1. “I am the Musetta.”
こちらまでいらしてくださりありがとうございます。
完結までの間に予告なく暴力、流血、残酷、性愛描写が出てきます。
「すぐ終わりますからね」
痛みにうなっている男性に声をかけた。ミュゼッタの手から治癒の力がとろりと滲み出て、患部をふんわりと包み込む。助手のダニカはミュゼッタの上から手を添えて、治療の介助をする。
この治癒魔法を使うたびに胸の奥で複雑な感情がうずく。人の命より優先されるものではないけれど。
バンッ、と乱暴に治療院の扉が破られた。
「手を上げろ」
ザザッと外から持ち込んだほこりを立てながら騎士数人が駆け込んでくる。まったく、医療施設は清潔が第一だというのに。
「治療が終わるまでお待ちください」
「通称ミュゼッタおよびダニカ、詐欺容疑で事情聴取に協力願おう」
いち早く反応したのはベッドの上の男性だった。
「詐欺?!オレはなにもっ……?」
この場では治療を受けていた彼が一番怯えている。名前はタズ、五十代男性。仕事中に背中から腰への怪我を負いこの治療院にやってきた。こんなときに治療を受けているとは、運が悪い。あらぬ容疑をかけられたミュゼッタはそれを上回る運の悪さだ。
「もちろんあなたは関係ありませんよ、タズさん。ただの患者さんですから」
彼に微笑みかけて、治療を終えた。指示された通り両手を上げる。
「ミュゼッタはわたしです」
冷や汗をかいているダニカはミュゼッタの影に隠れる。
「クッ……あたし行くからね! こうなればあんたとは終わり。そういう契約だったろ」
「ええ、どうぞお達者で。お世話になりました」
二階の窓からひらりととんずらしたダニカの給料日は明日だったけれども、こうなっては支払ってあげられなくても致し方なかろう。
「あっおい待て!」
出口を塞いでいた騎士の二人が正規の出入り口から階下に降りていく。緊急時にもなんとお行儀のよろしいこと。高いところから飛び降りるのはもちろん危険だけれども。無事逃げられるよう、ダニカの幸運を祈った。
まだこの場に三人の武装騎士が残っている。町の治安と平和を守る、王立騎士団だ。都から離れれば各地で設立した騎士団があるけれども、ここはジリルメリー国ウクラト市、王宮を包括する大都市。彼らは国の頂点に立つ防衛力だ。
団長格の男は手を上げるミュゼッタの全身に目を滑らせる。三歩で目の前にたどり着いた。ミュゼッタなら五歩はかかる。鋭いと思った目つきの中心は、案外さわやかな緑色だった。
「……おとなしいな。そのまま従順に着いてくるというのなら、縄にはつけないでおくよ」
「そうしていただけると助かります。縛られるのは痛そうです」
身長差からして、ミュゼッタが彼と目線を合わせるなら階段の段差ひとつ……二段分ないだろうか。この体格差、筋肉のまとわりつく腕で縄をぐるぐる巻かれれば骨折させるくらい簡単そうだ。
「ではこちらへ」
「はい。……あ、」
診察台を振り返ったミュゼッタは軽く手を振る。
「タズさん、治療は終わってます。お大事に。重い物を持つときは無理してはいけませんよ」
「お、ああ……もう痛くねぇや」
中途半端な治療にならなくてよかった。これ以降の診察待ちの患者さんには心苦しいけれど、今日中の治療は諦めてもらうしかない。待合室にて帰宅を促す騎士の横を通り過ぎて、ミュゼッタはぺこりと患者たちに頭を下げた。
取調室ーーというのだろうか。なんとなく男臭さのある騎士団本部、らしきところに連れてこられた。
面白みもない壁と床、天井。最低限の照明。長時間座るには向かない椅子。調書を書くためだけにある机。決して繊細なティーカップや手の込んだお菓子を置くためではない。
待ち構えていた取調官も舐められないようにだろうか、体にむきっとした厚みがある。
「名前はミュゼッタ、平民ですね。名字はなし」
どちらも肯定してうなずく。反抗せずにいるためか、わりとていねいに接してくれているようだ。いまのところは。
「赤毛に紫の瞳。……紫?」
