君の好きなものになりたい
いつも遊んでいた中庭では、大きな木があった。
誰かが言っていたけど、それはご神木なのだとか。
子供の頃はよくわからなかった、ただ覚えているのは、いつも一緒に遊んでいたあの子は、その木にもたれて座り、本を読んでいた。
「晶ちゃん、何読んでるの?」
「美咲くん、おかえり。お父さんから貸してもらった本を読んでたの。」
晶はそう言って、本で口元を隠すように表紙を見せてくれた。
「ん~?・・・難しそうな本だね・・・。」
「うん、でも漢字はふりがなふってあるし、わからない所は渚に聞いてるの。」
嬉しそうに本を抱きしめて、晶はニコリと笑った。
俺はその一言に、少し嫉妬心を覚えた記憶がある。
「そうなんだ、俺も今度書斎で何冊か読んでみようかなぁ。」
そう言いながら、いつものように晶の隣に腰かけた。
「今日咲夜くんはお稽古?」
「うん、最近色々頑張ってるみたいで。」
俺も咲夜も、子供の頃はあらゆる稽古事をしていた。
家柄のこともあって、何故それをやるのか疑問を持つこともなく、勉学と両立させていた。
それは晶も同じだったけど、彼女は自分の趣味である読書も、稽古事も何でも楽しそうにこなしているイメージだった。
幼馴染だからと言って、彼女のことをよく知っていたわけではない。
それを自覚したのは、もっと後になってからだった。
たまたま同じ本家に生まれて、たまたま年が近くて、たまたま仲良くなれた、そんな程度だった。
子供の頃も、彼女が俺のことをどう思って接していたかなんて知らず、隣で座って同じ時間を過ごしているだけで、居心地がいい、と思っていた。
だけど俺は自分をよく見せる方法も、どうやって気を引いたらいいのかもわからなかったので、彼女と同じことを頑張ろう、と思ったくらいだった。
心身ともに大人になろうとする10代後半頃、ますます彼女は魅力的な女性になっていった。
才色兼備とは、彼女に使う言葉だろうと思った。
俺はどうやら、他人のことはよく見え、機微や発言から心境を推し量ることが出来るほうだったが、自分自身のことになると、よくわからなかった。
だけどそれがつらいと思うこともなかったので、愛想は悪いが、周りとはうまくやっていたと思う。
けれど今思えば、わかっているふりをしていただけかもしれない。
もっと踏み込んで晶のことも、家族のことも考えて関わっていれば、あの時父を止められたかもしれない。
今になってそんな事ばかり思う。
だから今はもう、臆病になることはやめて、踏み出すことを選んだ。
あの子の手はもう、子供の頃の小さな手じゃない。
「晶、この本も好きそうだな、って思ったんだけど・・・よかったら貸すよ。」