第14話 子竜じゃなくて古龍だった件
「お主は面白いな。気配が二つあるのか?このような人間は初めて出会ったぞ!数百年ぶりの享楽どころではない。さぁ存分に遊ぼうぞ」
「この口ぶりは……古龍?かしら。どちらにしても圧が凄すぎるんだけど。もう少し手加減して貰ってもよくないかしら?」
「古龍などは人間の基準じゃ。我が古龍かどうかなどわからんな。しかし数千年は生きておるぞ?数えてないからよくわからんのじゃがな」
対峙しているセレスの緊張感が俺にもひしひしと伝わってきやがる。コイツはきっと今まで出会ったどんな魔物よりも強い。
セレスが動けないところなんて初めて見たぞ?
「隙を見つけて逃げるわよ?追いかけてきたら里の戦力総出で出迎えましょ……っていうかそうでもしないと勝てるビジョンが浮かばないわ」
セレスの発言に反応したのはノルだ。セレスが勝てないと言ったなら勝てないのだ。対魔物における判断は一流なのだから。ただエルフの総力をあげればチャンスもある、と言っている。
ならばとその場を離れ里への援護を求めて駆け出していく。セレスを除けば俺たちの中でノルが一番身体能力は高いのだ。
残された俺たちがやることはセレスの援護となるわけだが、レーナはすでにセレスへのバフを済ませて古龍へ動きを阻害すべく魔法を掛けている様子だが……
効いている様子がみられないことからレーナの顔色は優れない。本体になる以前からエルフ相手に遊ぶように幻術を駆使してきた古龍だ。魔法の抵抗も高いのだろう。
俺に出来ることは内助の功と言うことになるが、この場面で有効なスキルなんてそうそうない。一蓮托生でセレスの防御の確保と、あとは眠気をさそえれば、か。薬屋酒はどのくらい効いてるんだ?あの姿になってからは圧しか感じないので判断がつかん
セレスはじっとしていても始まらないと古龍の周囲でステップを踏むが隙は全く見当たらない。それどころか古龍は最低限の動きでセレスの動きに追随してくる。
そして古龍がふいに力を込めて地を蹴った瞬間。その姿が目の前から掻き消える。
「後ろっ!?」
振り返る前からその挙動を予測し後方へと剣を振り抜くが、セレスの振った剣に手応えは残らない。
……宙を切ってくれてればどれだけ良かったか。古龍はその剣を避けることすらせず、その手で受け止めている。ダメージはなさそうだ。
受け止めたのに手応えがない?その衝撃を完全に殺している?人智を超えた技量まで持ち合わせているのであれば、勝ち筋なんて全く見えないぞ?
いや、勝ち筋が見えないのは最初からだ。逃げる道すら想像が出来ない。
「技量ではないぞ?障壁を展開しておるだけじゃ。我が得意としているのは魔法のほうでな。しかもおぬしたちの用意した飯を食って満腹じゃ。なかなか思うように体が動かんの。もっとも依り代を使わずに遊ぶのも何百年ぶりのこと。それゆえかもしれんな」
あくまで遊び、かよ。そりゃ古龍からすればこの戦闘は遊びも同然なんだろうが。こっちからすれば今すぐにでも終わりにしたい遊びだな。しかもこっちの心まで読んでる様子。勿論、ゲームオーバーは望んでいないぜ?
「ニブルヘイム」
「氷の聖霊よ、力を貸してちょうだい!」
レーナの環境魔法だ。デバフは効力が薄かったので周囲への干渉に切り替え。セレスの加護で精霊の助力も追加だ、少しでも動きが鈍ってくれれば……
「子守歌」
俺も数少ない戦闘時にも使える主夫スキルを使用する。本来は名称通り子供を寝かしつけるスキルだが今の俺にやれることは少ない。気休めくらいに効いてくれ!
「ほう、環境魔法か。それも我のみが影響を受けるようにコントロールされておる。そこな娘っ子は魔法が上手いのう。精霊もこんなに集まるのは久し振りに見たぞ!面白い!面白いぞお前たちっ!それに少し眠くなってきたか?食べ過ぎは矢張りヨクナイのぅ、反省じゃな。それにしても旨すぎた料理と酒が悪いと思うんじゃがな」
少しは効いてくれたのか?初めて見せた隙と言えない隙だったがセレスがそこに割り込む。
「紫電一閃!」
最高速の剣閃が古龍の首を捉え……たかと思ったその瞬間、古龍は周囲の氷など気にしないような滑らかな動きで回避しカウンターを放つ。
ただの何気ない正拳は知覚する前にセレスの肩口を襲いその衝撃で宙に投げ出されてしまう
「おかん!おとんも!!」
「…ッぐッ、俺はいい、自分で何とか出来る!セレスの補助を頼むっ」
レーナの念動魔法で軟着地をしたセレスもまた俺と同様に苦悶の表情だ。肩に受けた拳でここまでの衝撃を感じることへの驚愕の方が大きいかもしれない。俺がセレスと共にした感覚の中では過去一番の衝撃だったが危険度も過去一番だ。アドレナインのお陰か痛みをあまり感じないのが救いではあるな。
こちらからの攻撃ではあったが結果は無残なもの、しかし距離を取れたことも事実。セレスは中距離での持久戦に切り替える。
「千の太刀、伸びる剣バージョン!」
ノルの趣味全開の伸びる剣を使用して本来は対多数に用いる千の太刀を放つ。どうせ威力を重視したところで効かなそうなら対応を強いる作戦か!
「ファイア。アイスレイン。ライトニング。ファイア」
レーナも初級の魔法に切り替えて手数で勝負だ。こちらも威力より多方面からの攻撃で古龍への時間稼ぎを図る。
「うっとうしい。いかほどの搔痒すら感じないがこうも数が多いと面倒が過ぎるぞ?どれ、その防具なら耐えられるじゃろう?動きを止めさせてもらうぞ?ブレスじゃ」
ブレスとは言ったが口から吐くわけでもなく翳した前足から放たれた選考がセレスを包む
「くぅっ!?いっ……きゃあああ」
ブレスのダメージもあったが幻術も同時に掛けてくるブレスとは厄介だな!?セレスの周囲には大量のハロウィンが見える。
別にハロウィンが怖いわけじゃないけど急にそんな景色になれば流石のセレスだって混乱する。
「それにそちらの魔法使いの娘も厄介じゃな。それっ」
なっ!?こっちに来るか?
相対していたセレスの動きが止まったことで古龍はターゲットをこちらに定めた!?
まて!レーナは魔法は一流だが身体能力は俺とどっこいだぞ?やめろっ!!
そんな俺の願いが届くはずもなく古龍は地を踏みしめ一気にその身を加速させる
セレスすまんっ!そっちのダメージには何とか耐えてくれっ!
「きゃあっ!?」
古龍は先ほど見せた瞬間移動と見間違えるほどの速度でレーナの眼前に移動し拳を振り抜き……
「保護者は庇護し護るもの」
スキルによりレーナへの攻撃の瞬間にその位置を入れ替えた俺の身体を貫いた拳が、どういう理屈か俺にははっきりと見えていた。
「お父さんっ!!!」「ジョージ!!?」「おぬしっ!?」
安心しろセレス、一蓮托生は一時的に切断してある。このダメージは純粋に俺に降りかかる。
そしてレーナ、自分を信じろよ?お前がくれた奥の手だろう?……なんで古龍も驚いてんだ?
その瞬間。古龍も含めて周囲の時間が止まったような静寂が訪れる。そして俺の身体は光に包まれていくのだった。




