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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第二章 『例えば赤と緑に覆われたり』 秋家卓人
8/40

7 誘拐

 

 俺の名前は秋家タクト。学園都市の壁外で暮らすなんの変哲もない男子高校生候補生……だった。つい1ヶ月前までは。


 まず学園都市について説明しようか。学園都市ってのは魔法の使える人たちが集まって暮らしている場所だ。俺の住んでいる場所からでも見えるほど高い城壁にぐるっと囲まれていて、中の様子は窺えない。内部に関する報道も規制されている。

 学園都市では魔法の使える人を魔導士というらしい。魔導士は日本を守るために日夜悪魔と戦っているのだとか。はっきり言って実感がない。俺の住んでいる場所が魔導士の本拠地である学園都市に近い比較的安全な地域だからってのもあるだろうけど、のほほんとした連中が多くて戦争中だとは思えないからだ。

 お米も配給制じゃなかったし表現の自由が保証されていたから昔はよかったって古い年代の人はよく言うけど、はっきり言ってよくわからない。だって俺が生まれた時からずっとそれが当たり前だったから。

 俺は勉強も真面目に頑張るタイプじゃないから、学園都市のことについての授業も右から左に流していた。今死ぬほど後悔してる。

 例え勉強していたとしても、急に誘拐されるとは思わなかったと思うけど。



 俺には仲のいい幼なじみがいた。男のくせに可愛くて、何より女しか使えないはずの魔法が使えるすごいやつだ。名前を茜屋龍之介という。かっこいい名前にかわいい外見のギャップが俺を惹きつけていた。

 前に学園都市に入るのかと聞いたら

「あそこには女の人しか入れないよ。それに男が魔法を使えるってバレたら何をされるか分からないからってお師匠さまが言ってたし」

 とはにかみながら返された。

 その顔も可愛かったけど、龍之介の実力が正しく評価されないことに少しモヤモヤした。


 それから数年後、俺が高校の受験も終わって中学校最後の数週間を満喫していた頃。龍之介の元へ魔導協会の招待状が届いた。龍之介にこっそり見せてもらったら、学園都市への入場と長期滞在を許可するから魔導学園の総合選抜を受けて魔導士になれと言った内容だった。その上から目線な文体に俺は怒った。どうして今更、理不尽だ。龍之介をなんだと思っているんだ。

「何様のつもりだよ魔導協会って奴らは!」

 そして招待状を龍之介へ返すと、彼は大事そうに胸に抱える。

「ボクは行こうと思う」

「……本気か? でもリュウのお師匠さんが反対してるんじゃ」

「……お師匠さまはボクを子供扱いし過ぎなんだよ。第一向こうから招待状が来たってことは、僕が男だってこともバレてるんでしょ。今更隠しても無駄だよ。

 ……それに試したいんだ。ボク自身の力がどこまで通用するのか」

 夢を帯びてキラキラ光る龍之介の瞳を見ていたら、先ほどまでの怒りも反対する意思も失くしていた。前を向いて進もうとする龍之介は、かわいい上に気高く美しかった。

「リュウなら最強の魔導士になれる」

「ほんとっ? ほんとにそう思う?」

「前見せてもらった火炎魔法マジですごかったじゃん! ぜってー最強だって!」

「えーそんなこと、あるかもっ」

 俺にはそんな龍之介を引き留めることなんてできなかった。


 それから龍之介は師匠と喧嘩したらしい。受験を認めてくれない師匠と軽い口論になり、荷物を纏めて家を飛び出してきたのだ。

「ごめんタクト……」

「遠慮すんなよ、ばか」

 膨らんだリュックを背負った龍之介が俺の家の前で所在なさげに佇んでいたところを見つけて家に招いた。迷惑だとは思わなかったし、龍之介が俺を頼ってくれたことが嬉しかった。

