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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第二章 『例えば赤と緑に覆われたり』 秋家卓人
9/40

8 恐いし怖い

つらい描写あります。


「たっちゃんおやすみー」

「おやすみ〜」

 俺と唯一仲良くしてくれる同室の蓮くんに挨拶してベッドに潜る。その時コンコンとドアがノックされた。

「秋家タクトは至急415号室まで来るように。院長先生がお呼びだ」

「え、はい」

 聞いたことのない声の男はドア越しに伝言を伝えると、返事を確認することもなく去っていった。

「たっちゃん院長先生がお呼びだって。なにしたの?」

「なんだろ」

 心当たりはある。数日前の夜中に郷愁に耐えきれずこっそり裏口から出ようとキッチンに侵入したことがバレたのか。結局裏口は専用の鍵が必要で開かず失敗に終わったが、もしかしたら監視カメラでバレたのかもしれない。


 緊張しながらも一歩ずつ階段を登り、四階の指定された部屋の前に来る。ノックをする前にドアが開いて、見たことのある20代ぐらいの男が顔を出す。

「よくきたな。まあ入れ、緊張すんな」

 どうやら叱られるわけではないらしい。部屋の中にはほかに3人の男が屯していた。いずれも20代から40代の大人の男でニマニマと笑みを浮かべている。何処から入手したのか、中央のミニテーブルにはいくつかの開けられたお酒の缶が置かれている。部屋全体が酒臭い。


「あの、俺何の用で呼ばれたんっすか」

「まーまー、とりあえず飲もうや」

 大柄でハゲの男にビールを渡される。反射的に受け取ってしまったが、俺はお酒を飲んだことはない。

 よく考えたら院長先生が院長室ではなく、415号室という誰かの個室に呼ぶなんてありえないじゃないか。どうして気がつかなかったんだ。


 いつのまにか後退りしていたようで、背中が硬いものに当たる。後ろを振り向くと俺を迎えてくれた男が入り口を守るように立っていた。

「どうしたんだ?」

「あの、俺、用事を思い出して」

「俺たちがあとで言っといてやるよ」

「え、院長先生に呼び出されてて」

「今日は出張でいないのに?」

 そこで確信する。自分が嵌められたのだと。

 冷や汗が背筋を流れる。


「いや、えと、俺、お腹っ、お腹痛くて! 今すぐトイレに行きたい、かもっす」

「ここですればいいだろー!」

 部屋の中の男の一人がそういうと、俺以外のみんながドッと笑う。狂気的な空気に気が狂いそうになる。

「いやほんとマジなんっす。信じて下さぁい!」

「いいから」

「いや」

「いいから、な。落ちこぼれ同士仲良くしようぜ」

 男が後ろから俺の襟首を掴んで引き倒す。両脇の二人が腕を押さえつける。圧倒的な暴力を前に俺の力は弱すぎた。

「いやっ! いやっす!」

「なに考えてんだよ。変なことしねーよ」

 その言葉に一瞬「え? そうなの?」とキョトンとしてしまう。救いを求めるあまり、地獄でただの石が仏に見える現象だ。


「変なことじゃなくていーことだからな」

 その言葉の意味を理解する暇もなく、ズボンとパンツを剥ぎ取られる。

「そうそう、大人しくしてれば痛くないんだよ」

 男の顔が目と鼻の先まで迫る。顔に唾を垂らされて、顎関節を挟まれて口を開くことを強要される。

 俺は目を瞑り、匂いを嗅がないように息も止めて、ひたすらに耐えるしかなかった。



 考えることをやめていたから、それがいつ起きたのかもわからなかった。いつのまにか周りが静かになって、終わったのかと涙を拭って目を開く。

 四人の男たちはまるでいきなり眠ってしまったかのように思い思いの場所で倒れていた。寝息が聞こえるので、死んでいるわけではないだろう。

 何が起きたのかは分からなかった。部屋の中に時計はなかったからあれからどのぐらい経ったのかも分からない。もしかしたら数分も経っていないのかもしれない。それでも、今がチャンスだと思った。


 ちょうど廊下を歩く誰かの足音が聞こえてきた。ズキズキ痛む腰を持ち上げ、這々の体でドアまでたどり着く。そこでようやく、俺の右手がずっとビールの缶を握りしめていたことに気づく。手の形に凹んで蓋が内側から外れている。中身はあらかた飛び出てしまったのかチャプチャプと音がする。喉がカラカラに乾いていたけど、これを飲む気にはなれなかった。

