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5. A hapless victim.

 そして四日後、聖女が参加した。


「ベルエイミー・グロットーですわ。この身をお任せしますわね、フォーティス団長」


 鮮やかな赤(フォリー・レッド)の双眼はしっかとただ一人に狙いを定めていた。女っ気に期待していただろう団員スコウトは口元が引きつっている。聖女さまの狭い視界に入るのは、フォーティス並みの器量でなければ難しそうだ。


「瘴気の浄化をよろしくお願いします、聖女さま」


 団長は無難にそれだけを返した。


 少ない同性だからとミュゼッタはベルエイミーと肩を並べて歩くはめになった。スコウトと代わってやりたかったが、彼は前衛にいる。女性陣は護衛されるために後衛寄りに配置されていた。


「あなたも騎士なの?」


 尋ねた彼女は白を基調とした聖女専用の制服を着ている。対してミュゼッタは騎士見習いのシャツにズボンだ。


「治癒士のミュゼッタです。よろしくお願いします」


「ああ、治癒士の方だったの。よろしく。女の子はミュゼッタさんと私だけ?」


 二十五にもなった現在、自分を称するのに女の子、という響きがむずがゆかった。ベルエイミーはおそらくミュゼッタより五歳以上は年若い。


「そのようです。わたしが負傷者の治癒ができますので、聖女さまは浄化作業に集中していただくことができます」


「まぁ頼もしいこと」


 握手した手は小さくすべらかで、ちっとも力がこもっていなかった。洗剤知らずの肌は、お皿洗いもしたことなさそう。爪先を伸ばしてかわいらしく染めて。ミュゼッタのささくれが柔肌に引っかかっていませんように。


 ストゥがフスフスと鼻を動かしている。


「ペットを連れているの?」


「ストゥといいます。愛玩というより相棒です」


「触ってもいい?……あら」


 聖女の指をすいと避けて、ストゥはミュゼッタに張り付いた。


「人馴れしていないのです、すみません」


 嗅いだことのない香水が鼻に合わなかったストゥはくしゅくしゅ、とくしゃみを連発する。




 初日に倒した魔物がいた場所までやってきた。瘴気のせいでまともな生き物が近寄らないせいか思ったより腐敗は進んでおらず、濃いめの瘴気がまとわりついているだけだ。


「聖女さま、浄化をお願いします」


 騎士たちが開いた道を歩いて、聖女はフォーティスの隣に立つ。


「ふふ、がんばりますわ」


 緊張感もなく大きく腕を広げてから手を組み、ベルエイミーは聖願魔法を発動させた。発光は一分続いた。ぼんやりと残った闇が漂っている。


「まぁ、強情な瘴気ですこと!」


 もう一度浄化して、やっと消えた。


 治癒魔法には個人の魔力を使うけれども、聖願魔法は特殊だ。願、の文字がある通り神へ祈る儀式をもってして発動する。信心が深いからではなく、生まれ持った素質によって使えるかどうかが決まる。瘴気の浄化は神の御業。奇跡を起こすためにすり減るのは、魔力ではなく魔力に近い別の何か、だと研究が進められているが定かではない。神のえこひいきの力とミュゼッタは心の内で呼んでいる。


「昼休憩に入りましょう」


 歩き通し、さらに力を使ったせいか聖女に疲れが見えはじめたので、フォーティスが気を遣った。決められていた昼には一時間ほど早い。


「ミュゼッタは疲れていないかな? 森に入ってもう四日だ。ごめん、きみが何も言わないものだから大丈夫だと思い込んでしまって」


「疲れは騎士のみなさんほどではありません。わたしのことはお気になさらず」


 彼らは周囲の警戒をするだけでも神経を使うのに、自衛もできない女の警護も業務に加わってしまっている。ミュゼッタはほとんど治癒魔法を使っていないし、ベルエイミーよりかは体力があると今なら自信を持って言えた。騎士団の方で栄養のある食事を三食用意してもらえるので、下手したら治療院で働いていたころより元気かもしれない。