 その日から龍之介は俺の家の使っていない部屋に居候することになった。俺の両親も快く新しい住民を受け入れてくれた。

 途中、龍之介の裸を見るというえっちなハプニングもあったが、当然龍之介は男で息子もついていた。だけど恥ずかしがって体を隠すから俺まで恥ずかしくなってきた。

 なんとも言えない雰囲気のまま数日を過ごし、ついに総合選抜の日がやってくる。学園都市内に試験会場があるので、受験票を持ってバスに乗り学園都市に入るのだ。

 指定された場所に行くと、一目で学園都市行きだとわかる宙に浮くバスがもう駐車していた。

「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、頑張れよ」

 これでもうお別れなのだと思うと、辛い。学園都市の住民が外に出てくることは魔道士の出撃以外ほとんどない。だからこれが生涯の別れになるかもしれない。

 でも龍之介の未来を思えばこれでいいんだと必死に涙を堪える。長く喋ると泣いてしまいそうだから別れの言葉は簡潔だった。


 龍之介を見送った帰り道、ペストマスクのようなものを被り黒いマントで全身を覆った大柄の男が道のど真ん中に佇んでいた。明らかにヤバそうなのできた道を引き返そうとすると、男が小走りに俺を追い越して行手を阻む。

「こんにちは」

 見た目に反して可愛らしい声がマスク越しに聞こえた。それに驚いてつい足を止めてしまう。

 次の瞬間には首筋に熱い金属のような何か、バチッと音がしたので多分スタンガンを当てられていた。血管に針が混入して全身を一瞬で駆け巡ったような痛みに襲われる。筆舌し難い絶痛の中、俺は意識を手放した。



 目が覚めると、俺は学園都市の中にいた。


 俺が目覚め、今現在も閉じ込められているこの建物はマジカル・アカデミアという私塾が経営する飛雄院という男性院らしい。目が覚めた時にすぐにやってきた長髪の男が教えてくれた。

 男性院とは何か。女しか入れない学園都市になんで男がいるのか。俺はどうなってしまったのか。

「君に危害を加えたりしないよ。他のことも順に勉強していこうか」

 院長と名乗る男はそう答えた。


 それから一ヶ月が経った。

 長かった。今まで何度も脱出を試みたが、全ての窓には鉄格子が付けられていて、至る所に監視カメラが設置されている。まるで牢獄だった。

 この飛雄院とはいろいろな訳あって学園都市にいる男性を保護する施設なのだそうだ。少なくとも建前上は。子供から老人まで数多くの男が住んでいるが、特に若い世代の比率が高い。そして女は一切見かけていない。

 子供たちに混じって院長先生の授業を受ける。男としての生き方。男らしい作法。男らしい体づくり。朝は6時半に起きて就寝は22時半。ネットゲーム漫画なし。

 ……正直言って結構辛かった。院長先生の授業はスパルタだし、周りの大人たちはなぜか筋肉ムキムキのゴリラが多いし、子供は9割9分悪ガキだ。それでいて余所者の俺は軽い無視や陰口などのいじめを受ける。一日三回提供される料理が数が多くて美味しいことが救いだった。


 一人でプレートに盛り付けられたご飯を食べながら龍之介のことを考える。一ヶ月も経つと自分がなぜここに誘拐されたのかも大体呑み込めてきた。

 学園都市にとって一番困るのは魔導士の反乱なのだ。特に学園都市の外で生まれた魔導士はいざという時、学園都市よりも故郷を優先するかもしれない。

 つまり俺は龍之介に対する人質として攫われたのだ。

 自分が情けなかった。龍之介の背中を押したくせに足を引っ張る結果になってしまった自分が。そしてそれ以上に、学園都市に対する不信感が湧き出てくる。

 男性院の存在もそれに拍車をかけた。人質である俺はやらなくていいが、それ以外のみんなはたまに『お店』に呼ばれることがある。その日は精一杯着飾って練習した口上や芸・スキルを披露する。成功すればお客様に貰われるのだとか。

 端的に言えば、男性院とは人権を持たずほぼペット同様に扱われる奴隷を養成するための場所なのだ。

 魔力を持たない男をこの建物の中に閉じ込めて、特殊な価値観を植え付けて、女の奴隷になれることを誉れとする。これではペットショップのペットじゃないか。

 まあそれに不平不満を漏らす人は今のところ見つけられていない。みんなおかしいとも思っていない。子供から若い男は自分がいつか女性に選ばれて奴隷として出荷される日を待ち望んでいる。だから一度もお店に呼ばれない俺は蔑視に晒されていた。


続く?

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