トムと流れ星ファクトリー
冬の夜の暗闇の中にきらりとひかるお月様が3つあります
1つは夜空に堂々と座り込んで、屋根や木々のてっぺんを照らす皆さんご存知のあのお月様
残りの2つはとぼとぼと暗い道を歩く黒猫のトムのまんまるの目です
「はぁ〜、これからどうしよう」
黒猫のトムはため息を吐いて独り言を言いました
トムは独り言が多い猫なのです
「ずっと溜めていたお金も、大事に食べていた魚の燻製もなくなっちゃったし」
トムはまた一つ大きなため息
それから頭の上で広がる大きな空を見上げます
夜の暗闇の中で光るトムの2つの大きな目にうつるのはどこまでも続く黒とそこにぽっかり空いた穴のようなお月様だけ
ただでさえ、暗い気持ちのトムはもっと暗い気持ちになりました
実はこの黒猫のトムは少し前に仕事をなくしたばかりなのです
もともとトムはかつおぶしの工場でかつおぶしをけずる仕事をしていました
トムのけずったかつおぶしはとっても薄くて、くらげのようにむこう側が透けて見えるのです
だから、トムがけずったかつおぶしは一級品!
あたたかい料理にふりかけると、ひらひらふわふわと踊りだすのでトムのかつおぶしは魔法のかつおぶしだと言われています
けれど、ある日どこもかしこも氷みたいにかちこちで大きくてゾウみたいに重そうな体をした新入りがはいってきました
話しかけてもうんともすんとも言いません
かわりに赤や青それからたくさんの色のボタンを特別な順番で押すと「がしゃこーん」と言い出してその重い体をとても速く動かしはじめるのです
新入りは「かつおぶしマシーン」と言う名前でした
新入りは新入りだけどなんでもできました
それに、お給料は電気と燃料だけでいいのです
トムは毎日、パンが5本買えるだけのお金と工場で残ってしまった魚でつくった燻製2匹を給料としてもらっていました
新入りはトムよりも少ない給料で、トムのできないかつおの下準備や出来上がったたかつおぶしを袋に詰める『梱包』という作業まで一通りできました
それで、かつおぶし工場の1番偉い人がトムのかわりに新入りに働いてもらうことにしたのです
だから、トムは今仕事がないのです
仕事がないと言うことは、ご飯を食べていくだけのお金がもらえないということ
それに、ご飯以外にも生きていくにはさまざまなお金がかかります
黒猫トムが生きていくのはとても大変なのです
だから、トムが寒い中暗い夜道を歩いていて悲しい気持ちになっているのは当然のことなのです
当然のことだけど、「当然だから仕方がない」とは言ってられないことなのです
黒猫トムはまんまる満月を見上げながらとぼとぼ歩いてまた一つため息
でも、皆さん
実はたいせつなことを皆さんに言わなければいけません
それは歩いている時に上を向いていたらよくないということ
歩いてるときはよそ見をしないで自分の行く方向をまっすぐ見ていないと危ないのです
トムは自分が歩く方向を見てなかったので、目の前にあった電柱に気づきませんでした
ゆったりと地面を見下ろしていたお月様もびっくりするような音が
ごっつーーーん!!!
とトムの頭と電柱のかたいお腹の間で生まれました
「いたたたた、こんなところに電柱があるなんて!」
トムは驚きと頭のずきずきとした痛みで思わずそんなことを言ってしまいました
でも、よくよく考えれば道に電柱があるのは当たり前のことなんです
トムがぶつけた頭を「いたいいたい」となでていると、そこへひらひらと一枚のチラシが落ちてきました
「ん?なんだろうこれ
流れ星ファクトリー??」
どうやら、電柱に貼っておいたチラシがトムがぶつかった勢いで落ちてしまったようです
トムはチラシをひろって、三日月のように目を細めてチラシになにが書いてあるのかをしげしげと読みました
どうやら、その流れ星ファクトリーで働く人を探しているというようなことが書いてあります
『ファクトリー』とは『工場』を英語で言ったことばです
トムはなんだか嬉しくなりました
仕事を探している時に仕事をしませんか?というチラシを見つけたからです
それから、トムはなんだか不安になりました
流れ星ファクトリーなんて聞いたこともないからです
聞いたこともないから、どんなことをすればいいのか、黒猫は働かせてもらえるのか分からなくて不安なのです
だから、トムは嬉しくてにやにやしたり、心配になってくよくよしたりをくりかえしていました
それから、覚悟を決めたようにトムは両足に持っていたチラシをかかげて大きな声で言いました
「ええい、迷っていたってしかたがない!
ダメだったらそのときはそのときだ!!」
黒猫トムは
すたらかすたらか
さきほどよりも元気に道を歩いて行きました
X
夜の間ずっと歩きつづけてトムは朝になってようやくチラシに書いてあった工場のある野原に辿り着きました
小さなトムの前に現れたのはとっても大きなテント!
