第13話 龍退治はお酒と料理で
ドラゴン退治が始まってすでに2週間、手をこまねいていた討伐隊に対して提案した手段とは。
古来より伝わる酒で眠らせるアレである。
勿論それが有効である確信はないが現れては消え、作物や獲物を荒らす食いしん坊ドラゴンには効くのではないかと思っている。
懸念は酒蔵が襲われていないため下戸ではないか?という疑いだがそん時はそん時。
現状、有効な手段がないなら試してみようとなったわけである。
作戦内容はこうだ。
まず目撃証言のあったポイントから作戦に適した場所を選出。
里の外れの畑及び小屋周辺に祭りの準備に見せかけて大量の酒と料理を置いておく。
頭のいいヤツだから罠を疑うかもしれないが、罠であっても食べたくなるように酒も料理も極上品である。
まぁドラゴンの味覚が人間と同じかどうかは分からないが。それでも作物荒らしたりするくらいだ。多少は味覚もあるだろう。
料理は俺が精魂込めて作った自信作だ。ドラゴンの好みなんてわからないが料理の内容や配置は主夫スキル「おもてなし」を信じよう。
肉も野菜も食べる様子なので色々と料理を作ってみたんだ。勝手なイメージで中華系を中心にそろえたぜ?
酒もエルフの里産の最高級世界樹ワインだ。しかも50年物。正直ドラゴンに飲ますには惜しい逸品だ。
少し味見させてもらったがあれは天上に昇る味とも言うべきものだった。そして度数もソコソコ。
蒸留酒も大量だ。ドラゴンの身体はデカいので少しでも酔いが回るように量はガッツリ用意した。
食事に関しても同様。チャーハン、焼きそば、天津飯10人前に餃子、シュウマイ、焼豚が20人前、その他一品料理も全部10人前単位だ。麻婆豆腐は山椒を聞かせた本格派だし酢豚は山査子使った本場風。今回は俺も全力だ。
そしてもはや宴会場と化したおびき寄せポイントがようやく見えるかどうかと言ったポイントで俺たちは待機している。
そこにはカタパルトが用意されておりセレスはカタパルト上に待機している。
ノル作成の人間射出用のカタパルトである。そしてレーナ作成の加速と気配隠蔽のスクロール。
これで酒が回ったころ、出来れば眠って貰えば最高だが少なくとも動きが鈍ることに期待して、一気に近づき一撃を見舞うのだ。
物語のように寝てくれれば楽なんだけどなぁ。酒にも料理にも眠り薬を忍ばせてあるし。レーナが言うにはバレにくい替わりに遅効性らしい。
まずは来てくれるかどうか。その後は食べたり飲んだりしてくれるかどうか。更に酒や薬が効いてくれるか。
全て未知数ではあるが家族それぞれの得意分野を活かした作戦だ。上手くいってくれることを望む。
暫くしてドラゴンがやって来るのが見えた。内心ではヨシっ!と叫びたい気分だが俺が叫んで気付かれたらまずいから必死に声を抑える。
流石に宴会場もかくやの畑周辺の様子にドラゴンは訝しんでいる感じ?ドラゴンは表情がよく分からんから何とも言えんが、今は遠巻きに様子を伺っているようだ。
明らかに怪しいからな。警戒は当然。しかし耐えられるかな?その匂いと旨そうな気配に。
作成中に3割は減っていったからな。味見役多すぎじゃない?
我々でさえ耐えがたいその匂いにはいくら賢かろうとドラゴンごときでは抗えまい。
喰いつけ……喰いつけ。焦れる気持ちを抑え様子を伺うとついにドラゴンが用意された料理を摘まみ始める。
突然、ドラゴンは目を見開き一気に喰らい始める。その勢いはすさまじく一口で数人前は平らげていく。
そらそうだ。同じような味覚を持っているならその味には抗えまいよ。そして酒も欲しくなるだろう。少し塩を効かせてあるぜ?
