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女という性

作者: ポテリーナ

 幼いころから、周りの人間に興味を持たない、いわば内向的な性格だった。他人が何を考えているのかなんて、どうでもよかった。小学校にはいってからも中学生になっても協調性のないままだった。英里子にとっては友達と過ごす時間はまさに苦痛。家に帰り、自分の世界にどっぷりつかっているときが人生のもっとも幸せな時間・・。もちろん彼女は高校を卒業しても東京の大学に通っても恋人はできず、「なぜだろう。私はそんなに魅力がないのかしら」などと考えていた。

 彼女は大学を卒業して、都内の運送会社に勤め始めた。英里子はもともと仕事にあまり興味がわかず、ただ月々もらえるお給料のためにたいして面白くもない事務の仕事をさほど嫌だとも思わず、たんたんとこなす日々が続いていた。

 ある日出席した中学校時代の同級会で、英里子は昔机を並べて勉強をしていたクラスメイトがとても魅力的なことに気づく。しかし時はすでに遅し、彼は去年結婚していたのだ。こうして英里子の初めての恋はスーパーハンディキャップのある不倫から始まった。


 英里子がその不倫の彼、隆宏に会うのは決まって木曜日の夕方だった。おそらく彼は本妻に「木曜は毎週会議があって、帰りが遅くなる」など適当な言い訳を作っていたに違いない。隆宏は都内の商社に勤めていて、恐ろしくマメな男だった。彼は遅くなる日はもちろん、帰宅前には必ず妻に電話をかけて、スーパーで買ってきて欲しいものはないかと聞いた。英里子に会った後も「仕事が終わったから今から帰る」と伝えていた。妻は彼の不倫など想像もしなかっただろう。

 彼はまた英里子にも隙を見せなかった。ケータイ電話には常にロックがかかっていた。英里子は彼がどこに住んでいるのか知らなかったし、聞いても教えてもらえなかった。最寄の駅さえ知らなかった。彼は英里子の家をでると決まってタクシーを使って家に帰るので、車を持っていない英里子にはこっそり後をつけて、住所を知ることは不可能だった。もちろん本気になれば彼の居所を知ることもできたかもしれないが、英里子はそうはしなかった。英里子にとっては隆宏は最初の男で、しかも不倫だったのでどの程度深入りをしていいのか全く分からなかったのだ。英里子は彼を問い詰めて、嫌われるのが怖かった。彼女は彼を愛し始めていたからだ。


 彼はベットの中でとてもやさしかった。何度も英里子にキスをしてくれたし、強く抱きしめて「愛してる」といってくれた。英里子をとても丁寧に扱ってくれたし、彼の家庭の話なども一切持ち出さなかった。英里子をとても満足させてくれた。英里子はこの世ではじめて自分以外の誰かとかかわる喜びを知った。


 彼が週に一回英里子のアパートに通うようになってから、彼に会うことが英里子の人生の最大の楽しみとなった。木曜の夜に彼が帰ると、次の木曜までひたすら待ち続ける日々。退屈すると、彼はどんな食べ物が好きだったかしら、などとあれこれ思考をめぐらせた。隆宏がくる木曜日には通りですれ違うすべての人に微笑みながら「自分は世界中で一番幸せなんだ」と思った。彼には家庭があったけど、最初はそんなことは全く気にならなかった。英里子は思った。一週間に一度会うだけだけど、彼が自分を愛していることには変わりない。変に生活臭がつかないから、案外理想的な大人の付き合いだわ。


 英里子は幼いころから結婚ということに対して、執着心はなかった。母と同じように自分もいつかは結婚するだろう、と思っている程度だったし、社会人になっても特にその気持ちに変化はなかった。しかし隆宏と出会ってから以降は、友人などが結婚を意識しているという話を聞いたりすると、夜中に一人、ベットの中で考えた。人はなぜ結婚をするのだろうか。子供が欲しいからだろうか。年をとったときに一人は心細いからだろうか。私は子供ができたら嬉しいけど、出産はまだ先でも一向に構わない。それなら、私は結婚を考える必要はあるのだろうか。考えても答えはでなかった。英里子は結婚するなら隆宏以外の人とは考えられなかった。ところが隆宏は英里子との再婚は考えられないだろう。そうなると英里子には結婚について考える理由が分からなくなってしまう。所詮、結婚は一人でできるものではないのだ。

 英里子は人生についても考えるようになった。いままでは自分ひとりの生活しか考えたことがなかった。今は違う。彼女は食事をするときも、映画を見るときも、隆宏がそばにいてくれたら今よりもずっと幸せだと思った。買い物をするときも、仕事をしているときも、自分の人生に隆宏がいてくれたら、今までの人生が驚くほど楽しくなると思った。今後の人生を隆宏と一緒に考えられたら。しかし彼女にはそんなことはとても言い出せなかった。隆宏が自分と同じことを考えているとは思えなかった。彼がどんな反応をするかは分からないけど、いい方向には向かわないだろう。


 彼に対する恋慕が募り、英里子は今までに感じたことの無いような激しい苦しみに襲われた。彼が部屋にいないときの言いようのない孤独感。まるで内臓が取り出されたような、自分が肉体的に欠如しているような虚無感を感じた。時々大声で泣き叫んでみたが、このような苦しみからはどんなことをしても抜け出せなかった。彼女は自分が彼を愛していることを自覚した。そして自分に人生の幸福と苦痛を与えた彼を憎んだ。自分は二度と以前のようには戻れないだろうと感じていた。

