれば本当に普通の、な。


この穏やかさが荒らしの前の静けさではないことを祈りながら家族の待つ明るい我が家に帰る俺だった。


……外食に行くように書置きしたのを忘れて暗い我が家に帰ったんだけどな。

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