07 使えない魔法
僕はイメージする。手の先から灼けるよう熱さの炎が出現し、サーペントタイガーを焼き尽くす姿を。そして具現化させる。
「炎弾」
……。
何も起こらなかった。魔力の片鱗も、火が燃え盛ることも一切何も起こらなかった。僕は途端、急激な羞恥心と焦りを憶える。
(うそ。なんで! 火が手から出るイメージしたし、しっかり考えたのに!)
訳が分からないよ。
自分の、不発すらしなかった己の両手を見下ろしながら僕はワナワナと震えた。
──いや、違う。魔法が使えないのなんて当たり前じゃないか。そもそも僕の世界でそんなものを使えたことなんてないんだから。だったら……
(あれだっ!)
ふと視界の中に入った、地面に突き刺さった剣を見て思う。横目でサーペントタイガーを見るとまだ動きを止めているようだった。僕はこのタイミングしか無いと思い、剣を抜く。思った以上に重く両手で持たなければ振ることさえ適わないが、持ち運べさえすれば充分だ。
「『炎矢』」
辺りが静まる中、一人魔法を放った。弓で撃ったのとそう変わらない速さで伸び、当たる直前炎矢が弾け飛んだ。おそらくさっき突っ込んで行った男はこの目に見えぬ何かに殺られたのだろう。
「な、なあ。サーペントタイガーって頭から蛇が伸びてんだよなぁ? 蛇、どこに行った……?」
一人が奇妙なことを口走った。意味が分からず、僕は目を凝らしてよく見てみた。
(!! ほんとだ! 蛇が居なくなってる)
額の根元には蛇の胴体らしきものが微かに見えるが、その先五メートル以上あるはずなのに胴体も頭もどこにも見当たらない。
ふと、サーペントタイガーの周囲に違和感を感じた。なにか、ぼやけているように見える。一度目を擦ってからよく見据えると、その正体に気がついた。
(……蛇だ。蛇が虎の周りを高速で動いてるんだ)
見えてしまえば聞こえてくるモノが出てくる。そう、空気を震わす振動の音だ。地面を叩く鞭のような音ではなく、バドミントンでスマッシュを撃ったときのようなそれでいて音が低く、鈍くなっている。
(あの蛇をどうにかしないと……そういえば、ブルーウルフはどこに行ったんだ? 戻ってきてから姿を……?!)
――いた。いや、僕たちがここに来たときからずっと居たのかもしれない。気が付かなかっただけで。むしろ、こんなにも近くに居てなぜ見えなかったのかが不思議だ。
ブルーウルフの群れは岩陰から僕たちを覗いている。奇襲をかけるように隠れているというよりかは、見守っている。見ているだけのように感じる。
しかしなぜだ。あの数で襲えば僕たちは確実に殺せる。それで言えばサーペントタイガーもそうだ。あの状態で動き回れば死体の山が出来上がるというのに。
(……相性が悪いのか?)
とは言っても、誤ってヤツの間合いに入ってでもしまえば確実に死ぬ。しかし魔法が効かないとなれば物理で攻撃するしかない。
(動いてる敵を止める方法…………過冷却。過冷却ができれば一瞬で凍らすことができる! でもどうやって……)
方法を思いついても、僕にはそれを使う技量がない。口頭で伝えても良いが、理解出来たとしてそれを発揮できるかも分からない。やってみないことにはこれも分からないが。
僕の隣に誰かが来た。顔ごと向け誰かを見ると、リーダーだった。
(ためして、みるか)
過冷却のイメージを伝えるのは多分僕には無理だ。だったら、それっぽい感じでやればいけるはず。
端的に説明すると、僕はブルーウルフを呼び寄せるために動き始める。
(もし、ブルーウルフがサーペントタイガーの仲間だったら……ピンチになれば助けに向かってくるはず)
この作戦にはブルーウルフが必須だ。
サーペントタイガーの死角に入るため冒険者達に時間を稼いでもらう。が、そんなことをしたら死に晒すようなものだ。なので気を引いていてもらうことにした。僕は馬車を壁にし移動する。冒険者達が魔法を放つも行く手を阻む蛇によって尽く打ち消されていく。それを横目に見ながら真横まで移動した。目を凝らして、ここには蛇の頭が乱れ撃ってないことを確認すると一気に駆ける。
「くっらえ‼」
振り下ろした剣がヤツの首を捕らえ――止まった。固まっているかのように僕の腕ごと動かなくなってしまった。焦り、どうにか抜け出そうとするもビクともしない。まずいと思ったその時、頭上から水が降ってきた。それも、熱々の熱湯だ。
――その周囲全体が凍る。
「――あなたのおかげで助かりました!」
(意識が朦朧としてる……なんで僕まで……)
「う、うん……」
辺りを見ると凍ったサーペントタイガーにブルーウルフの姿があった。どうなったかはわからないが、おそらく僕の作戦がうまく行ったのだろう。
(死にかけたけど……)
本来ならブルーウルフの冷気で気温をマイナスまで下げて、そこに常温だと一瞬で凍ってしまうから熱湯を投下し、ブルーウルフごと凍らしてしまうはずだった。なのになぜか僕まで巻き添えを食らったわけだけど。
(って、足がまだ凍ってるし……)
見下ろしてぼやく。と、頭がくらっとしその場に倒れてしまった。
それからのことはよく覚えていないが、目が覚めると宿のベットに居た。誰かが運んでくれたのだろう。机を見ると手紙が置いてあるのに気がついた。
「……報奨金?」
なんでも、ブルーウルフとサーペントタイガー討伐の報奨金、つまりポイントが貰えるとのこと。手紙の中には地図が一緒に入っていた。まだ外は明るい、僕はポイントを貰いに、その『ギルド』という場所に行ってみることにした。
ギルドに入るとやたら騒がしい。なぜか僕を見ながら話している人もちらほら。
(僕なんかした? 怖いんだけど)
受付に行くとあのときのギルド職員が居た。僕が発するまでもなく話が始まる。
「これが討伐報酬の七四ポイントです」
布の袋がドサッと置かれ驚く。
(……これだけあれば、日本に帰れるか? 今あるポイントと合わせてぴったり百……行ってみるか)
僕は一種の望みを託し、王宮に行くことに。
外に出ると、いつの間にか暗くなっていた。流石に夜に出歩くのは危ない。ここ二週間でそれはよく思い知っているので潔く宿に向け足早に帰った。
「こっちにきてから二週間くらい、やっと帰れるのか……」
僕はベットに寝転がりながら言葉を吐く。
窓を閉めると僕は深い眠りについた。
はい、はっぴーえんど。
ではまた明日──