7. A job offer.
魔物によって負った傷が原因で、しかも治癒魔法も受け付けなかったためにミュゼッタは熱を出した。ストゥが心配してずっとくっついていてくれる。客室で三日を過ごして、熱が下がってやっと郊外にある自宅へ帰ることを許された。
自宅へ向かおうと部屋を出てすぐ、出会ったフォーティスの後ろに蜂色の髪が揺れているのを確認してしまった。包帯が巻かれ、首から吊っているミュゼッタの腕を見て、鮮やかな赤の瞳に水の膜が張っている。
「申し訳ございませんでした」
しおらしいベルエイミーが頭を下げる。そんなことをされても困るだけだ。
「あのとき、私がぶつかってしまったためにミュゼッタさんは怪我を……わざとじゃないんです。もう怖くって」
そう、ぶつかった。事故で。貴族のお嬢さまが平民に。盾にしたりだとか、つきとばしたわけではないと。
「おかまいなく。聖女さまにお怪我がなくてよかったです」
失敗からあなたが学んでくれれば。
弱々しく、その目はフォーティスとミュゼッタを行き来している。まるでそれ以上の弁護を待っているかのようだ。
「謝罪をいただき、わたしは受け入れました。もうじゅうぶんです。ではどうぞ、お元気で」
ミュゼッタは居心地の悪い会話を切り上げた。
もちろん、森の中でベルエイミーが生きた魔物に取り乱さなければミュゼッタは怪我しなかったかもしれない。熱を出さなかったかもしれない。
苦言を叩きつけるには相手が未熟すぎたし、八つ当たりはみっともないうえに無駄だ。
時間をかければ治る負傷であったから、忘れてやることにした。
一言もないフォーティスに目線を送りながら、結局ベルエイミーはすごすごと帰っていく。
街の巡回を兼ねて家まで送ってくれるというフォーティスを、ミュゼッタは断りきれなかった。
「聖女から頼まれたし、謝罪は必要かと思って連れて来たけど、余計なお世話だったかな」
「いえ……どちらでも」
「大変だったね。お疲れさま」
「ご迷惑をおかけしました」
「守りきれなくてすまなかった」
このままだと謝罪合戦になりそうなので、ミュゼッタは首を横にしてそれ以上発言しなかった。
「これからどうするの? 医療院には戻れないよね?」
治癒魔法をごまかす幻覚魔法が使えたダニカは逃走したっきり連絡がつきようもない。医療院は廃墟寸前で、誰もいないだろう。
「免許なしっていうのは教会が噛み付いてくるかもね。けどやっていたのはほぼ無償での純粋な治癒行為だから、厳密には罪じゃない。素質があるとわかりきっているのだから一定期間実習を受ければ本免許取れるよ。取っておくかい? 私も口添えできる」
本来ならば、治癒で生計を立てるなら教会から資格認定試験を受けて許可証をもらわなければならない。ミュゼッタは教会を通さずに治癒を行う野良の治癒士だ。暴利をむさぼらない限り目を瞑ってもらえるが、戦時下や緊急時など特別な状況を除き、無償での治癒行為はやや違法とされる。
そして能力が高ければこそ教会は無許可の治癒を見逃さない。金になるからだ。
「免許は取っておいたほうがいい。損にはならない。というか取ってくれないかな。ミュゼッタには騎士団で働いてもらいたいから」
「え? 騎士団で……」
「そんな特殊な治癒魔法、ほかに活かせる場所ある?」
うっ、と詰まり、目線を地面に落とす。一見客ばかりの医療院で働くより、事情を知って庇ってくれる騎士団のほうがミュゼッタのためだ。
「信頼できる人だけを相手すれば……」
ミュゼッタの治癒魔法を怖がらず、口が固い人。呪いだと騒がず快く相応の支払いをしてくれる人が、世界にどのくらいいるだろう。
「不安定な収入になるね。うちの連中なら慣れて受け入れてるし、男所帯とはいえ働くにも悪くない環境じゃないかな。普段は遠征に同行せず本部勤務にしたら」
見上げると、ごく淡い緑の瞳の持ち主はフッと笑った。
「一定の給与もあるし福利厚生ーー住宅補助も出せる。いまよりいい所に住めるよ」
集合住宅の一室であるミュゼッタの借家は、立地、外観からも生活水準の低さがにじみ出ている。
「考えてみてくれると嬉しい。また来るね」
社交辞令にそういって帰っていった。
就職によい条件を提示されても、ミュゼッタには信じきれなかった。
家を出てから二十五の歳になるまで、どちらかというと裏商売のようにこそこそ働いてきた。ダニカと出会ってからは堂々と治癒魔法を使いやすくはなったけれど、免許などないから教会の目を掻い潜るため、やはり贅沢とは縁遠い生活を続けていた。
学もなく女一人であちこちして、体を売らないでいられただけ幸運だったというくらい。貧相な体ではつく値段もたかが知れているだろうけれど。
さて、これからごまかしなしで治癒魔法を使えるものだろうか。腕のヒビは全治三ヶ月。骨が繋がっても、痛みが長引くと言われた。就職活動するにも、これでは先に貯蓄が尽きる。
A job offer.
(仕事の斡旋。)