36 違和感の正体
……待てよ。僕は何か大事なことを忘れているような気がする。
なにか、遠い昔似たような……何かが。でも、お茶を入れようとしている所なんて何度も見ているのじゃないか?
思い出せそうで思い出せない。これじゃ無いなら別の?
僕は、この光景を見たことがある?
そんなはずはない。この世界に来てからそれなりに過ごしては来たけど、これに限っては初めて見たはずだ。
――ならいつ?
「こんな時に聞くようなものじゃないかもしれないのだけど……一綺くんの、その腕は一体何があったのだ?」
自問自答に耽っていたからか突然言われ反射的に驚いてしまう。何度もいろんな人に訊かれて、その度になんとなく誤魔化していたが夢子さんには話しても良いかなと
とは言っても、この謎の傷は実際のところ僕も本当の理由を知らない。
「原因は分からないんですけど、ある日突然浮かび上がったんです。まだ、僕が小学校に上がる前の話ですけど」
医者には見せたが原因不明で、今の医学では直せないと言われた。最初は親の虐待も疑われたがソレはすぐに言われなくなった。しばらくはコレのせいでいじめられたり、不登校になりかけたこともあったな。
なぜか、夢子さんが僕の傷をまじまじと見てくる。もしかしたら何かわかるのだろうか。
「火傷、ではないのだ。ひっかき傷でもないのだ。魔法痕? それも光系統の……似ているだけ?」
一人でゴニョニョ言っているが僕はそれを見守る。コレの謎が解けるのならぜひ解いてほしい。と、夢子さんが勢いよく顔を上げた。
「……一綺くんは、過去にこの世界に来たことがあるのだ? いや、死に直面するほどの強力な魔法を喰らったことがあるのだ?」
「過去に? そんなのあるわけないじゃないでか」
そう言って僕は笑い飛ばす。こんな世界には二度と来たくもないし、もしこれが二度目だとしても僕が覚えていないわけないじゃないか。魔法だってそうだ。そんなのを喰らっていたら僕が覚えていないはずがない。記憶喪失なら仕方ないかも知れないけど。
「一綺くんの腕の傷。これははおそらく光系統の魔法を受けた時にできる痕なのだよ」
「って言われても、こっちに来てから光系統は……僕の雷雹くらいですよ?」
「(過去過ぎて忘れているのだ? でもこれは確実に魔法による傷……ならどうにか思い出させないと、真実が遠のくのだよ……だったら一か八か)」
夢子さんが考えているそばで、僕は僕の腕を見下ろしながら頭を捻る。果たして僕はこんな傷を負うような魔法を雷雹以外で喰らったことがあるのか。受けたことがあるとしてどうして覚えていないのか。
「一綺くんは、ゆうきという名に覚えはあるのだ?」
ゆうき?
とっさに思いつくのは特に何も……
――お前だけは、絶対に殺させない。
(なんだ?)
――かならず、生かして返す。
――すまない。記憶は消しておく、日常へと帰るんだ。
(僕の、記憶? でも靄がかかってる……)
僕を見下げる大きな背中、振り向いているようだが目元に靄がかかり誰だか判別ができない。優しくて、でも苦しそうな声だ。僕の頭をワシャワシャなでるとその人はどこかへ行き、どこからともなく聞こえた扉が閉まる音と共に視界は真っ暗になった。
「……誰だ?」
――分からない。
「僕は、あの人を知っている……?」
――この記憶はなんだ。
「この世界の、記憶?」
――そんなわけがない。
僕はずっと望んでいたはずだ。こんな世界に来たくは無いと。いつ? 僕が、いつから……望んでいた?
記憶の片鱗が一枚ずつ噛み合わさっていく。無くしていたパズルのピースを見つけたかのように。僕の記憶はすべてのピースを余すことなく完成を描く。
「――そうか! 思い出した。僕は、この世界に連れて来られたことがあるんだ」
「?!」
僕がまだ小学生になる前、ちょっと一人になってしまったばかりに突然誘拐されてこの世界に連れて来られた。何も分からず泣いていた僕に、あの人が声を掛けてくれたんだ。
「――ゆうきは初代勇者であり、この世界に召喚された一人目の召喚者なのだ……ここに因果関係があるのだね」
タイミングが良いのか悪いのかポットから沸騰した合図が聞こえてくる。夢子さんは一度席を立ちコンロの火を止めるとティーカップにお茶を注ぐ。机の上に置くとおもむろに僕はお茶を口に含む。
「行かないと……!!」
「って待つのだよ! 今出たら一綺くんはっ」
なりふり構っている必要はない。一ヶ月前にタイムリープしようが、そもそも僕は五年前から来ている。変わるモノは何もない。失うモノも何もない。
「初代勇者は500年以上も前に居た人なのだ! そんな前の人がまだ居るわけ無いのだ!!」
「……いや、居るよ。あの人なら」
なぜかは分からない。でも、僕は確信している。初代勇者はこの世界にいる。死んでいたとしてもどこかしらに何らかの形で生きているに違いない。
「それに、初代勇者は帰還しているのだ。確実なモノじゃ無いのだけど……」
「だったらそれで充分だ。日本に帰ってたとしても……ごめん夢子さん。それと、今までお世話になりました。僕は、この地獄を終わらせてくるよ。あの人に会えさえすれば……!!」
それだけ言うと僕は家の外に出る。そのまま歩き、結界の外へと向かう。
「――一綺くんっ……僕はここに居るのだ。たとえ過去に戻ったとしても僕はその時代にいないのだ。意味は分かるのだよね?」
「うん。大丈夫。一ヶ月後、また会おう。夢子さん」
振り返ること無く言うと僕は結界の外へと出た。
せっかく造ってくれたこの剣の使いどころは無いかも知れないけど、ないならないで良いに越したことは無い。
途端立っていられないほどの強風に襲われるが耐えることもせず、僕は時間の波に攫われた。
ではまた明日──