 ぽすん、とミュゼッタとフォーティスの隙間を埋めるようにしてベルエイミーが座った。


「ああ、疲れましたわねミュゼッタさん」


 騎士たちを恐れているわけではないが、特定の男性以外には気後れするようでベルエイミーはミュゼッタの近くにいようとしている。


「あらフォーティス団長」


 同性であるミュゼッタか、もしくは男であっても物腰のやわらかいフォーティスの近く、と言い直した方がいいだろうか。


「聖女さまも。ご助力感謝します」


 かけられた労いにわかりやすく笑顔になっている。一面、若さとはこういうことかもしれない。欲望にまっすぐで、感情をさらけだすことに抵抗がない。


 フォーティスがごゆっくり、と言い残して行ってしまった。ベルエイミーは名残惜しそうに背中を見ている。視線は手元の袋に移った。


「私、携帯食ってはじめてですわ」


 携帯食はサラダでもないのに野菜の青味が前面に出ていた。覚悟がなければこのえぐみは毒のように思えるかもしれない。


「んっ……」


 ひとかじりしたベルエイミーが吐き気をとどめている。飲み下せないらしい。 


「聖女さま、だいじょ……」


「んん〜〜っ!」


 裾も気にせず立ち上がる。

 ぱちくりと男たちが走り去る聖女を見ていた。


「食べ慣れない人からしたらあんなもんかぁ」


 一人がくしゃりと食べ終わった携帯食の袋を握りしめる。ミュゼッタは首を振った。


「セロプア草の練られた携帯食よりましです」


 消毒と体力増強の薬効効果はあるが、独特の匂いがする薬草は、どの料理に使っても元気いっぱい存在を強く主張する。

 それに比べれば、いま手にしている携帯食は味気ないが癖もない。


「はは、うちの親父と同じこと言ってら」


「ミュゼッタ嬢、なぜ大昔の騎士団の携帯食を知ってるんですか」


「……王都の祭りには毎年、騎士団も出展していますよね。携帯食の変移の展示だとか、試食で配られていたものを興味本位で食べたことがあります」


「そんなものもあったか? 祭りは見回るだけで展示内容までは見てなかったな」


「オレは知ってる。アレな、マニアにウケがいいんだよな」


 帰ってきたベルエイミーはうつろだった。食べた物を戻したならすっきりしているはずだが、空腹でも食べられないとなると元気もなくなる。




 そんなこんなで七日目、ミュゼッタの奉仕活動最終日。疲労はそれなりに溜まっているが、これで最後と思えば気が楽だった。


 反してベルエイミーは取れない疲れとたたかっている。

 最低限の成果は確保できているのか、騎士たちの優しさもあり聖女を直接責めることはないけれども、どことなく空気は重かった。ミュゼッタも足を引っ張っている自覚はあるが、彼女は輪をかけて遅かった。二人がいなければ騎士だけで効率よく回れたのだろう。瘴気の浄化が目的なのだから聖女がいなければ何もはじまらないけれど。



「総員構え!」


 今度はミュゼッタにも魔物がきたのだとわかった。戸惑っているのはベルエイミーだけ。


「きゃあああ、魔物! 動いてるわ!」


 甲高い声は魔物を刺激して引きつける。剥き出しの殺気を向けられて、ベルエイミーは後ろも確認せず突進した。


「隊列からはみ出ては……っ!」


 勝手に動けば騎士たちだって守れるものも守れなくなる。


 ドン、とミュゼッタの胸に衝撃があった。転げてから見えたのは、恐怖に染まるベルエイミーの顔。彼女はもう、自分のことしか考えられなくなっていた。


 キシャーッ。耳元でストゥが魔物を威嚇している。だとしても小動物が勝てる体格差ではない。


 グルル、と至近距離で聞こえて腕を上げて盾にした。腕の上を熱が走って、体が吹き飛ばされた。


 ーー折れてる? ひび?


 腕を骨折したかどうか、それよりも出血が酷い。影が近寄ってきた。魔物がまた、と思って立ちあがろうとしたらうつぶせだった魔物がひっくり返っている。剣が次々と舞う。横から押さえつけられた。これは人、仲間だ、騎士で、ーーフォーティスだった。


「自分で治癒魔法をかけられるかな?」


「い、いえ……っ」


 傷口に触ることもできず震える。

 剣を離した手がミュゼッタの怪我へと伸びる。

 パチッ、と軽い音で光は消滅した。血はどくどくと流れている。


「治癒魔法が効かない……?」


「た、体質で……」


 ミュゼッタの状態を理解してからのフォーティスの判断は早かった。包帯で止血して固定する。


 救急セットを使うのが戦う騎士ではなく治癒士の自分だなんて皮肉だ。向こうで獣の咆哮が重なっている。


「少しの間だけ我慢して」


 目をしっかり合わせてから、フォーティスは剣を手に翻る。ベルエイミーが隣に座った。魔物が押さえ込まれたことを確認して正気に返っていたらしい。


「ミュゼッタさん、腕をーー」


 伸びてきた手をやんわりと退ける。


「この後も何があるかわかりません。貴重な力をわたしに使わないでください」


「失礼」


 ベルエイミーの肩を押して、フォーティスが戻ってきた。


「倒したから行くよ」


「えっ、もう?」


 離れてから三十秒も経っていない。一息でミュゼッタを横にして抱き上げる。


「負傷者を連れて離脱する! トルレット、あとは頼んだ!」


「フォーティス……! わかった、気をつけてくれ」


 後始末の最中の騎士が手を上げた。

 来た道は安全だからとミュゼッタを連れてフォーティスは走っている。


「すみませ……。下ろしてください、歩き……ます」


「歩けるのかい?」


「ちょっと、わからないですけど、みんなを置いてなんて」


「ほかの団長に任せたから大丈夫だよ。それよりミュゼッタ、治癒魔法が効かない体質ってなに」


 聞いたことないだろう。ミュゼッタだって自分以外はそんな体質を持った人間を知らない。


「昔からです」


「ほんとうに研究所に突っ込んであげようか」


「いやです……」


 脅しのような言葉だが、ごく淡い緑の瞳は心配一色だった。


 森を抜けて転がり込んだのは手近な治療院だったけれども、どの治癒士が臨んでも腕は治らなかった。最終的に呼んだ医者に手当てされて、薬を数種類処方された。幸いにも骨折ではなく、ヒビで済んだ。それでも傷口は縫うことになったし通院を余儀なくされてしまったのは無念だ。


「業務上の事故ってことで治療費は騎士団が持つよ」


「ありがとうございます」


 次の通院日まで把握されていては、ごまかしもできない。それでなくともフォーティスの笑顔は圧がごりごりに強い。


 今日で騎士団客室は卒業の予定だったのに、引き伸ばされた。


A hapless victim.

(不運な被害者。)

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