テントと言ってもキャンプで使うようなテントじゃなくてしっかりとした家のような形をしたテント
赤、白、青が順番に塗られているテントの1番てっぺん、張り出した小さな屋根のようなところからはこれまた大きなテントに比べたらはるかに小さい旗が風に揺られてゆらゆらゆら
「なんだかどこかで見たことがある気がする」
黒猫トムはぽつりと言ました
ところで、テントには入り口が見当たりません
そこでトムはテントのまわりをぐるりと回ることにしました
とてとて、とてとて、とてとて
いつまでたっても入り口は見つかりません
それにこのテント、本当にとっても大きいみたい
ずっと赤と青と白がつづくと目だって回ってきそう
とてとて、ぐるぐる、とてとて、ぐるぐる
黒猫トムはふらふらしてしまってもう歩けない!と思った時、ようやく入り口らしきものがあらわれました
いいえ、どう見てもそれは入り口なのです
だって、皆さんの家にもあるような、四角くくてドアノブがついているしっかりとしたドアがテントの途中に突然あったのです
『う〜ん、テントに合わないなぁ』
トムはそう思いましたが、歩きっぱなしで疲れていたのもあって気にしない事にしました
それから、
とんとんとん
と、木でできたドアをノックしました
するとーー
「やあやあ!いらっしゃい!!!!
流れ星ファクトリーにようこそ!!!」
ドアが大きく開いて中から元気で陽気な声
それから、嬉しそうににこにこと笑っている大きな男の人
男の人は色とりどりの派手な服を着ていて、頭にはポンポンがついた三角帽子
そして何より顔のまんなかに丸くて大きな赤い鼻!
「あ!ピエロっ!!」
黒猫トムが言いました
「あ!くろねこっ!!」
ピエロのおじさんが言いました
トムはおじさんが驚いたのを見てどきどきしました
トムにはなぜか分からないけど、たまーに黒猫が苦手な人がいるのです
でも、トムがおどおどしているのに気づくとピエロのおじさんはメイク(ピエロのおじさんは顔がまっしろで左目の周りを水色の星の形に、右目の周りをピンクの星の形に塗っていました)をした顔をにっこりとさせて言いました
「どうしたんだい?黒猫くん
おさかなをもらいに来たのかな?」
ピエロのおじさんがとても優しくそう言うので、黒猫トムもほっとしてこう言いました
「いいえ、ピエロのおじさん
お魚もとても欲しいのだけど、ぼくは仕事が欲しいんです
このチラシを見て来ました
はじめまして、僕は黒猫トムです」
ピエロのおじさんはまたまたびっくり!
仕事をしてくれる人を探してはいたけど、まさか黒猫が来るとは思わなかったのです
おじさんがおどろいているのを見て、トムはまたまたおどおどしました
「あの…黒猫はダメでしょうか」
トムは心配そうな顔でおじさんを見上げました
トムの黒いしっぽが黒い両足の間にはいってゆらゆらと心配そうに揺れているのを見て、ピエロのおじさんはまた優しく言ました
「そんなことないよ
はじめまして!黒猫トムくん
ぼくはこの流れ星ファクトリーの社長だよ
でも、ぼくのことは工場長と呼ぶように
なぜなら、工場長の方が社長って呼ばれるより長いしかっこいいからね」
トムは「へんなの」と思いましたが、口には出しませんでした
黒猫トムは独り言は言うのですが、2人言や3人言はあんまり言わないのです
トムはかつおぶし職人だったから
黒猫トムにとって職人はそういうものらしいのです
それからピエロの工場長はトムの黒い前足と握手をするとテントの中に連れて行ってくれました
トムはやっとテントがなにに似ているのか分かりました
そうです
テントとピエロといえば、サーカス!!
黒猫トムが子猫の頃に母猫に連れて行ってもらったサーカスのテントにそっくり!!
でも、中に入ってみてトムはもっとびっくり!!
なぜなら、外から見たテントからは想像もできないような立派な部屋が広がっていたからです
ドアを開けた先にはしっかりとした硬い壁がトムの右側と左側にあって靴を入れるシューズボックスや傘立て、それに少し進むとちょっとした段差があって、白とピンクのマットが敷いてあります
背の低い棚には黄色の花が飾られた花瓶と、なにが描いてあるのか分からないような絵画まであります
「ここは玄関だよ」
ピエロの工場長は言いました
それから、驚くトムを連れて長い廊下を進みます
廊下には右も左にもたくさんの扉があります
でも、そのどれにも変な名前のドアプレートが掛かっています
『太陽が沈まない部屋』『海の底から3メートル下の部屋』
……とっておきは『枕の下にいるこびとの部屋』!