 隆宏に対する態度も徐々に変わっていった。以前は極めておとなしい英里子であっただけに隆宏は変化に動揺した。彼は英里子のことを学生時代のように淡白な性格だと思っていた。だからその彼女が狂うほど自分を愛している事実は嬉しかった。しかし彼にはどうしてよいのかわからなかった。


 英里子は彼に自分を愛して、そばにいて欲しいといった。中途半端な付き合いはとても苦しい。あなたがそばにいないと自分の体の一部が抜けてしまったように感じるの、と。

 その夜、英里子は今までにないくらい激しく隆宏の体を求めた。彼女は自分の中で、何かが変わってきていると感じていた。子供のころから、自分の殻にこもる性格ゆえに、他人に対して自己主張ができない癖がついていた。しかし今一人の女として愛する情熱を知り、これまで自分の中に隠しておいた感情を隆宏に対して開いて見せることが出来るのだと。彼女は初めて他人に心を開いているのだと。


 結果から言うと、二人の関係はそれ以上深まることはなかった。隆宏には彼なりの事情があったし、英里子と家庭生活のどちらを選ぶのかは彼が決めるべきことなのだ。英里子の願いは叶わず、彼女はまた一人の生活に戻ることになった。

 英里子は隆宏に対して自分を選ばなかったと憎しみを感じたし、別れのときは彼女なりに無念さを伝えた。立ち直るまではつらい気持ちに絶えないといけない。彼は英里子を失ったが、妻がいる。一方彼女は一人になってしまった。

 しかし不幸に思えるこの関係から、英里子にも得たものがあった。彼女は今、自分の人生の可能性を知ったのだ。もう一度他人に心を開き、今度こそ誰かとともに未来を生きるすばらしさを知ろう。人生に対して、積極的に生きよう、楽しもうと。

 隆宏は英里子から去っていったが、今までモノクロの世界で生きていて、この世には白と黒しかないと思っていた英里子の世界をカラフルにした。苦悩を感じない人はおそらく至福も感じ得ないのだろう。

 

 英里子は思い切って転職をした。職種を変えたわけではないけど、以前の自分がいた場所に決別をしたい気分になったのだ。そうして休日に部屋を掃除しているとなんだか自分まで生まれ変わったような気持ちになった。彼女は窓から空気を思い切り吸い込み、自分の再出発を祝福した。

 

 女として社会に出て働く意味を考えるときは誰にでもあるだろう。いくら社会が男女平等だと唱えているとはいえ、私たち女は男性とはやっぱり違う。まず子供が産める体だ。私は産まない、という女性も多いと思うが、人間だって所詮は動物。誰しも相手を求めて生きるものであり、チャンスがあれば産むという前提は間違っていない。またホルモンのバランスが変化する更年期障害などは女性なら真摯に考えなくてはいけない問題だ。

 女性が働く、という上でこの2点は無視できないものである。女性ならではの社会復帰しやすい職を選択したり、育児休暇をもらったり、専業主婦として家庭に入ったり、女性の生き方はさまざまだ。この選択は本人とその家族がなすことであるので、他人がその人の選択をけなすのは間違っている。重要なのは女性という男性に比べて社会活動する際にハンディキャップとなる性を自身が自覚し、それを受け入れて自分の生き方を決めることだ。私たち女性には男性にはない強さがある。社会で働き、子供を産み育て、母として妻として家庭で従事できるのは私たち女性ならではだ。男性が生物的に体面を気にすることに反して、女性がしたたかに対応できることも私たちのすばらしさであると思う。女性はこの個性を伸ばし、男性とはまた違う角度から社会貢献ができると思う。


 英里子がこんなことを意識しだしたのは、二人目の恋人が出来たころからだった。彼は二つ年上の会社員で付き合いが始まったころから、彼女との結婚を意識しているといった。彼女にしても(以前の経験から)お付き合いをする人とは一緒に人生を考えたいと伝え、二人で近い未来から考えることにしたのだ。

 英里子は二人目の恋人ルウと一緒にいて、初めて精神的な安定を感じた。一人で生活をしているときは自分のことを不安定だなんて思ったことはなかったけど、やはり人はその漢字が意味するように誰かと支えあって生きるものなのだ。隆宏と別れてから以降ずっと望んでいたことだけど、恋人と一緒に将来を考えていけることのすばらしさを改めて実感した。


 ルウは結婚後も英里子に社会にでて働いてもらいたいといった。英里子にしても異論はなかった。万が一子供が出来たら育児休暇をもらえるだろう。英里子は自分が朝子供の手を引いて保育園に送る姿を想像して、早くそんな日がくればいいのにと思った。

 一方でせっかく生涯働くなら、もっとしっかりキャリアを考えたいを思い始めた。英里子は英文学部を卒業していたので、とりあえず今からしっかり英語の勉強をし直そうと思い、英会話教室のコースを取ることにした。すぐに申し込みに行くために家を出た。


 風は暖かく心地よく、空が高かった。英里子は風を感じ、目を閉じた。

 体の内側から生きる力がわいてくる。


 英里子は今まで歩いてきた人生を思い出し、また今後の人生に思いを馳せ、自分が持つあらゆる可能性に感動した。生きるということの苦しさ、また素晴らしさ。嫌なこともいいことも、生きているときにしか感じられないもの。

 隆宏が与えてくれた色のついた人生に彼女は無数の美しさを感じている。


 そして英里子は歩き出した。彼女の後に道ができる。


初投稿です。お手柔らかに・・・^^;

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