 缶を床に捨て、ドアノブに体重をかけるが鍵がかかっているのか途中で止まってしまう。足音の主が俺に気付かずに通り過ぎてしまうのだけは避けるために、全力でノックする。

 ダンダンダン。俺が体を密着させているからそれほど音は響かない。それでも深夜の静寂には大きすぎる音が出た。


「たぅ……助け、助けて」

 掠れた声しか出せず、むせる。そこでようやくドアノブ下のサムターンが目に入る。それを回すとガチャッという音がして鍵が開く。どれだけ焦っていたんだ俺は。内心そんなことを思いつつドアノブに体重をかけドアを開く。

 キイィィィ、と古い蝶番が軋み、人気のない廊下に響く。何処からか侵入した冷たい風が頬を撫でる。俺はそのまま廊下に上半身を投げ出して倒れた。

「はぁ……はぁ……」

 ビニル素材の白い床近くに漂う冷たい空気を吸って肺の中の汚い空気を吐き出す。きっと埃やカビも一緒に吸い込んでいるけど、さっきまでの汗と男臭さよりかはマシだ。


「よっぽど床が好きなんだねにゃん。いっぱい舐めておっきくなれよ〜」


 上から注がれるその声を聞いて、俺は固まった。発言の内容が意味不明だったからでも、どう考えても様子がおかしいのに心配されなかったことでもない。

 その声がバリバリの「アニメ声」だったからだ。


 体は床に伏せたまま声の主を見上げる。まず目に入ったのはキャラ物の靴。かなり古い絵柄のアニメキャラクターがプリントされている。次に極彩色の縞々の靴下。そしてきめ細やかな肌だけど膝にたくさんカット版が貼られた細い足と、ミニスカートの奥の翳みに覗く白と水色の混ざったパンツ……、咄嗟に目を瞑ったのでそれ以上は見えなかった。だけどそれまでの情報でわかる。かなりちっちゃい女の子だ。


「なんで、いや、助けてくれ! 大人の人を呼んできて! お願い!」

 この際なぜここに女の子がいるのかは考えなかった。目を瞑ったまま目の前にいるであろう女児にそう伝える。

 しかし女児には状況がわからなかったのだろう。俺を踏み付けて部屋の中に入っていく。変な声が出た。


「は、入っちゃダメ! 見ちゃダメだ!」

 目を開けて女児に手を伸ばすが、腰が抜けて届かない。女児は部屋の様子をまじまじと見る。そして振り返ると俺をじっと観察するように見つめた。その視線は下の方を向いている。不審に思い釣られて下を見ると、俺の生足が目に入った。


「あっ、ちがっ 、これは違う!」

 逃げることに夢中でズボンを履くのを忘れていた。何かを塗られたのか妙にテカテカしている下半身は、自分の物なのに変態的に見える。とっさに足を閉じて横座りになるが、ふくらはぎに感じる自分の息子の異物感がすごい。

 そして今更ながらお尻の違和感を再認識して先程までの恐怖がフラッシュバックする。口に手を当てて、喉まで迫り上がった吐瀉物をもう一度ごくりと飲み込んだ。酸っぱさが口いっぱいに広がって鼻から抜ける。


「皮膚ガスが充満してるね〜。ばっちい匂い。これがミドル脂臭とアンドロステノンってやつなのかな、にゃあ。でもアルコールの芳香が混ざって堪能できにゃい。は?」

 女児は訳の分からないことを言いながら、口角を上げて俺に笑いかける。

「特にお前から精液の臭いがする。オス同士でホモ交尾してた?」


 女児の言葉は冷たい風のように俺を素通りして突き抜けた。わずかに残ったニュアンスを、ゆっくりと、時間をかけて咀嚼する。

 違う。この人間の認識は間違っている。


「違う……してない……俺じゃない、無理やり……」

 いつのまにか俺は泣いていた。ただ間違いを否定する言葉を出すだけで心が削られそうになる。声がうわずんで掠れる。

 つらい。心が張り裂けそうになる程つらい。体が重い。ずっと涙が出る目が痛い。押さえつけられた腕が痛い。

 ジンジン、ズキズキとお尻が痛い。


 いつのまにか女児は床にうずくまる俺の目の前まで来ていた。そして爪先立ちでしゃがみ込み、俺を見下ろす。下を向けばパンツが見えるので上を向くと目があった。


「ねっ、ねねっ! 助けてって言ったよねっ! それってどゆ意味? 赤ちゃんみたいにあやされたいの? このオス達を殺したいの? それともメスになりたいの?

 教えてっ!?」


 生命の輝きをぎゅっと詰め込んだような瞳は当然のように俺を見下す。快活で冷酷で奇怪な笑顔は有無を言わさぬ圧力がある。理解できない恐怖がある。俺は万力に絞られる果実のように自分の望みをこぼしていた。


「リュウと一緒に帰りたい」


 頭の中の龍之介の笑顔だけが、俺をこの世に繋ぎ止めてくれていた。


続く?

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