なんのことだかトムにはさっぱり
トムは気になって気になってうずうずしていましたが、ピエロの工場長はずんずん先に進みます
真っ直ぐ進んでいるはずなのに、ふりかえったら最初に入ってきた玄関はもう見えません
『そんなに進んだとは思えなかったのにな』トムはふしぎに思いましたが、なおさら工場長と離れてしまったら迷子になりそうだと慌てて後を追いました
「さあ、ここだよ」
ようやく工場長が止まったのは赤と青と白の扉のまえ
テントと同じ模様です
それに、この扉は天井から床まであってとっても大きいのです
それと同じぐらい大きくペンキで121と書いてあります
トムは『こんなに大きかったら開けるのも大変だろうな』と思いました
すると、まるでトムが考えていることが分かっているかのように工場長はすっと扉の左下の方を指差して言います
「トムくんの大きさならナンバー36でちょうどいいんじゃないかな?」
工場長の指差した方を見ると、なんと大きな扉の中にはそれよりも小さな扉があって、そこにはこれまたペンキで36と書いてあります
それに、よくよく見ると、36の扉の中には35の扉が、35の扉の中には同じように34、33……28……24、あぁ、これより小さい扉は小さすぎてトムには見えません
「なんで扉の中に扉があるんですか?」
黒猫トムは思わず口に出してしまいました
だってこんな不思議な扉、生まれて初めて見たんですもの
けれど、工場長は当たり前のような顔をして言ました
「だって従業員の数だけ大きさのちがいがあるだろう?」
それから工場長は85と書かれた扉を開けて先に行ってしまいました
トムは「そうなんだ」とはじめてのことにおどろきながら36の扉を開けて中に入りました
X
黒猫トムはおどろきました
大きなテントの中に入って、それから長い廊下を進んでまた扉の中に入ったのです
廊下はトム達が入った扉からもまだまだ続いていて、玄関も廊下の最後もどちらも見えませんでした
だから、おかしいのです
「さぁ、ようこそ
ここがきみに働いてもらいたい部署だよ」
『いつのまに外に出ていたんだろう…』
工場長が両手を広げた先には、大きな大きなみずたまりがありました
いいえ、みずたまりと言っていいのかも分かりません
なぜならそれはみずたまりと違っておわりが無いからです
ずっとずっと水面が続いているのです
しかも、この水面は地面みたいに立つことができるので、おぼれてしまうこともありません
トムははじめて見る広い広い水の景色にまんまるの目を更にまんまるにしました
トムは思いました
『もしかして、これが海?』
たしかにそこはまるで海のようでした
足下の水の青色と同じように頭の上には青色の空が広がっていて他には何も見えません
それに、水がたくさんあります
どんなに雨が降ろうと、ここまで大きなみずたまりは出来ないでしょう
けれど、黒猫トムは海を見たことも海に行ったこともないので、海の上を歩くことは出来ないことも知りませんでした
だから、やっぱりここは海ではないのです
工場長も言いました
「いいや、ここは海ではないよ
だって魚がいないだろう」
たしかに足下の水の中には魚も海藻もごつごつした岩もありません
トムは聞きました
「魚がいないと海じゃないんですか?」
工場長は言いました
「もちろん
たくさんの生き物が住んでいるのが海なんだよ」
トムは『へぇ〜そうなんだ』と思いました
黒猫トムはまた新しいことを知れてなんだか嬉しくなりました
ちょっと自分が賢くなれた気がします
「ぼくはここで何をすればいいんですか?」
トムは聞きました
工場長はトムに聞かれると、右手につけていた腕時計をちらり
(『腕時計をしたピエロなんてはじめて!』とトムは思いました)
「うん、あとすこしで休憩時間が終わるね」
そして、どこからか出した虫取り網のようなものをトムに渡します
「?」
トムはどうすればいいんだろうと思いましたが、工場長がじぃーっと腕時計を見ているのでむぐっと口を閉じました
工場長が言います
「あぁ、あとすこしだ
7…6…5…4…3…2…1っ!!」
「うわあっ!!」
工場長が「1」と言った途端に景色はがらりと変わりました
明るい空色が真っ暗に、それから足下も同じような色になりました
夜です
明るい昼間が突然、夜になったのです
トムはまたまたびっくり
だって、夕方もないのに急に夜になるなんてそんなことはじめてです
トムが驚いていると、工場長が叫びます
「来たぞっ!」
「えっ!」
光です
明るい光が突然、すごい速さでトムと工場長のところへ飛んできます
「それっ!トムくん、捕まえるんだっ!!」
「えっ!はいっ!!」
トムはあわててわたされた虫取り網で飛んできた光の玉を網に入れます
「おおっ!じょうずじょうず!!」
工場長は手を叩いて喜びました
そうしている間にもまた光の玉が飛んできます
「あぁ、また来た!
それも、そうそうっ!!うまいうまい!
あ、そっちにいったぞ!、よしっ!あ、こっちにも!!」
光の玉はトムの周りにいっぱいやってきます
右にーー左にーーうしろにーーななめ前にーー
トムは一生懸命、光の玉を集めます
工場長も一緒になって走ります
頭の上の帽子が落ちないように手で押さえながら、あっちへこっちへそっちへとととんっ
トムも工場長も汗だくになるころにはすっかり、網の中は光る石ころのような物でいっぱいです
ピエロの工場長は網の中を覗くと満足そうににんまり
「これはすごい
はじめてでこんなに仕事ができるなんて
トムくん、きみはエリートだね」
「えりーと?」
トムはエリートがなんなのか分からないのではぁはぁ言いながら首をかしげました
だって、トムはずっとかつおぶし工場で働いていて、そこではエリートなんて言葉は聞いたことがなかったから
「エリートというのは、すごい生き物のことだよ
トムくんはエリート黒猫だ」
そう言われて黒猫トムもにんまり
だってそんな風にほめられたのははじめてです
「ぼく、そんな風に言ってもらえたのはじめてです」
「君はすごいぞ、トムくん!
こんなに近くに落ちてくることはなかなか無いんだ
きっと、きみの体が真っ黒できみの目だけがぴかぴか光っていたから、恥かしがり屋の星達も仲間だと思えたんだろうな」
「星?
これが、あの空で光っている星なんですか?」
トムはあらためて網の中の石ころを見ました
すると、なんてことでしょう!
さきほどまで眩しいばかりに光っていた石ころ達が真っ黒!