机の上にあった明かりを向けられる。しっかり目を開いて取調官を見た。
「ああ、まぁ。ピンクに見えましたけど赤紫ですね。身分証明書はお持ちですか」
「すみません。治療院に置いてきてしまいました」
お財布まるごと、私物はあちらにある。なにしろ仕事中に踏み込まれた。カバンを持ってこいとは言われなかったし。あの場所は騎士預かりとなったので空き巣や盗難の心配はないだろうけれど。
「あとで照合する。いまは現状把握を」
口を挟んできたのはここまでミュゼッタを連行したはっきりした金髪の騎士だ。取調官よりも上の立場らしいが、基本は部下にやりとりを任せている。
「禁じられている幻覚魔法を使用しているとのことですが、事実ですか?」
「はい。雇っていたダニカに頼んでいました。わたしが使っていたのは治癒魔法だけです」
捕まった以上は隠すのも無駄なので淡々と事実を並べた。
「理由は」
「治癒魔法を見られたくなかったのです」
「見られたくない……?」
不可解さに取調官は疑わしく一瞥する。書き足す文が増えていく。
「治療院を開業するにあたって届け出もなく正規の免許を持っていないとか」
「免許は申請してません。教会を頼れない方々の治療をしていたら人が途切れないようになって、いつしか治療院と呼ばれていただけです」
教会で相応の治療費を払えば、大きな怪我は治してもらえる。ただ、平民からすれば値段は適切とは言えない。通常治療院とは、魔法を使うほどでもない負傷に飲み薬や塗り薬を処方したり、マッサージやリハビリ支援をする施設だ。治癒魔法を使える治癒士は教会に登録してその数を管理されている。
詳しく成り立ちから説明させられて、ミュゼッタは従順に答えていった。
そのうちに結論が出る。
「幻覚魔法の使用は認めたが、使用者はダニカという女。現在逃走中。しかも魔法の使用方法は悪用とは言い切れず被害者もいない。ゆえに罪には問わない、という判断に至った」
無罪宣言だ。知らずに体の力が抜けた。
「本日限りを持って治療院での幻覚魔法の使用を禁ずる。治癒魔法の能力を有していることを汲み、一週間の騎士団指定の奉仕活動に従事することでこの件の処分とする」
無給労働。七日間も。一人になってしまっては、もはや治療院も開けない。
ふぅ、とため息が漏れた。
「治癒魔法が使えるのは事実ですか?」
「連行直前まで魔法を使っていた。私たちの目の前
で治療は行われていたし、患者も完治していたから実力はある」
「しかし、幻覚魔法を同時使用していたのでしょう。治療のみを見せてもらわねば検証したとは言えません……」
どきり、と跳ね上がった心臓をゆっくりした呼吸で落ち着かせる。
「わたしの治療を受けるお覚悟があるのでしたら」
「どういう意味かな?」
「治癒能力には問題ありませんが、いささか見た目に支障があるのです」
通常、治癒魔法というものは明るい光を放つ。それに似せるために、ミュゼッタはダニカの得意な幻覚魔法を必要とした。
「実演したほうが理解が早いと思いますが、軽度の怪我人は近くにいらっしゃいますか? お手数ですが呼んでいただければ……」
「それには及ばないよ」
そう言った彼は腕まくりをしたかと思えば彼の腕に線状に血が浮かぶ。彼が短剣を取り出す動作がまったく見えなかった。懐でカチン、と刃を納めるまで。
血の滴る傷にミュゼッタは両手を被せる。直後にドロォ……、としたよくわからない色の毒々しい泥が手のひらから飛び出す。
べちょぉ……と粘着質の物体が包む日に焼けた肌すら白く見せる禍々しさ。これでもれっきとした治癒魔法である。久しぶりに自分でも実体を見たが、ぞわぞわとして不快だ。
「うわあぁっ! どくっ、毒では?!」
取調官が椅子を倒して距離をとった。
「騒ぐな、ケニー」
自傷した金髪のほうがよっぽど落ち着いている。塞がった傷口を観察して、指先でなぞる。
「実証はできた。一般的な治癒魔法と変わらないね」
ミュゼッタは両手を自身の胸に置いて握りしめた。
