3. Time to work.
スカートでは難儀する場所だからと騎士団見習いの支給品であるシャツとズボンを渡されていたが、見事にダボダボだった。女性騎士用だとは聞いていたものの、さすが体格の良さがものを言う世界である。ミュゼッタには筋肉どころかあっていいはずの脂肪もない。
朝、部屋まで迎えにきたフォーティスとそのまま食堂で軽い食事を済ませた。
腹を満たせばさっそく出発だといって、外に出る。
号令によって集まってきた騎士は十五人足らず。
「指揮はビドジール殿にお任せします」
一人の言葉にフォーティスがうなずいて全員と向き合った。隊長っぽいとは思っていたが本当にこの騎士たちの団長らしい。
「第二、第五騎士団はともにこれよりスカボイア森林へ向かう。四日後に聖女さまを森へ案内するための事前調査だ」
動物は瘴気に呑まれ凶暴化しやすい。人だと簡単に正気を失くすことはないが、長時間瘴気を浴びていると気分を悪くして動けなくなったりする。訓練した騎士ならばある程度耐性はあるだろうけれど。
「それから、今回治癒魔法を使える一般人の協力を得て森に入る。ミュゼッタと助け合って進んでほしい」
奉仕活動のためだとか、犯罪すれすれの行動の罰だとかは言われなかった。緊張しながらも、整列している騎士たちに頭を下げる。
「ミュゼッタと申します。よろしくお願いします」
と、出発したわけだが。
「同行するなら聖女さまがよかったぜ」
などと言われて、返事するわけにもいかず黙っている。
文句ならミュゼッタに同行を言いつけた団長さまにお願いしたい。
「聖女さまが粗野な男と親しくするかよ。並んで歩くなんてしねぇぞ」
別な騎士が前を歩いている男の背中を叩く。
彼らの中で聖女とは一体どのような存在なのか。
神に愛されて世にも貴重な力を授かった乙女。絶対数が少ないため国をあげて重宝する。高嶺の花だ。高貴な方々にさらわれ取り込まれがち。卓越した力で王族に加わることも夢ではない。瘴気に対抗できる聖願魔法を使えるかどうかはその人の資質によるため、基本的に加齢や事故などによって魔力を失わない限り聖願魔法を生涯使い続けることができる。
「その聖女さまが四日後いらっしゃるからこうして瘴気狂いがいないか見て回ってるんだろ。森の中を行進なんてお嬢さんにはつらいだろうに、来てくれてありがたいよ」
そう返してくれる紳士もいて、ミュゼッタは控えめに微笑んだ。
「そうそう、治癒魔法が使える大事な戦力だぞ」
「治癒魔法なら、ビドジール団長だって……」
話の途中なのに、彼らは一様にハッとして団長のいる方角を向いた。
「総員構え!」
低いが鋭い声が騎士たちの軽いノリを吹き飛ばした。
とりあえず立ち止まったミュゼッタだけが事態を把握していない。肩に乗せているストゥでさえ、警戒体勢をとっている。
「アスペン! スコウト! ソルバルド! 前へ」
森の中での動きとは思えない素早さで三名が飛び出し、穴を埋めるように他の騎士たちが陣形を整えた。
「ボラク! ティレル! 双方非戦闘員を守れ!」
前後に張り付かれて、ミュゼッタは見渡す。
遠くで騎士たちの連携のやりとり、団長の指示が聞こえるばかり。
「魔物……ですか?」
それ以外は考えづらい。口角を上げたのは後ろに
いる男だ。
「だね。怖いなら後ろ向いとくといいよ」
「いえ、この距離では見えませんし」
ビチッ、と血しぶきが木の葉の房に一線を引く。それが三本になったところで、獣の咆哮が尻すぼみになった。
頬にかすれた赤いものをつけた一人がやってきた。
「団長から伝令。D5区画で休憩とする。ボラクとティレルはミュゼッタを連れて迂回して合流せよ、と」
了解、とボラクとティレルの声は揃った。
遠回りしろというのは残虐な現場を見せまいとする配慮だった。警戒を解いたストゥの背を撫でながら、ミュゼッタは土を踏みしめていく。
「平気そうだけど、治癒士だから血には慣れてる感じ?」
じろじろ見られてはいたけれど、魔物に出会ったのに肝が据わっていると不審に思われていた。
「そうですね、ちょっとやそっとの血では倒れたりしませんのでご心配なく」
「頼もしいこって」
「そちらこそ。こんな短時間で討伐完了だなんて。それに実働はたった三人ですか」
「あの狭い場所で参加人数が多すぎても連携とれなくなる。ちんたら時間かけてたらあとで団長が怖ぇし」
「ビドジール団長さまのことですか?」
「うんにゃ、うちの第五騎士団ライデン団長もいるからさ」
「二部隊の合同で出動しているんですか?」
森に入る前に指揮権がどうのと決めていたけれど、フォーティスのほうが立場が上なのか。
「ん? もともと第二と第五だけで遂行予定だったところに急にあんたをねじ込まれた……って、知らない?」
「わたしは一週間こちらで働くように、と言われただけです。予定も内容も知らされておりません」
「そうなん? おじょーサマがなんで働くの?」
「わたしは平民です」
「いやでも口調とか立ち居振る舞いがさぁ。聖女でもないのにそんな丁寧な平民いる? よっぽどいい教育受けただろ。貴族入りが決まってるとか? 元貴族とかか」
それまで黙っていた一人が呆れた様子で注意した。
「おい、余計な詮索やめろ。ビドジール団長の連れだぞ」
「……そりゃそーだ、すんません」
いえ、と口ごもる。どちらがボラクでティレルなのかいまだわからないが止めてもらえて助かった。取り調べのことから話さないといけなくなるところだった。フォーティスが他人が逆らってこない立場を築いていることに感謝しなければ。
Time to work.
(お仕事の時間です。)