第6話 ヒュージスライムは悠然と
「ヒュージスライムだとっ!?アレは超長尺武器か特殊なスクロールが無ければキツイぞ?なにせ核があのバカでかい図体の中心部にあるんだからな。おいっ、誰かギルド本部に伝達だ。今はとにかく時間を稼ぐぞ」
ということらしい。くそっ、知識にないものには内助の功「こんなこともあろうかと」は意味をなさない。
無意識に必要になりそうなものを収納しておくスキルなんだが今回はダメだったか。一応、諸々の対策をしてはおいたが足りなかったのか?
武器ならノルに、スクロールならレーナに頼めたというのに。
そうだ、ヒュージスライムとやら以外はどうなってる?戦場に動揺が走ったからな。少し心配だがどうだ?
大型魔物に対処している冒険者隊、ここは問題なさそうだな。順調に敵の数が減っていっているようだ。それに少し距離が離れているせいか現状が伝わっていないのが逆にいい結果になっている。
魔術師隊は?こちらは少し動揺している様子だが、既に魔力も使い切っているだろうし影響は少ないか。序盤にヒュージスライムが確認されていたらヤバかったかもな。
ふと見るとレーナが手招きをしている。何か考えがあるのか?
「おとん。予定では危険が迫ったら回復役になる予定だったけど変更する。アレの動きを止める」
「魔力は大丈夫か?結構大規模な魔法打ってただろ?」
「今のところは大丈夫。ホワイトベリージャムが効いてる。美味しいからまだ食べられるし。1時間は持つと思う」
ピクニックの時に思わぬ収穫で魔力回復量がえぐいことが分かったホワイトベリーだ。ジャムを作っておいて良かった。魔力回復ポーションは味も不味いからな。
回復の手が減るのは怖いが仕方ない。今は時間を稼ぐことも大事だ。レーナには考えがあるみたいだしな。
「……ニブルヘイム」
環境魔法か!ヒュージだかなんだ言ってもスライムだ。元々動きが緩慢なところにもってきてヒュージスライムの周囲は極寒の世界に変わる。
その氷と雪の世界ではその動きは更に鈍いものになるだろう。
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戦場は膠着した。レーナの環境魔法によってスライムたちはほぼその場を動かないも同然となり、精鋭チームはセレスを筆頭にヒュージスライム以外の殲滅を遂行する。
環境効果をスライムの周囲のみに限定しているレーナの超絶技巧も助けになっているようだ。
大型魔物を受け持つ冒険者たちは状況を正確に把握していなかったが自身の役割を果たし少しずつ魔物の数を減らしていく。しかしヒュージスライムの存在には気付いた様子だ。
そしてジョージも覚悟を決めて自身の役割を果たすべくその準備を始める。セレスならきっとそうすると信じて。
(ヒュージスライムなんて予想していなかったっ!スライムが確認されてヒュージが確認されないことなんてあるのかよ!?って文句言っても仕方がないよな。母さんなら大丈夫だ、きっとやってくれる。父さんに言われて対酸性コーティングを全身に施した甲斐があった。あとはあの剣が役に立つかどうかだけど……威力が足りないだろうな。母さんの剣技に期待するしかないかな)
ノルは昨日、出城を工房総出で仕上げた後にセレスの武具に対酸性コーティングを施していた。その際にジョージからの助言で全身への塗布材を用意してセレスに渡していた。使う機会が来るかは分からなかったがヒュージスライムを倒す選択を取るなら必要になるだろう。
(あのデカブツは父さんと母さんに任せよう。俺はこっちで魔物退治だ!)