それに、煤がついたように汚れています
「うわぁっ!大変だっ!!」
トムはあわてて工場長を見ます
しかし、工場長は黒くなった星を見てもなんてことなさそう
それよりも違うことを考えているみたいです
「うーん、こんなに仕事ができるならいずれ私の跡を継いで工場長になってもらうのもいいかもな…そうだな、働く人が欲しいとチラシをだして、たまたまトムくんがきたのも幸運のはじまりなのかもしれない
うん、それなら、そうだな、そうだとも、それに、そうだから、うーーん…そうした方がいいな!!」
ピエロの工場長が手袋をはめた手をぱんっと叩いて嬉しそうにうんうんとうなづきました
「黒猫トムくん!」
「あっ!はいっ!!」
突然、声を掛けられたのでトムはあわてて返事
背中がぴんっと伸びます
「きみはこの工場のことをまだよく分かっていないだろうからこれから工場の仕事をひととおり案内しよう
そうすれば、ぐっとやる気もでるだろうからね」
工場長がトムの前足をぎゅっとつかんでにっこりと笑います
トムもこのふしぎな工場のことが気になっていたので、嬉しいと思いましたが、虫取り網の中の星達のことが気になります
「あ、ありがとうございます
でも、ぼくは流れ星ファクトリーがなにをする工場なのか、なにを作る工場なのかもわからないんです
それに、これはあんなにきれいだったのにこんな黒くて汚れたみたいになってしまって大丈夫なんでしょうか?」
「流れ星ファクトリーはそのまんまさ
流れ星をつくる工場だよ」
工場長はトムの前足をつかんだままもう歩き始めています
「さぁ、大丈夫だよ
連れていってあげよう」
X
黒猫トムがピエロの工場長に案内された先には長い長い階段がありました
「さぁさぁ、のぼってのぼって♪」
工場長はるんたるんたと階段をのぼっていきます
とても楽しそう
でも、黒猫トムは工場長よりも体が小さいので長い階段は大変
「ま、待ってください、はぁはぁ
ぼくは体が小さいので工場長みたいにすぐにはのぼれません」
トムはがんばって工場長の後を追いますが、すっかり楽しくなってしまった工場長はトムのことをすっかり忘れて頭の中はすっからかん
階段をらんらん登っていってしまいました
トムはおいてけぼり
「あー、どうしよう
こんなところで1匹になったら迷子になってしまうよ」
トムは独り言を言いました
黒猫トムは独り言の多い猫だから
すると、まるでトムの独り言に返事をするかのように隣から声がしました
「やぁやぁ、こんにちわはじめまして
そんな所でどうしたの?こまったの?こまってしまったらわたしに助けを求めたらいいじゃない、そうじゃない?」
不思議な話し方の声です
トムも返事をしました
「はじめまして、それからこんにちわ
ぼくは黒猫トムです、今日からこの工場で働かせてもらうのでよろしくおねがいします」
不思議な声が嬉しそうな声をあげます
「トムくん!黒猫トムくん、よろしくね!!
礼儀正しいのは大好きだよ
わたしは木だよ『はしごの木』」
『はしごの木なんてはじめて聞いた』
トムは思いました
「ところで、トムくんはなにをこまっているんだい」
「実は今、工場長に案内してもらっているんです
でも、工場長は先に行ってしまって……ぼく、足が人間よりも短いから…」
はしごの木はうんうんと相槌をうちながらトムの話を聞いていましたが、最後まで聞くと「それなら!」と言いました
「さぁ、おいで
わたしが1番上まで連れていってあげるよ」
それからトムの足下ににょきにょきとたしかに木の枝のようなものが伸びてきました
トムはすこしだけためらって、それからぴょんとその枝に飛び移ると、枝は素早く階段から離れていきます
トムはちょっと怖くなって枝にしがみついてぶるぶると震えました
しばらくして枝は動くのをやめてとまりました
トムの前にあるもの、それは2本の長ーいたての棒に短いよこの棒がついたはしごでした
『本当にはしごだ』
黒猫トムは思いました
「さぁさぁ、わたしの体につかまって
それにちゃんとつかんでって
そうそう、そこそこ、離しちゃダメだよ、最後まで」
はしごの木のいうとおりにトムがはしごをぎゅっとつかむと、急にものすごい風がトムのひげや耳を走り抜けました
なんと、はしごがとてつもない速さで上へ上へと伸びているのです
まるで、大きな鳥の背中につかまって空ヘ飛び上がっているみたい!
はしごはぐんぐん伸びていきます
トムはなんだか楽しくなってきました
だってこんなことはじめて!
それに風が気持ちいいのです
トムが嬉しくなって鼻歌を歌うと、はしごも一緒になって歌いました
そうやって楽しくはしごにつかまりながら、上へ上へと進んでいくと…
〜♪流れ星ファクトリー駅、流れ星ファクトリー駅、お乗り換えのお客様はお気をつけください♪〜
どこかからアナウンスが聞こえてきます
「もうすこしだよ、トムくん
もうすこしで風の駅に着くんだよ」
「風の駅?」
そうこうしているあいだにアナウンスはもっと大きく聞こえてきます
「さぁ、到着だ!」
はしごが伸びるのをやめます
トムはとんっと白い床に飛び降ります
「ここが階段の先だよ、トムくん
そのうち、工場長も来だろう」
「ありがとうございます、はしごの木さん」
「どういたしまして、トムくん
また困ったことがあったら、助けてあげるよ、もちろんさ♪」
トムは礼儀正しくおじきをすると、はしごの木は嬉しそうにそう言って、するするするすると下へ戻って行きました
しばらくすると、階段の方からはぁはぁ、はぁはぁ、と声が聞こえます
トムがじっとそこで待っていると、階段の先からまずふわふわした丸いポンポン、それから三角の帽子、そして赤くて大きな鼻をした工場長の顔が見えてきました
白い顔は汗だく
やっとトムのいるところまで辿り着いた時には床に座り込んでしまいました
「はぁ…はぁ…やぁ、トムくん
さ、さすがだね…さすがエリートだ
着くのが早いね
ちょ、ちょっと…待っててね、少し休憩しなくちゃ…はぁはぁ」
工場長は床の上に倒れ込んではぁはぁと苦しそう
もしかして、ずっとあんな風にスキップしながらのぼってきたのでしょうか?
