31 そして違和感
昨日書き上げたばっかりの出来たてほやほや
森に行けばどうせ出るだろう。今までがそうだったのだから変わらないはずだ。僕は準備を整え森へ向かった。今日は十日、つまり護衛クエストでしばらくはサスピシャスに戻ってこないはずだ。それに、森に入る用事も戻ってからはないと記憶している。時間はあるが、あまりかけ過ぎるとほかの冒険者に見つかってしまい兼ねない。
長くても二日が限界だろう。
「まずは先にサーペントタイガーをどうにか……いや、ブルーウルフを先に殺った方が良いのか? でもサーペントタイガーの倒し方がな……」
ブルーウルフ単体ならばそれほど苦も無く倒せるはず、でもサーペントタイガーはあの縦横無尽に暴れ回る鞭のような蛇がいる。あれで一応一人殺されている訳だし、僕の魔法が効果を示さなければ殺すにすら至れない。
そんなことを思いつつ歩いているといつの間にか森の目の前にたどり着いた。一度深呼吸をすると足を踏み入れる。ほどなく歩くと周囲に気配を感じた。
(ブルーウルフのおかげか、察知する力だけはめちゃくちゃ付いたんだよなぁ)
そろっと気配を感じる方向を見ると魔物が飛び出してきた。僕は咄嗟に短剣を抜刀し薙ぐ。
キィィィィ。
見ると惑わしラビットのようだった。急所である角を破壊しその場に倒れている。息を吐くと納刀した。惑わしラビットは本来厄介な魔物らしい。しかし、習性としてかならず最初の攻撃は幻影ではなく本体が突撃してくる。分かっていれば対処は簡単だ。
僕は先を進む。しばらく歩くと景色が濃くなってきた。日陰が多く、少し薄気味悪い。
(いる気がする……でも見つけれない)
先程から辺りをチラチラ見ているがどこにも何も居ない。僕は何かを感じ取りその場から飛び退いた。
グルルガァァァ!!
「ようやくお出ましってわけか。サーペントタイガー!!」
心なしか僕は高揚している。こんなにも胸が高鳴っているのはなぜだろう。その答えを僕は知らない。知らない何かと共に僕は元凶を倒す。
荒っぽく息を吐くと抜刀し逆手に構える。
奴に近接戦はフリだ。かと言って近づかない選択肢は無い。夢子さんに貰った魔導具を起動させた。
「『楔』」
身体能力を一時的に強化すると僕は駆ける。一直線にサーペントタイガーへと向かうと思いきり地面を踏み込み、空中へ飛び上がった。そのまま逆手に構えている短剣へ言霊を紡ぐ。
「『焱』」
剣先から炎が渦を巻きながら出現すると、蛇の頭をバッサリと一刀両断にした。
「よっし!」
休む暇は与えない。地面へ着地すると僕は続けてぐぐっと足に力を込めて駆け出す。しかしサーペントタイガーも切られた蛇の頭を鞭のようにうねらせながら地面を叩く。
木々の間をすり抜けながら遠回りをし背後へ回り込むと、もう一つの言霊も紡ぐ。
「『雷雹』」
──暗転。気がつくと僕は地面に横たわっていた。一瞬のことで何が起こったのか全く分からない。僕は今確実にサーペントタイガーの首を捕らえたはずだ。それなのに、いや僕の身体に何かが当たった。ソレで吹き飛ばされたんだ。
「くっ……」
なんとか起き上がるが身体に痛みは感じなかった。霞む視界の中で空気を切り裂くほどのスピードで舞っている尻尾があった。僕は知らずのうちにそれに当たっていたのだ。
痛みは無いとはいえダメージとして身体に蓄積されてしまった。夢子さんに貰ったこのローブには衝撃緩和の魔法が組み込まれている。魔導具は本来なら特定の言葉を言わなければ発動しないのだが色々試行錯誤して常時発動しているのだとか。
体勢を立て直すと周囲に別の気配を感じた。
(あ~あ。ブルーウルフも来ちゃった……)
僕は確認なんてせずともその正体に気がついた。どこに居るかもなんとなく分かる。目の前にはサーペントタイガーが一頭、右奥にブルーウルフが二頭。おそらくサーペントタイガーがピンチになっているのを見つけて加勢しに来たのだろう。
