40 帰りたい
「久しいな夢子」
「見ないうちに随分と若くなったのだね幽鬼」
「そう言われると照れくさいな……夢子にも迷惑かけてしまったな」
「別に良いのだよ。僕は幽鬼とまた話せることが嬉しいのだから」
僕が夢子さんに幽鬼さんのことを訊いた時はまるで他人のような言い方だったが、この会話を聞くにかなり親しい仲のようだ。どういう関係なのかはまるで想像がつかないが楽しそうで何よりだ。
「それで召喚者は」
「……生きているのはこれだけなのだ」
「そうか……」
「落ち込まなくても良いのだ。幽鬼のせいではないのだよ。全部初代の王様が悪いのだ」
幽鬼さんは苦笑いを零し「ありがとう」と一言。
「みんな揃ったことだ案内しようそれと、この世界に別れは要らないか?」
「俺は要らねぇぜ」「わたしゃも要らないね」「俺も必要ねぇかな」「私も要りません」
「僕は……」
要らない。ことはない、ただみんなが僕のことを憶えていないはずだ。言ったところで何も分からないだろう。なら、僕も……
「――高橋!!」
離れた場所から僕を呼ぶ声が聞こえた。扉の奥から聞こえる。
「一綺!」「一綺さん!」
同じく二つ、違う声も聞こえた。僕は咄嗟に振り返る。
「せ、せせ……セレスさん!! それに、シルフィーデさんにムサビさんも! なんでここに」
「やっぱりお前、私のことを知っていたんだな。それに、私も思い出した」
「思い出したって……え?!」
セレスさんの髪にはシルフィーデさんの髪留めが着いており、シルフィーデさんの髪には別の髪留めが着いている。
「全部思い出した訳じゃないよ~。でも、一綺と会ったこと、話したこと、一緒にクエストしたことはちゃんと憶えてるよ」
シルフィーデさんがウィンクをしながら言う。
「高橋のおかげでいろいろと助かった……あ、ありがとう」
僕が今までかかわってきた。守ろうとしてきた人はこんなにも優しくて、楽しい思い出を共有できた仲間だったなんて。うれしさのあまり涙が溢れてくる。
「一綺、来てやったぞ」
またもう二つ、人影が現れる。身長差が激しく、一見親子にも見えるが全くそういう関係ではない。むしろ僕はこの二人の関係性を知らない。
「テラー坊が世話になったからの。妾も、見送りに来てやったぞ」
「先生! それにジョイドさんも!」
セシーリアを追い出されたあと、しばらくジョイドさんの家で世話になってたのが懐かしい。それに、ジョイドさんの紹介で『アゼルの魔導具店』こと、本名がアゼルじゃない先生。今思えば、ジョイドさんが紹介してくれなければ僕は魔物に食い殺されていたかも知れない。それくらい、先生の魔導具は僕の大事な命綱だ。何度か死にかけたこともあったけど。
「妾の魔導具は役にたったかの?」
「先生の魔導具のおかげで僕は生きてます! 僕にとって大事な宝物です」
「そう言って貰えると造った甲斐があったの」
ジョイドさんが一歩前へ出る。
「最初に会ったのは一綺さんが盗賊に襲われていた時でしたね。次は詰め所に来たときですか、時が過ぎるのは早いモノですね」
時が過ぎたというより、時が戻ったの方が正しいような気もするけど、実際五年過ぎているのだからそれでも間違いはない。のか?
「……突然家から居なくなってごめんなさい」
「気にしていませんよ。それに、生きていて良かったです」
そう言ってにっこりと笑みを作る。
「先生。やっぱり、名前は教えてくれないんですか?」
この世界とお別れだし、本名くらい知りたい。そう思ったのだが、
「ふっ、教えんわい」
「(……一綺くん。そろそろ時間なのだ)」
隣に来ていた夢子さんから小声でそう言われハッとする。もう準備が整ってしまったようだ。
「もう行くのか?」
「はい。少しの間でしたが、魔導具製作とてもおもしろかったです。ありがとうございました」
身体を少し右に回し、ジョイドさんの方を向く。
「ジョイドさんの料理、とても美味しかったです。ありがとうございました」
今度は左を向き、三人を見る。
「ムサビさん、シルフィーデさん。お世話になりました。セレスさん、助けてくれて、話してくれて……ありがとう、ございました……」
お別れは辛い。でも、僕には帰るべき場所が在る。回れ右をすると夢子さんの隣を歩き、この国の真ん中にある王宮に案内された。兵士達は何も言わず仕事だけをしている。
召喚されたときにいた部屋と全く同じ、床には魔法付与のされた絨毯。それに周りには等間隔でろうそくが立っている。あの頃は知識がなかったが今の僕には先生に教わった魔道具を鑑定する能力がある。絨毯がどういう魔法付与されているのか見たみたが、どうやらコレは転送に特化した代物らしい。
王宮へ来ると他の召喚者達は先に来ていた。僕が最後みたいだ。
「――一綺!」
僕を見て陽彩が駆けてくる。
「一綺には、たくさんの思い出があったんだね。友達も、たくさんいた。私が、傍に居てあげられなくてごめんね」
「ありがとう、陽彩」
僕に抱きつきそう言う陽彩。僕も陽彩の身体に手を回す。
「おふたりさーん。良いところかも知れないが、そろそろ良いか?」
「あ、はい……」
恥ずかしさのあまり語尾が消え入りそうになる。魔法陣の上へ移動するとゆうきさんが声を掛けてきた。
「今からやり残したことがあると言っても止めることは出来ない。それと、一綺くん。腕を出してくれないか」
言われたとおり、傷がある腕を出した。
「『修復』」
緑色の魔法陣が腕の上に現れ、みるみるうちに腕の傷が無くなっていく。思わず僕は歓喜の声を上げた。
「お、おお! すごい、消えた!」
「治すのが遅くなってすまなかったな。これで、お前がもう、この世界に関わることはない」
「それってどういう……」
聞く間もなくゆうきさんは離れて行ってしまった。床に描かれた魔法陣の中へみんなが入ると、僕も疑問を残したまま魔法陣へ入り魔法が起動する。
「『帰還』」
――僕らは眩い光りに包まれ、この世界から姿を消した。
気がつくと、僕は道路脇の歩道に突っ立っていた。なんだか、とても長い間ボーッとしていたような気がする。軽く欠伸を零すと、彼女との待ち合わせの場所へ向かった。
「ごめん待った-?」
待ち合わせ場所に着くともう彼女はいた。彼氏である僕が遅れてどうする。と言いたいが、まだ集合には三十分もある。お互い早く来すぎただけだ。
「一綺! 早く来ちゃったね。行こっか」
僕らは楽しい思い出を作るため、歩き出した。
ここまでご愛読いただきありがとうございました。完結です!!
良かったら感想なんかくれると嬉しいです。ではまたいつか出会える時を。