もし、そうだとしたらこれぐらい疲れていても当然です
でも、トムはこの不思議な場所が気になって気になって仕方がありません
トムと寝転がったピエロの工場長がいるのは先程の階段から続いた白い床、周りに同じように白い柵がついていて、そう、これはまるでベランダみたい
広いベランダみたいなところには見渡す限り夜の空が広がっていて他にはなにも無いように見えるのですが、端っこになにやら変わった標識がたっています
白い棒に矢印がついているところは、道でよく見るのと同じなのですが、やたらと矢印が多いことと、棒じたいがくるくると回るので、矢印がころころと変わってしまうのです
「工場長、工場長
ここはなんなんですか?なにをするところなんですか?」
トムは工場長に聞きました
工場長はひたいの汗をぐいと拭うと、もう疲れていないのかぴょんと立ち上がってにこにこ
トムは『すごいなぁ』と思うと、工場長はトムの心の声が聞こえているかのように「だって、工場長だからね」と言ってトムを柵の近くへと連れて行きます
「さぁ、これは風の駅、流れ星ファクトリー駅だよ
ここから、星を空に帰していくんだ」
「星を空に帰す?」
「そうだよ、ほらこうやってね」
工場長はどこからかダンボール箱をもってくると、その中から何かを取り出しました
「わぁっ!!」
きらきらと輝く石ころ、まるで月の光をこの小さい石に集めたみたい
黒猫トムの目も光を浴びてきらきらと輝きます
「これが、星だよ
それっ、こうやってね!」
工場長が手の中にあった星をぽんっと夜空に投げました
トムはあわてます
だって、こんな綺麗な星を投げちゃうなんて
落ちていって地面にぶつかったら壊れちゃうかも
でも、トムの心配はすぐになくなりました
投げられた星はすうっとどこかへ飛んで行きました
「あ、これ流れ星
「そうだよ
これがこの部署の仕事だよ
ほら、次は月の向こう側に行く風だ」
標識がぐるぐるまわって止まるのをみると、工場長は言いました
たしかに矢印には『月の向かう側』と書いてあります
「じゃあ、トムくんはこの星を投げてね」
工場長から渡された星を持ってトムはおろおろ
けれど、さっきの工場長を思い出してぽんっと星を空に投げました
すると、星は風に吹かれてまたどこかへ流れて行きます
トムは言いました
「流れ星ってこうやって作るんだ」
工場長はにっこり笑ってトムの手を握って階段の方へ行きます
「流れ星には2種類あるんだよ
ひとつは今みたいに自分の場所に戻っていく流れ星
もうひとつはさっき、トムくんにキャッチしてもらった流れ星だよ」
「でも、この星達はさっきのみたいにきらきらしてないですよ
もしかして、ぼく、失敗しちゃったんでしょうか」
トムが三角の耳を折ってうなだれていると、工場長は言いました
「そんなことはないさ
世の中に失敗なんてものは実はないんだよ
それに、その子たちはそれで正しいのさ
さぁ、きみの星を洗濯場に連れて行こう」
X
次に黒猫トムが連れてこられたのは、砂がたくさんあるところでした
最初は水がいっぱいで、次は階段がいっぱい
今度は砂かぁ…と黒猫トムは思いました
どうやら、この工場のものはなんでも大きいみたいです
「工場長、工場長」
トムが言います
「ん?なんだい、トムくん」
「洗濯場ってココなんですか?」
トムにはピンときません
洗濯といえば水を使います
だから、本当はまた水がたくさんあるところに行くのかと思っていたのです
「あぁ、そうだよ
トムくん、きみが捕まえた星を砂の上に置いてごらん」
工場長がそう言うので、トムは網の中から黒い石ころを全部砂の上に並べました
すると…
「うわぁ!工場長!!
星が動いています!!!」
なんと、さっきまでただの石ころだった星がもぞもぞと動き出したではありませんか
しかも、星はだんだんと砂の中に潜っていって、トムが「あっ」と思って飛びかかった時にはすっかり沈んで姿が見えなくなってしまいました
「どうしましょう
星が無くなっちゃいました」
トムは泣きたくなりました
せっかくあつまった星が全部なくなってしまったのですから
でも、工場長は首を横にふってトムに下を見るよう言いました
「泣かなくたっていいんだよ
だって、ほら」
トムは星を置いた砂の上を見ます
するとーー
「工場長!星が出てきました!」
なんと、沈んでいった星が全部もとあったところから砂をかきわけて出てきたではありませんか!
