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8. Could be brownie points.

 今日も面接の段階で断られた。経歴をきかれて治療院で治療をしていたと話すと、彼らは「あの騒ぎか」と事件を思い出す。どうにも、騎士団に連行されたことが街の人たちには噂で捻じ曲げられ悪い意味にとられてしまっているようだ。もういっそ、過去を隠して働いたほうがいいのか。それにしても後から知られて非難されるのも心苦しい。


「次はどこに行こうか、ストゥ」


 ストゥは首を傾げて、すりすりと頭をミュゼッタの手に寄せた。

 町を出ようにも、旅費もない。本日六件目の飛び込み先を探していると、横から声がかかった。


「昨日からこの辺りうろちょろしてんな。仕事が欲しいんなら、紹介してやるぜ」


 聞こえなかったふりで視線を合わせないようにしても、腕を引っ張られあごを掴まれた。暗い目が遠慮なしに身体を舐め回す。


「肉つけりゃあちったぁいいとこいくだろ」


 口が開かないから離せ、と目で訴えても男は笑うだけだった。


「なんだよ。腹いっぱい食わせてやるっつってんだ。素直な方がかわいがられるぜ?」


 顔の横で茶色の毛並みが逆立った。

 牙で噛みついて爪で引き裂いて、ストゥは攻撃の手を緩めなかった。幾たびもこうやって助けられている。ミュゼッタが襲われそうになると、ストゥは凶暴化するのだ。これのおかげもあって、ミュゼッタは娼館に勤めることをせずに済んだ。ストゥは命を奪うまではしないけれど、相手に加害の意思がなくなるくらいには痛めつける。それも、人体の急所を正確に知っているかのような精密さで狙いながら。


「がぁっ……」


 男は視界も定かでないなか、獣から逃げようとして足をもつれさせ、自ら転んで頭を打った。


「ごめんなさい、でもあなたも悪いと思うの」


 暴漢が倒れた後、ミュゼッタが治癒魔法で治すまでが一連の流れだ。意識を取り戻す前に立ち去る。




「おい……おい、嬢ちゃん」


 また声掛けかと目線だけやると、申し訳なさそうに肩を縮める男性がいた。


「タズさん……」


 治療院で最後に治療した患者だった。手招きされて、一緒に物陰に隠れる。


「お体に辛いところはありませんか?」


「ねぇよ。ミュゼッタの嬢ちゃんはなんやかや言われてるようだけどよ、オレはちゃんと治ってっし。……その、治してもらって礼も言ってなかったからよ」


「お気になさらず。治療が間に合ってよかったです」


 パパッと辺りを警戒したタズから小袋を押し付けられた。


「払い損ねた治療費だ。釣りはいらねぇから。ごめんよこれくらいしかできねぇ」


「あの……っ」


 呼び止めようにも逃げられてしまった。彼の暮らしも決して楽ではなかったと聞いていたのに。

 ミュゼッタを信じてくれる存在は嬉しいが、不安定な施しに頼るわけにはいかない。早く定職に就かなければ。すり減っていた気力がわずかに回復した。




 家の前に見慣れない影がある。


「おかえり」


 だなんて言われたのは何年ぶりだろう。しかも言われるのに不適当な騎士という人物だったものだから、放心してしまった。「また来る」と言ったのは愛想の一種ではなかった。

 抱えていた紙袋を押し付けてくる。ストゥがくんくん嗅いだ。


「ええと……?」


「これ、よく行くレストランで持ち帰り頼んだんだ」


「……なぜわたしに?」


「ミュゼッタに食べてほしくて。美味しいよ」


 口元を引き締めてフォーティスを見るが、彼はにこにことするだけだ。


「その腕じゃ料理も苦労するんじゃないかな?」


 怪我をさせた補償がまだ有効だということだろうか。治療費は全額あちらに負担してもらったというのに。


「気を遣っていただきありがとうございます」


「それから、治癒魔法かけてみたいと思って」


「すでに説明しましたが、これは体質で……」


「それでもね」


 彼の気が済むのなら、と腕つりを外した。

 指先で触れるか触れないかというときに光がふわりと広がった。パチッ、と消滅する。


「だめか。じゃ、帰るね。ゆっくり休むんだよ」


 なんだかすっかり上司然としている。年上ではあるのだろうが。

 紙袋の中身にあったミートパイは大きくて、とても一日では食べ終わらないほどだった。確かに味はよかったし、ストゥもご満悦してお腹を撫でていた。


 そうやってフォーティスは頼んでもいないのに三日おきに食べ物を貢ぎにくるようになってしまった。


「近くで任務でもあるんですか?」


 用事のついででミュゼッタを見に来るのならわからなくもない。


「そろそろ騎士団で働いてくれる気にならないかな? って」


「ご飯は賄賂だったんですね」


「多少はね。きみの様子も気になるし」


 騎士がうろちょろしてくれるおかげで周辺の顔ぶれや治安が若干改善されたように感じる。美丈夫が定期的に通うというので若い女性までも増えたような。それにつられて若い男性も歩き回る。


 フォーティスが持ってくるのはグラタンだったりシチューだったりはたまた果物盛り合わせやパン祭りになったこともある。とくにベリーのデニッシュは絶品だった。ミュゼッタの一番は角切りハムの入った赤キャベツの煮物だったが、どこのレストランの品か聞けないでいる。


 それから毎回律儀に治癒魔法をかけて帰る。効果はない。彼の訪れる時間は朝昼夕決まってはおらず、「時間によって効きが違うかなって」とどこまでも前向きにしている。


 早朝には手をこすり合わせて温もりを確保する季節にさしかかっていたので、あたたかい差し入れはことさらありがたかった。


 しかしあえてお礼をせずに受け取るだけ。口で礼は告げるけれども、物品が返ってこないことで、あちらにはなんの利益がないとフォーティスが悟って引き下がってくれたなら。


 差し入れを当てにしてはいけない。施しに慣れてしまったら、もらえなくなったときにそれこそ立ち直れなくなる。


 なによりも、返礼のため何かを用意する資金などない。労働力を提供するにも戦力にもならない。治療院を開いていたときに貯める努力はしてたけれども、無職の今では食いつぶすだけだ。

 騎士団に詐欺容疑で連行された事実が響いていて、就職活動は難航している。


 もし、もしーーフォーティスの言う通りに騎士団のお抱え治癒士になったとて、うまくやっていけるだろうか。やはり見た目が気持ちのいいものではないことが大きな欠点となっている。


Could be brownie points.

(点数稼ぎかもね。)

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