24 鮮明
――あれから二週間くらいが過ぎた今日、珍しく僕は外に出てしまった。というか、あのクエストをした以降一切家から出ていない。そのせいだろう、またもアレに出会ってしまった。
遡るは数時間前、一瞬の気の迷いで僕は外に出た。それから何を思ったのか南区の、セシーリアの近くまで歩いて来るとうろうろしていた。
「……ハッ! 僕はなぜここに」
気付いたときにはもう遅い。目の前にはセシーリアがあった。一ヶ月くらいここで過ごしたのだ、名残惜しいのかも知れない。いや、今期で言えばジョイドさん宅に泊まっていた期間のほうが圧倒的に長いが。
「今日って、何があった日だろ……」
手元に日付が分かるものもないし、とっくに体内時計は狂ってしまっている。僕はギルドに向かった。クエストを眺めながらサイコロのカレンダーを見ると、今日は五月の二十一日だった。二十一日だからといって何かあるわけでもないと思うけど、もしかしたら何かがあったかも知れない。僕は記憶を頼りに何があったかを思い出そうとする。
「う~ん……確か一回目からより、タイムリープする時間って速まってたよね。百ポイント集まるの早かったし……」
――僕の目の前を靡く“彩”が通り過ぎた。
顔を上げて周囲に目をやるも、そのようなモノはどこにもなかった。ただの見間違えだろう。その時はそう思っていた。
「おなか減ってきたな……」
もうすぐでお昼。お腹の虫も鳴り始める頃合いだ。食べに行くと言ってもポイントがない。無銭飲食はもっての外なので食事をする手段がない。僕はギルドを後にしたのだが、なぜか人混みによって僕はギルドに押し戻されてしまった。
「いてて……何この人、多っ」
するとギルド職員が奥から出て来た。なにが起こっているのか分からないがこれだけの人だ。何かがあったのだ。
「経った今入ってきた情報です。サーペントタイガーが二頭、ブルーウルフの群れ十二頭がこちらに向かってきているとのこと。冒険者ランクB以上の方は至急掃討に向かってください。C以下の方はそれ以外の雑魚の掃討に向かってください。繰り返します──」
(なんか、遠い昔に聞いたことあるような……?)
この文言、どこかで聞いたことあるような気がするのだがすぐには思い出せない。僕が頭を唸らせていると、冒険者達がぞろぞろと動き出した。それぞれ声を上げながら切羽詰まったように勧誘をし始める。
「――俺んとこに魔法使い一人来てくれ!」「――ウチにはヒーラー来て欲しい!」「――前衛職の人はいないかい!」
急遽パーティーを編成しているのだろう。討伐隊もこの中で作っているのかも知れない。
(……討伐隊? なんで僕は今そんなこと思ったんだ?)
何かを思い出せそうな気がする。だけどまだ決定的な何かは思い出せない。
何だろう、重要な何かを忘れている気がする。
忘れてはいけない、何かを。
――そして僕は、見つけてしまった。
「?!! セ、セレス……さん……」
肩ほどにバッサリと切り揃われ外ハネした髪、シルフィーデさんの形見である髪留めを付け、剣を腰に携えている。一度見たら忘れるはずのない銀髪。一見騎士のような見た目の――
「誰だ?」
しまった。僕の言葉が聞こえてしまっていたらしい。こちらを威嚇するように見ている。一度出てしまった言葉は取り消せない。なんとか言い訳をしようと僕は脳を巡らせるも焦りは禁物。セレスさんから見たら動揺しているように見えることだろう。
人混みも気にせず僕は走り出した。
「あ、おい!」
(――思い出した! 今日が、今日に何があったか!)
僕は必死に逃げながらあの時のことを鮮明に思い出す。
僕が初めてこの世界に来たときに、あの魔獣と出会い……セレスさんと会った。今思えば、アレがすべての元凶だったんだ。テイクさんと出会ったのも、死なせてしまったのも――ブルーウルフ。お前のせいだ……!!
二周目の時だって、ブルーウルフに会ってからセレスさん達と出会った。こんな時になっても僕は魔獣に罪を擦りつけることしかできない自分に腹が立ってくる。そうやって逃げてばかりいるせいで一向に強くなれないし、誰かを守ることもできやしない。
街道を走り抜け、セシーリアの横を通り、西区へとたどり着いた。そのまま、僕は迷うことなくジョイドさんの家に駆け込むと、寝室の扉を開けバタンと閉めた。ドアにもたれ掛かるとズルズルと床へ尻餅をつく。
「……はは。情けないなぁ……僕は」
頭では分かっているはずなのに、どうしてもそれを受け入れたくない。
あの時のセレスさんの冷たい目は僕の感情を抉るには十分すぎた。記憶がないというのはこんなにも辛いのかと改めて認識してしまう。
「僕の中には楽しい思い出がたくさんあるのに……セレスさんや、僕以外の人達はみんな、そんな記憶は存在してないんだろうなぁ……」
ここ最近、涙脆くなってしまったような気がする。感情が抑えられなくなるとすぐに涙腺が決壊してしまう。
一人はつらい。
僕は膝を抱えて一人寂しく泣いた。
ではまた明日──