それに、黒く汚れていた星の様子も違います
星は白いような青いようなぼんやりとした色をしています
黒くはないけど、光ってもいません
「さっきのは、星をきれいにしていたんだよ」
ピエロの工場長が言います
「この下にはたくさんの従業員の虫たちがいて、星についた汚れをとってくれているんだ
この砂のように見えるものは、全部、星の汚れが落ちたものなんだよ
さぁ、次へ行こう
早くしないとまちがえてぼくらも洗濯されてしまうかもしれないからね」
X
「さぁ、ここで星が完成したらあとはさっき風の駅でやったように星をおくるだけなんだよ」
工場長はそう言ってトムを木こりの家のような小屋に案内します
「うわぁ、星がたくさん!」
黒猫トムがびっくりしたのを見て、工場長は得意げです
「いそいで用意したにしては上出来上出来」
1人と1匹が入った小屋の端から端までベットでいっぱい
そしてそのベットのひとつひとつに星が眠っているように置かれています
「さあ、それからこっちだよ」
工場長は小屋の横にある入り口からトムを呼びます
トムがその扉の中に入るとーー
「あ!新入り!!」
そこには、大きな体にたくさんのボタン、それと無口そうな顔つきの新入りがいました
『なんで、こんなところに新入りが!?』
トムは思いました
トムは新入りのことが苦手なのです
「どうしたんだい、トムくん
流れ星マシーンと知り合いなのかい?」
「ながれぼしマシーン?」
「そうだよ、ほら
こうやって、星を塗っていくのさ」
ピエロの工場長が、流れ星マシーンのボタンをぽちぽち押すと、無口だった流れ星マシーンががしゃこんがしゃこん話し始めてトムの星をとってしまいました
「あ!星が!!」
それから、流れ星マシーンはトムからとった星にたっぷりとペンキをつけた筆でぺたぺたぺた
でも、なによりもふしぎなのは、流れ星マシーンが使ったペンキはきらきらと光っていることです
「これが、星の色のペンキだよ
これを星に塗るのとベットで寝かせるのをくりかえして星が元通りに光輝くようになるんだよ
星が無いと、夜空はちょっと物足りない
流れ星が無いと、みんな自分に願い事があるのをわすれてしまう
だから、この仕事はとても大切なのさ」
工場長はにっこりと微笑みます
トムは流れ星マシーンがあっという間に星を塗って、それからベットに星達を連れていくのをじぃーっと見ていました
X
ひととおり工場を案内してもらった後、ピエロの工場長は「トムくんの部屋を見つけよう」と言って最初の廊下にもどってきました
工場長はトムがいることがとても嬉しそうだけど、トムはなんだかむっつりしています
どうやら黒猫トムはなにか考えごとをしているみたいです
トムは陽気な工場長に聞ます
「工場長、工場長」
「なんだい、トムくん黒猫トムくん」
「工場長はぼくを働かせてくれるんですよね」
「もちろん!ここで働てほしいよ」
「じゃあ、ぼくは流れ星マシーンがいるから、いらないって言われたりしませんか?」
どこかからガタッと音がしました
工場長はおどろいたように目をまんまるにして手をぶんぶん横にふりました
「そんなこと言うわけがないよ!
どうしてそんなことを聞くんだい」
「だって、流れ星マシーンはきっとぼくのできないことなんでもできるでしょう?
そしたら、ぼくなんかいらないって思われちゃうのかも」
また、どこかでガタガタと音がします……
トムはだから新入りたちが苦手なのです
またいらない、なんて言われたらもっともっとつらくて悲しいはずです
工場長はうなだれたトムの肩に手を置くと、優しい声でこう言いました
「きみをいらないなんて言わないさ
それに、マシーンはなんでもできるように見えるかもしれないけど、ぼくとこうやっておしゃべりしてくれるのは、今トムくんだけだよ」
がたがたがたっとさっきよりも音がしました
「じゃあ」
トムは言います
「じゃあなんで、この工場には虫さんたちと流れ星マシーンしか働いていないんですか?」
まずいことになりました
トムの言葉にさっきまでにこにこしていたピエロの工場長が突然わっと泣きだしてしまったのです
それが、すごいのです
とっても大きな声をあげてわんわん、わんわん泣くので、涙がたくさん出て、床が水びたし
「ちがうんだよ、トムくん、ちがうんだよ」
泣きながら、工場長は話します
「ぼくの工場にはね、ほんとうに、たくさん従業員がいるんだよ」
工場長はえんえん泣きながらつづけます
涙がトムの腰まできています
トムはあわてます
「泣かないでください!」
トムは工場長を泣き止まそうとしますが、全然だめ
よほど悲しいのかトムの声が聞こえません
「でもね、みんなね
流れ星マシーンをつれてきたら、怒ってどこかへいってしまったんだ」
とうとう涙はトムのひげのさきっぽまで!
「だ、だれか、たすけて!!」
「ぼくはみんなでパーティがしたかっただけなのに!!」
するとーー
がちゃ、ばっしゃあーーん
大きな音をたててどこかの扉がひらきます
開かれた扉に涙がいきおいよく流れ出します
ついでに、黒猫とピエロも
トムは助かった!と思ったのにまたまた大ピンチ
ぐるぐる水の中でまわっているとーー
「さぁ、カッパさんとシャチくん、工場長と黒猫くんを助けてあげて!」
あっという間に、トムの体は大きな魚にくわえられて、床の上にぽーんと放り投げられました
トムは猫なので着地はお得意
けど、ピエロの工場長はやっぱりピエロなので、どしーん!
あんまりいきおいよくおしりから落ちたので、泣くのを忘れて、いたたたた
それから、きょろきょろとまわりを見ると、ぱっと顔が明るくなりました
黒猫トムとピエロの工場長のまわりには、1人と1匹を取り囲むようにーー
リクガメ、メンフクロウ、牛、シーラカンス、すずめ、めがねざる、ルリ貝、イタチ、チーター、あげはちょう、ウォンバット、トナカイ、インド象、ウーパールーパー、アシカ、カンガルー、馬、マントヒヒ、ヒアリ、りす、スカンク!?、クワガタ、タコ、コアラ、ライオン………あぁ、もうとにかくたくさんっ!!
