18 初の盗賊退治
宿屋に帰ると、部屋には行かずそのまま食堂へ行った。客は多くもなく少なくもなく、半分ぐらいは埋まっている。カウンターへ座ると頬杖をつく。
「はぁ……これでも足りないだろうなぁ」
僕は集めた情報を書き記したメモ帳を見た。ずらりと、見開き一ページに文字が埋まっている。一つずつ目で読みながら指でなぞっていくと、パタンとメモ帳を閉じた。
丁度運ばれてきた食事を取りながら、ふと食堂を見渡す。人はさほど増えておらず、むしろ減っている。何かは分からないが誰かに見られていたような気がしたのだ。気のせいだろうと僕は食事を続けた。
「──マスター、おすすめを頼む」
隣に座った人がそう言った。僕は半ばボーッとしながら食べていたので声を掛けられるまで全く気がつかなかった。
「お、奇遇だな。高橋もここで飯か?」
その、聞き覚えのある声に思わず頭を上げる。顔ごと目を向けると、そこにはセレスさんが嬉しそうな顔でこちらを見ていた。僕はぎこちない笑みで返すと、遠慮がちに目を伏せる。
(正直……今は会いたくなかったな)
セレスさんの……こんなに良い笑顔。でも取り繕ってるんだろうなぁ。弱い、暗い自分をシルフィーデさんに見せたくなくて……無理矢理にでも笑って、自分を抑えてる。
僕のせいじゃない。とは思う。元々僕は干渉しなかった。だから一人のセレスさんしか知らなかった。でも干渉してしまって、本来死ぬべきだった二人が生き返った。いや、生きている未来になってしまった。
──よく言うよ。最初の出来事がなければ僕は咄嗟に判断することも出来ず、セレスさん共々死んでいたかも知れないのに。今まで死ぬ場面なんていくらでもあった。そのどれもで僕は生き延びた。むしろ生きてしまった。そして同じ時間を繰り返して、違う未来を辿っている。同じ道を辿っても、同じ事象を引き起こせる自信がない。だから違うクエストを受け続けた。その結果がこれだ。
「どうしたんだ? 食わないのか?」
僕がフォークを握ったままでいたからか、それとも一向に食べる様子が無いからかそう訊いてきた。
「ああ、いや……食べますよ」
取り繕ったように僕は笑みを浮かべた。
不意に僕はあの日のことを思い出してしまう。
(そうか、あの時もこれを食べたんだ)
目の前の料理を見ると途端に嫌悪感が湧いてきてしまった。
食べるのが辛くなる。
料理に罪なんてない。
悪いのはそう見えて、思ってしまった自分自身だ。
一つため息を零すと残っている料理に手を付け始めた。
食べ終え、手を合わせるとそこでセレスさんと別れた。セレスさんは何か言いたそうにもしていたが、わざと聞こえないフリをした。
「気まずいなぁ……」
ベットに背中から倒れるとそう呟く。寝返りを打ち、枕を抱えるとそのまま蹲った。
──気がつくと陽光が差し込み、鳥の鳴く声が聞こえる朝になっていた。目を覚ますと両手を挙げて伸び、起き上がる。
(う~ん……食堂に行ってからの昨日の記憶が……?)
飯なんてほとんどボーッとしてるか、クエストのことしか考えてないんだ。最優先は日本に帰ること。僕は洗面台で顔を洗うと朝食を取り、今日のクエストをしに出かけた。
実は昨日のうちに割の良い、それも一発でめちゃくちゃ稼げるクエストを見つけていたのだ。へたすれば一度に百ポイント集まってしまう、今の僕には少し危険なモノ。
まずは冒険者ギルドに向かう。そして仲間、を……
(運が良いのか悪いのか……でもちょうどいい)
僕は思いきって話しかけた。
「すみません。もしかしてあなた方も盗賊退治に行きますか?」
「よく分かったな……? もしやあんた、召喚者か?」
「あぁ~、そう。ですね」
あの時も思ったけれど、なんで召喚者だって分かるのかが不思議だな。服だって普通の私服なのに。
サーペントタイガーとの戦いで僕はこの人達を殺めてしまった。あの時と変わっていなければ、魔獣が出現するのはまだ一週間は先だ。今度こそ、僕が生かして見せる。
──ギルドの情報によれば、洞窟を寝座としてる盗賊団がいるらしい。その捕獲、もしくは掃討。中には指名手配されている盗賊もいるかも知れないとのこと。
「テイクさん。作戦はどうするんですか?」
職業剣士、近接戦闘を得意としているテイクさん。見た目は中年にも見えるが、言葉がまあ強いしおっさん臭い。
「そうだなぁ。相手が洞窟ん中に閉じこもってんなら催眠爆弾を投げ込む。迎撃してくるってんなら力ずくで抑えるまでよ」
「いざとなったらあたしが魔法でどうにかしてあげるわぁ」
職業魔法使い、単一への攻撃と防御を得意としている。広範囲になると支援に回るも判断力と使える魔法が人並み以上ある。お姉さんというよりは、少し歳が行っているようにも感じる振る舞い。
「ホッ、わしにかかればそんなモノ朝飯前じゃ」
種族ドワーフ、職業鍛冶師でありながら大剣使いでもある。主に広範囲を得意としており、バフ無しでも岩が砕けるほどの一撃を持つ。パーティメンバーからはじじいと呼ばれ、慕われている。
「引き付けるくらいしか出来ないかも知れませんが、よろしくおねがいします!」
──森を抜けると、奴らのアジトが見えてきた。外には誰も居ない。ならばチャンスだ。僕らは周囲を警戒しながら忍び足で洞窟の入口付近まで行く。と、テイクさんがポーチからソフトボール程の大きさの玉を取り出した。見ると、紐のようなモノが数センチ生えている。これが恐らくさっき言っていた催眠爆弾なのだろう。魔法で火を付けると投げ入れた。
「口と鼻を防いで姿勢を低くしろ」
この洞窟の全容が分からないので、もし狭かったら奥まで充満した煙が外に漏れでてくるかも知れない。もちろん、僕たちが吸ってしまえば本末転倒になってしまうわけだ。
数分後、僕たちは催眠の煙が晴れる頃合いを確認し中へ突入した。
ではまた明日──