ノルベルトの戦いはまだ終わらない――
(流石に環境魔法の継続使用はキツイ。でもこのジャムは本当に優れモノ。ポーション以上の回復量と即効性がある。味も美味しい。お父さんはホワイトベリーが凄いっていうけどお父さん以外が調理してもここまで魔力回復するならもっと話題になってるでしょ?お父さんが作るから、嘘みたいな回復量になるっていうのに。それと回復役外れてごめん。でも今はこっちの方が大事だと思うから。お父さんなら耐えられるし万が一の準備もしてある。それにここで動きを止めておけばあとはお母さんが何とかしてくれる)
レーナは少しだけ父に嫉妬している。優れた料理人の料理はポーションに勝るとも劣らない魔法効果を発揮することがあるが、ジョージの料理はいつもではないがたまにとんでもない効力を発揮する。魔法研究家として自身の作るポーション以上の性能である。
自分は天才だと自覚しているレーナでも、母と父には未だ勝てない部分が多いと知っている。少しだけあのポーションのことを頭によぎらせ、その考えを振り切り魔法の操作に集中していく。
レーナの戦いもまだ、終わらない――
(ヒュージ以外のスライムは全部倒せたみたいね。まったく、あたしが剣士だからってスライムを苦手と思って貰ったら困るわ。あたしは早さと精度が売りなのよ?スライムは寧ろ得意だっての。ただ、あのデカブツは話が違うわ。アレは大きすぎて核に攻撃が届かない。特殊な槍か投擲武器なら世界最高クラスの技術が必要ね。それか空間系のスクロール。一気に中心部に転移してズバっと出来れば楽なんだけどなぁ。
伸びる剣じゃ威力が足りないわね。分裂させるだけ。……たしか空間系は国かギルドじゃないと取り扱えないのよね。到着には時間が掛かる。レーナの環境魔法で足止め出来てるけど間に合わないわ。となると手段はアレしかないかー。ジョージごめんね?でもね、健やかなる時も、病める時も、《《戦う時》》も。あなたとあたしは一蓮托生なのよ?)
周囲の状況を確認したセレスは覚悟を決める。ジョージはきっとすでに覚悟を完了しているとの信頼もある。意を決したセレスは目標に向かって歩み始める。周囲の驚愕の表情など目に入らないかのように。
セレスとジョージの戦いが、始まる――
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「…ッぐッ、う…、ッぐをッ…」
俺は周囲に人が近づかないようにレーナの結界の中に入っている。しかし、クッソいてぇ。全身が悲鳴をあげてるぜ。呻き声も出ちまう。
情けないよな。きっとセレスは呻き声すらあげていない。俺と全く同じ痛みを感じているはずなのに。
それに俺の目にはセレスと同じ景色が見えている。全身が酸性かつ触れるだけでダメージを追うスライムの体内をセレスは今、歩いている。
悠然と。当たり前のように。それが自身の役割なのだと言わんばかりに。
内助の功スキル「一蓮托生」を使用したことで、俺はセレスと感覚を共有している。
だから俺はセレスの見ているものが見えるし、セレスが負ったダメージを半分肩代わりすることが出来る。
セレスは剣士だけにその身体能力は非常に高い。耐久力だってある。だが、だからと言ってスライムの体内に入って耐え続けられるかと言えば答えはノーだ。
だから俺が半分ダメージを肩代わりし、回復ポーションをがぶ飲みする。クッソまじぃ。回復効果も共有だからこれでセレスも回復する。
粘性の高いスライムの体内だ。見えている距離にある核にたどり着くまでだってそれなりに時間が掛かっちまう。
いくら回復しながらとはいえ痛みは消えない。ダメージを負い続けながらその歩みを止めない俺の嫁は、英雄そのものじゃね?惚れ直しちまう。
さぁセレス!あと2歩で届くぞ?あと一歩!いっけえええっっ!!
「竜首落とし」
セレスが発動させた竜の首すら一撃で落とすというその技は。ヒュージスライムの核を奇麗に左右真っ二つに割り。
ヒュージスライムはその姿をとどめることが出来ず崩壊する。
ノルの防具とコーティング。レーナの高性能ポーション。そしてセレスの剣技とその強靭な精神力。俺も、多少は助けになれただろうか?
家族全員の絆の力によって、退治不能と思われたヒュージスライムは、その存在を消滅させたのだった。