「みんな!もどってきてくれたのかい!?」
ピエロの工場長はとびあがって喜びます
けれど、まわりのみんなは怒ったような顔
「工場長!ぼくらそんなこと聞いてません!」
みんなが合唱するように工場長を怒ります
「ぼくたち」 「わたしたち」 「ずっと」 「あそこに」 「いたんですよ!」
みんなが、涙の流れていった扉を指差します
扉には『いくらでも入る部屋』とドアプレートがかかっています
「工場長が」 「ぼくら」 「から」 「仕事を」 「とりあげようとするから!」
みんなが、ガウガウ、ブヒブヒ、ピヨピヨ、そろってしゃべるので、廊下はにぎやか
工場長はおこられているのになんだかうれしそう
「これで、みんなそろってパーティができるね」
トムはこんなにたくさんの生き物に会うのは、子猫の時に母猫に連れていってもらった動物園ぐらいです
今はその時にくらべられないほど、もっとたくさんの生き物がいるので驚いていました
けれど、生き物たちは怒っているのに、工場長はにこにこしていて、このままではとんちんかんのまま
しかたがないので、黒猫トムは工場長に聞きます
「工場長、みなさん怒っているみたいですよ」
「うん、そうみたい」
「なんで怒っているのかわからないんですか?」
「わかんないよ、だってぼくは工場長だから」
トムはあきれてがっくり
こんな頼りない工場長もはじめて
「ぼくは従業員みんなで一緒にパーティがしたかっただけなのに」
どうやら、工場長はみんなをやめさせるために流れ星マシーンを連れてきたわけではなく、パーティをしている間、星をつくってもらおうと思っていたらしいのです
これには、みんな「ちゃんと言わなきゃ分かんないよ」と文句だらけ
でも、みんなも本当は流れ星ファクトリーに帰ってきたかったので、なんだか嬉しそう
工場長はもっと嬉しそう
大急ぎでパーティの用意が進められます
テーブルを出して、かざりつけも
食べ物、飲み物もたくさんでてきます
工場長お手製のパイのいい匂い
ろうそくに火がついて、楽器の演奏が聞こえたら、パーティの始まり!
天井には大きな布がつりさげられていて、そこには『みんなおかえり!トムくんようこそ!!』と書かれています
パーティは大盛り上がり!
工場長が玉乗りしながらジャグリングをしますが、ピエロの工場長は下手っぴ
ボールがころころ落ちていきます
それを見てみんながおかしそうに笑います
工場長も笑います
トムも一緒に笑います
みんながトムを歓迎しました
「はじめまして、黒猫トムくん!
わたしは星を寝かせる部署なの
ほら、わたしの体はふわふわでしょう?」
ひつじが言います
「はじめまして!トムくん!!
さっきはぼくらの言いたいことを言ってくれてスッキリしたよ!ありがとう」
トカゲが言います
「ほんと、ほんと!
トムくんのおかげでぼくら工場長と仲直りできたよ、ありがとうっ!!」
アミメキリンが言います
トムは次から次へと握手をもとめられててんやわんや
嬉しくて楽しくて、でもちょっぴり疲れてしまいました
それで、そーっとパーティを抜け出して、廊下で休むことにしました
トムは黒猫なので、黒いところを通って行けばみつかりっこないのです
静かな廊下でトムはほうっと一息
「あぁ、楽しかった
あれ?ここはどこだろう??」
トムはいつのまにか自分が廊下の突きあたりにりいることに気づきました
突きあたりには扉があります
ドアプレートには『あなたが見たくないと思っているものの部屋』とあります
「見たくないと思っているもの?」
黒猫トムは言いました
変な部屋です
だって、見たくないものがあるのに、入ろうとする人がいるでしょうか?
トムも入ろうとは思いませんでした
ただ、その時流れ星マシーンがこちらに来るのが見えたのです
それで、思わずその『見たくないと思っているものの部屋』に入ってしまったのです
X
トムがいる部屋はとても埃っぽくて暗い部屋でした
きっとみんなこの部屋に入らないから、そうじをしてないんだろうな、とトムは思いました
奥の方にははぼんやりとオレンジ色のあかりが見えています
あんまり暗くて、トムは入ってきた扉がどこにあるのか分からなくなっていたので、そのあかりの方へすすみました
あかりは小さなライトでその下にトムのよく知っている大きな背中が見えました
いっしゅん、さっき見た流れ星マシーンがついてきたのかと思いましたが、そうではないことに気がつきました
大きな背中の奥には、メガネをかけた1人の女の人がいます
女の人は真剣な顔をして、手にしていた道具でかつおぶしマシーンの体をつくっていきます
それから、赤や青それからたくさんの色のボタンを特別な順番で押します
かつおぶしマシーンがいつものように「がしゃこーん」と言って動きだしました
トムはかつおぶしマシーンが動くのを何度も見たことがあります
女の人はトムと同じものを見ているはずなのにとても嬉しそう
トムはまた暗い中を歩きはじめました
『そうか、新入りにもお母さんがいたんだ』
歩きながら、そう気づきました
それから、またあかりが見えます
あかりはろうそくでした
机の上にろうそくが1本立っていて、そばに椅子があります
そこには、男の人が座っていました
トムの知っている人だけど、トムが知っている人よりもしわがあって、髪がちょっと白くなっています
誰も男の人に話しかけません
新入りがベテランになってそばにいましたが、男の人に話しかけることは、かつおぶしマシーンにはできないのです
トムは自分がいたかつおぶし工場にいる2人をじっと見ていました
『そうか、なんでもできる新入りにもできないことはあるんだ』
かつおぶし工場の1番偉い人はとても寂しそうでした
トムの『魔法のかつおぶし』は作れなくなってしまったので、かつおぶしも売れなくなってしまったのです
それに、誰も工場で話をしてくれないのです
トムは寂しそうな男の人を見て、自分も寂しくなりました
今はお金が1番大事な男の人も、昔は黒猫のトムのことをなにかと気にかけてくれる優しい偉い人だったのです
「ここにいたのかい、トムくん」
寂しくなったトムにパーティーから探しにきてくれたピエロの工場長が声をかけます
「さぁ、おいで
みんな、きみのことを待っているんだよ」
ピエロの工場長は優しくそう言ってトムを暗い部屋から連れ出しました
もう、新入りもかつおぶし工場の1番偉い人もいません
トムと工場長は『あなたが見たくないと思っているものの部屋』出ていきました
トムは入る前にはたしかに新入りもかつおぶし工場もかつおぶし工場の1番偉い人のことも考えたくありませんでした
でも、今はちょっと違います
「工場長…」
トムは工場長を見上げました
……でも、工場長はとても楽しそうです
「みんなもどってきてくれたし、パーティもできた!
