前章 〜あるいは,私の物語〜 その1
ある日,突然,私は公爵家の娘になった.
大好きだった母が亡くなった次の日,私の父親の執事という人が小さな家を訪ねてきた.
ボロボロの我が家には,不釣り合いな,見るからに高そうな服を着たその人は,淡々と私の父について説明する.
この国で王様の次にえらい身分である公爵家の当主である私の父は,若い時に,メイドとして仕えていた母と恋に落ちたそう.
しかし,許嫁のいた父は,無理矢理母と別れされられ,そして母は仕事を解雇された.
その後無理矢理許嫁と婚約された父は,その後度々母と逢瀬を重ねており,その末に産まれたのが私,
「マリア」
父は,母が亡くなったのを機に,私を公爵家に引き取ろうと考えているそう.
そんなことを執事さんは,淡々と私に話す.
彼の瞳には,何の感情も,私には伺えない.
「あの…」
「残念ながら,貴女に拒否権はございません」
私が何を言うのか,わかっていたかのように,執事さんは私の言葉を遮る.
『この場所で,私が暮らし続けることはできないんですか?』
私のそんな小さな望みは,どうやら叶えることはできないようだ.
「それでは,マリア様.
こちらに,大切なものだけ入れてくださいませ」
執事さんはそう言って私に,高級そうな鞄を差し出してくる.
大事なもの.
そう言われて私は,狭い部屋を見渡す.
大切なものは,鞄の入りきらないくらいある.
でも
近所の子供達にもらった花冠のドライフラワー,花屋のお姉さんにもらったお花の刺繍の入ったハンカチ.
お母様にもらった形見の耳飾り.
お母様が作ってくれた,淡いピンク色のワンピース.
私は,この4つだけを鞄に入れた.
「もうよろしいのですか?」
部屋を見渡しながら,執事さんはそう言う.
まだまだ持っていきたいものはある.
でもなぜか,これ以上を持って行ってはいけないと思った.
「はい,もう大丈夫です」
私は,笑ってそう言った.
多分私は,ここには戻って来れないのだから.