「飲み始めた。ワインからいくとはグルメなドラゴン。でも一口飲めば止まらなくなるはず。2樽目からは睡眠薬も入ってる。あれが効き始めるのは30分は掛かる。けど今のペースなら食べ終わる前に効いてくるはず。おかん、準備はしといて」
「あの勢いで飲み食いしてるなら途中で飽きることはなさそうね。でもせっかく喰いついてくれたのに逃す手は無いわよね。念のためいつでも行けるように準備よ。ノル、射出はいつでもいいわ。準備お願い。一応ジョージも準備お願い」
「「「了解」」」
ノルは射出スイッチを前に、レーナは観測用の双眼鏡を持ちノルの横に、俺は瞬間とは言えドラゴンと相対するであろうセレスのために一蓮托生を準備。
感覚をともにするからなぁ、カタパルトで射出されるのってどんだけGが来るんだろう?すげぇ怖い。
とは言え感覚だけだ。気を失うこともないだろう。必要なのは覚悟だけ。先陣のセレスに比べればなんてことないな。
暫く待っていると粗方の料理を喰いつくし酒もたらふく飲んだドラゴンはあくびをしだす。ドラゴンもあくびするんだな。
と、そんな場合じゃない。今はチャンスなんじゃないか?とレーナを見やるとレーナも頷く。
セレスは剣を上段に。切っ先を地に向けた状態で構えている。射出の勢いと併せて一気にスキルでドラゴンの首を落とすつもりだ。
「おっけ、いくよ。ここで寝てくれれば最高だけど帰られてもつまんないしね。それじゃ3,2,1,ゴー!」
準備万端にしていたセレスの返事を待たずにノルはカウントを始めスイッチを押す。
ノルの掛け声とほぼ同時にセレスはカタパルトから飛び出し一気に加速する。
次の瞬間、目の前にはドラゴンの首!
(野生のドラゴンじゃ一生食べられない極上の料理とお酒は美味しかったかしら?幸せな気持ちのまま逝きなさい……)
「竜の首落とし」
ちょうど大あくびをして目を瞑っていたドラゴンは目を開くと同時にセレスをその目に捉える。しかしすでにスキルは発動しておりその剣閃は…
ドラゴンのワイン樽より太いその首を一太刀にて切り落とす。
やった……!!
やったか!?じゃないぞ、やった!!だ。
ドラゴンとは言え首を落とされて無事であるはずもなく。力なくその身を地に堕としていくのだった。
「やった!流石おかん!これで帰れる?」
「このカタパルト、なにかに利用できるかなぁ?でもあの勢いに耐えられる人って母さんの他だと何人いるんだろ?まぁ帰ってから考えるか」
子供たちも安堵の表情を浮かべ見事にドラゴンを倒したセレスに向かおうとするが……
「まて、様子がおかしい。セレスが臨戦態勢を解いてない。まだ、何かがある……?」
俺はセレスの元に向かおうとする二人を制止しセレスと共有している感覚に集中する。
セレスの前には強大な気配を持つナニカがいる。なんだ?ドラゴンは倒したはず。現にその首は胴体と離れているし胴体も力なく横たわっている。
ならばこの気配は?
「折角の上手い料理に上手い酒。何百年ぶりかの享楽を楽しんでおったのに邪魔をしおって。しかし我の依り代を破壊するとはそこな人間、おぬしはなかなかに強そうじゃの。本当に久しぶりだが我自身が満腹となっておる。腹ごなしにチト遊ぶかの?」
横たわっていたドラゴンの胴体の中からミニサイズの子竜が現れセレスに話しかけてくるが……セレスはの頬には冷や汗が伝うばかりで返答は出来ない。
一瞬でも気を抜けばやられてしまうとばかりに張り詰めた表情で剣を構えるセレス。
作戦は成功しドラゴンは退治できたはずだが……状況は終わらないどころか悪化している?
俺たちはドラゴンの体内から現れたミニドラゴンを前に第2ラウンド開始の合図を聞くことになってしまったのだ。
何の準備もないままに――