「……ダニカには、これが普通の治癒魔法に見えるように、幻覚を使ってもらっていました。治癒効果を誤魔化していたわけではありません」
「なぜこんな見た目をしているのかな?」
「わかりません。最初からこうでした」
「一日にどれくらいの重度の怪我を何件治せる?」
「運び込まれたら運び込まれただけ治療をしておりましたのではっきりとは……重症となりますと、骨折と切断合わせて一日に五件くらいなら処置した経験はあります」
「なるほど。しかしこの見た目なんてね。王宮の研究所に放り込むかな……?」
研究所に渡されれば、ミュゼッタは動物実験扱いだ。そして調べてもらったとして、体質だか知らないがこの魔法の発動状態が改善するとは思えない。
ぞっとして自分の腕をさする。
「いやかい?」
「あまりいい気はしない王宮への招待のされ方かと存じます」
そうかな? と首を傾げられる。金髪は部下を座り直させ、調書へ書き込みを命じた。
「治癒魔法が使えることは証明されたよ。ミュゼッタには一週間騎士団に追従してもらう」
これは確認でもなく、命令だろう。
「承ります」
許されたのは頭を下げる、一択だ。
「私はフォーティス・ビドジール。一週間よろしく頼む」
家名持ち、ということは彼は貴族だ。
「騎士団に追従……ということは、補助要員でしょうか。治癒魔法を使うことになるのですか? わたし、免許を持っていないのですけれど」
「今日これから申請しておくよ。明日までには仮免許証が配布される。それまで騎士団の客室で過ごしてもらうね」
「牢屋……ではないんですね」
騎士の団長は口角を上げた。
「ご希望なら格子付きをご用意するよ」
ぎょっとしたミュゼッタはぷるぷると拒否する。
「客室がありがたいです。……自宅には帰してもらえませんか」
「家に帰れるのは奉仕作業が終わった後になるね。ここへの滞在を知らせるべき人は?」
正直に言えばひとつ気がかりはあったが、ミュゼッタ不在でもなんとかなるだろう。そもそも、人の言葉で知らせたとしてどうしようもない。
「おりません」
業務上の質問なのだろうけれど、それは私的な部分に踏み込むもの。失意のため息を我慢して、ミュゼッタは手を膝に揃えた。
「……わかった。疲れてるだろうけど、もう少し聞かせて。なぜ、詐欺まがいのことをしていたのかな?」
「わたしの治癒魔法ではみんな怖がります。満額の治療費が払えないような人たちを対象に細々とやっていました」
ミュゼッタの治療を求めてやってくる人たちは貧乏人がほとんどだ。怪我をして仕事ができなくなり、かといって相応の医療費も工面できず困窮する、そんな悪循環に陥る人が絶えなかった。格安の費用で治療を行うなど既存の医療体系を崩壊させる方法ではあったが、ミュゼッタが免許を持たないとしても、患者たちは恩義に報いて同胞以外には口を閉ざしていた。助け合いの精神でミュゼッタへは見返りらしい見返りもない。
今回患者の中に騎士へと話を持っていく人が出てくるところまで手を広げすぎたということだ。
「患者さんに幻覚魔法を見破る人がいたとしても……、営業の許可はとってませんでしたし、みなさんの良心に頼って運営していました」
「うん……今回摘発したきっかけも、患者のひとりが『怪我をして受けた治療が幻覚魔法に見えたのに、治癒は完全だった』、という戸惑いの相談からだったよ」
「幻覚をかけていたのは患部にではなく、彼女の治癒魔法に、だったということは明記しておきます」
取調官がカリカリとペンを動かす。
“I am the Musetta.”
(「ミュゼッタはわたしです」)
まずは第一話に目を通していただきありがとうございます。
お話は手元で完結しておりますので毎日一話を予約投稿する予定です。
一話ごとの文章量に偏りがありますが、長くても4,000字ちょっとに抑えております。
新連載なので4話まで一気に投稿しました。
よろしくお付き合いお願いいたします。
Mar 11st, 2025
誤字報告ありがとうございます!