そう。ブルーウルフとサーペントタイガーは一対で行動している可能性が高い。だから早めにケリをつけようとして焦ってしまっていた。
とりあえず牽制するためブルーウルフに向かって魔法を放った。
『焱』は勢いよくブルーウルフに接触し、消滅した。そこで僕は今頃に思い出した。
「そうだ。ブルーウルフに魔法は効かないんだ! だから間接じゃ無いと……待てよ。だったらどうやって倒せば良いんだ?」
今までブルーウルフを倒せたのはセレスさんの魔法あってこそのモノだ。手持ちの魔導具に間接的に攻撃できる『水泡』のような魔法は無い。
「……詰んでない?」
と、ここで楔による強化の魔法が切れた。
「詰んだこれ」
顔を引き攣らせながら僕は短剣を鞘に収める。もう一つの鞘に僕は手を掛けた。こんな事をしている間にも、サーペントタイガーはジリジリと僕に近づいてくる。
目を瞑り、息を吐くと手早く抜刀する。
「『雷雹』!!」
──ほんの一瞬の出来事だった。魔導具は特定の言葉を口に出しただけで魔法が発動する、危険な代物だ。どうなったのかなんて全く覚えていない。僕の考えが甘すぎたせいだ。最後に見たのは気がついたら森が無くなっていた光景だけだった。
――悪夢でも見ているのか僕はうなされながら目を覚ました。なんとなく手を持ち上げると腕を目の上に乗せる。
すると、どこからともなくドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。誰だろうと思いながら腕越しにドアの方に目を向けるとその人は乱雑にドアを開けて僕に飛び込んでくる。
「って、セシリア?! なんでここに」
「なんでも何も、ここはセシーリアよ。森で凄い爆発があったからって、冒険者達が見に行ったら一綺が倒れてたの」
「そっか……ということはここは僕の部屋」
(うん? 僕の部屋?)
僕はハッとしながらなんとか身体を起こそうとする。
「ダメだよ無理に身体動かしたら。お医者さんも安静にしてなさいって言ってたわよ」
なんとか上半身を起こすことは出来たが、歩けそうには無い。あの時と同じで身体が痺れている。
「今日って何日だ?」
「今日は十七日よ。一週間は眠っていたんだからね」
十七日、一週間眠っていても僕にはバレていない……そうか、護衛クエストでズイッヒャーハイトに行ってたんだ。じゃあ待てよ。僕がこっちに帰ってくるのは何日の何時だ?
僕は記憶を頼りに窓の外、セシーリアの一階を見る。なぜか人集りが出来ていた。僕はこの光景を見たことがある。
(思い出した! 僕が帰ってきたのは今日だ。この後あの面倒くさいクエストをするから……夜までにはここから出ないとっ)
そうは思っても身体がまだ言うことを訊いてくれない。十日も眠っていたのだから仕方ないと言えばそうなのかも知れない。だとしても動いて貰わないと困る。
「ちょ、ちょっと一綺何してるのよ」
僕は腕を持ち上げ、動かない下半身をガンガン叩く。セシリアが止めに来るが構っている暇はない。
「動け! 動け! 動けっ! ……そうだあれを」
ポーチの中からペンを取り出すと下半身に突き刺し、ノックして魔法を発動させた。
セシリアは驚いていたがこれがちゃんとした使い方だ。
「『回復』!!」
淡い光が漏れ、途端に下半身に痛みが奔った。
「痛っ……治ったか」
「ちょっ、なんて危ないことしてるのよ! 治らなかったらどうするつもりだったのよ!」
叱責され罪悪感が湧くが治らないとは一切思っていなかった。
ベットから出ると持ってきた荷物だけをまとめる。
「え……もう行くの?」
「……クエストをしないとね。夜には帰ってくるよ」
(この時代の僕がね)
セシーリアを出ると誰にも見つからぬように裏路地へ入り、僕は魔導具を起動させた。
32と33を現在進行形で書いてます笑
──終焉へと向かうこの物語は果たしてどういった結末を迎えるのか。真相はまだ、誰にも分からない──