みんながいなきゃ工場はまわらない
流れ星ファクトリー復活はきみのおかげだよ!!
ぼくの考えはまちがってなかった
きみこそ、ぼくの次の工場長だよ」
工場長はそう言って、トムをパーティのステージにあげます
みんながトムに拍手したり、口笛を吹いたりしています
でも、トムは………
「ごめんなさいっ!!」
トムはみんなから背を向けて走り出しました
「「「あ!トムくんっ!!」」」
トムが背中を向けて走り出したので、ピーグルがついつい追いかけました
それから、クマもついつい、ついつい追いかけました
オオカミもついつい追いかけました
それから、いろんな動物がついつい追いかけました
しかたがないのです
背中を向けて走り出されると、ついつい追いたくなってしまう性格なのです
でも、それを見て他従業員はかけっこがはじまったんだと勘違いしてしまいました
それで、トムのうしろをピーグルが、クマが、オオカミが、それからたくさんの生き物たちががやがやわいわいどたどたと走り始めてしまったのです
トムはびっくり!
トムは追われると逃げだしたくなる性格なので、一生懸命走ります
でも、世の中にはトムよりも足速い生き物たくさんいるのです
『あぁ、もうダメだっ』
トムがそう思たその時ー
「やぁやぁ、こんにちわはじめまして
そんな所でどうしたの?困ったの?困ってしまったらわたしに助けを求めたらいいじゃない、そうじゃない?」
「あ!はしごの木さんっ!!」
「あれ?トムくんじゃないか!
やぁやぁ、はじめましてじゃなくてさっきぶりだね♪
どうしたの?また困ったの?」
トムは必死になってはしごの木の声に返事をします
「そうなんです!助けてほしいんです
お願いします!ぼくを逃がしてくださいっ!!」
「それ、ほいきたっ♪」
長い木の枝がにょきにょきにょき
黒猫トムのところへ来ます
「さぁさぁ、わたしの体につかまって
それにちゃんとつかんでって
そうそう、そこそこ、離しちゃダメだよ、最後まで」
はしごの木はトムをのせると、にょきにょきにょきはしごをどんどん伸ばします
トムはほっと一安心
でも、皆さん
実はたいせつなことを皆さんに言わなければいけません
それは、あぁ、もう大丈夫と気を抜くと危ないということ
トムが地面から離れたのだから大丈夫と思ったその時、大きな大きなハシビロコウという鳥がトムの近くをばさっばさっと飛んできたのでした!
ハシビロコウはみんなにしっかりと飛べることを見せるチャンスができて実は得意げ
でも、トムはしかめっつらの大きなハシビロコウにびっくり
あわてて、はしごから手を離してしまいました
黒猫トムの黒い体は夜の闇の中にひゅーーっと落ちていきます
いくら着地が上手なトムでもこの高さはムリです
『もう、だめだ』
トムは目をつむって、頭を抱えました
そして、そのまま怖さのあまり気を失ってしまったのです
次にトムの意識がもどった時誰かがトムの名前を何度も何度も呼んでいました
それでトムはまんまるの目をゆっくりと開きました
すると、かつおぶし工場の1番偉い人がトムを心配そうに見下ろしていました
「大丈夫かい、トム
道で倒れていたのをみつけたんだよ」
かつおぶし工場の1番偉い人は言いました
しわはないし、髪の毛も黒くてふさふさの偉い人です
それから、トムの頭に出来たたんこぶに冷たいタオルをかけてあげました
どうやら、トムは電柱に頭をぶつけて、あんまり痛かったから、そのままそこで倒れてしまっていたらしいのです
『あれは、全部夢だったのかな?』
トムは思いました
トムはかつおぶし工場の1番偉い人のベットに寝かせられていました
「実はね、トム」
かつおぶし工場の1番偉い人は言います
「この間、きみにもう働かなくていいなんて言ってしまったんだが、それを…その、取り消したいんだ
あれから考えが変わってね
従業員を大事にすることはわたしにとってとても大切なことなんじゃないかと思ったんだ
それと言うのも、最近、夢にピエロが出てくるんだよ
それでね、そのピエロが言うにはねーー」
黒猫トムはひりひりと痛む頭を枕にのせてかつおぶし工場の1番偉い人の夢の話を聞いていました
窓の外ではお月様ときらきら光る夜の星
そして、忘れてしまったようなタイミングできらりと流れ星が暗闇に黄色の線をひいていきました
ーおわりー
最後まで読んで頂きありがとうございました