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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第五章 『小学校の七不思議』 斎藤風樹
38/40

37 弾む生首と人形の完成

 

 六つ目、『体育館で弾む生首』

 校舎から直接通路で繋がっている体育館からはドンドンとボールを打ち付けているような音が溢れる。

 今までの私なら音を聞いた時点で恐怖に思考を塗りつぶされ、死にたい死んでしまうと言っていたかもしれない。だけど陽毬と愛を確かめ合ったあたしにもはや敵はないのだ。


 鉄製の重いドアを少し引いて隙間から中を覗くと、点滅する小さな照明のついた薄暗く広い空間で、100は超える子供の生首がバスケットボールのようにバウンドしていた。異様な光景に背筋が凍り、お互い繋いだ手を堅く握る。

 注意深く観察すると、生首の群れに混ざる小さな塊を見つけることができた。


「見つけた」

「あれが人形の頭かな」

「どうやって取ろう」

「正面から行っちゃダメなの?」

「人の頭ってだいたい5キロぐらいだけど、5キロのダンベルを何十個も投げつけられると考えたらちょっと痛いじゃ済まないと思う。それだけの重さのものを弾ませるエネルギーも怖いし」

 自分の口から出たエネルギーという言葉に引っ掛かりを感じる。あたしたちが今体験しているこれが超自然的な心霊現象ではなく壮大なドッキリだとしたら。売れない配信者とか常識の欠落した魔女とかG級のクソとかが幻覚をかけているとしたら。そんな可能性もあるのかも……


「たしかに。ふーちゃんは頭いいね」

 馬鹿みたいな妄想をしていたから陽毬の不意打ちをまともに食らってしまった。陽毬に褒められることでぼろぼろの自尊心を慰めていたかつての自分が悲鳴をあげる。

「んん゛っ! まあ子どもの頭っぽいしもっと軽いと思うから、正面突破もできなくはないと思うけど」

「じゃあ陽毬が囮になるよ」

 思わず陽毬の方を見る。陽光を帯びた瞳と目があった。

「陽毬防御魔法とか得意だったし、少しの間だけなら身を守ることもできると思う」

「……わかった。信じるから」

「うん。信じて」

 信じてと言われたら、もうあたしは信じるしかない。そう言って彼女は花のように微笑んだ。


「こーんにっちはー!!!!!!」

 体育館に元気な陽毬の声が響く。全ての生首の視線が陽毬に集まり彼女は一瞬硬直するも、すぐに両手を上げてできる限り自分を目立たせた。


 オ゛オ゛オぉオォォォオ゛ッ!!!


 生首たちのおどろおどろしい低い声が重なり、全員陽毬の方へと跳ねていく。その中で人形の頭だけ我関せずといった風にその場を跳ね続けていた。

 今すぐ陽毬のそばへ駆け寄りたい衝動を抑えて、あたしは人形の頭へと走り、それを鷲掴む。


 キャアアアアアァァァァァ!!!


 人形の頭がバイブのように震え、沸騰したケトルのような叫び声をあげる。思わず手を離しそうになる衝動を耐えて陽毬の方を見ると、全ての生首があたしに向き直り顔に怒りを張り付けて迫ってきていた。


「ふーちゃん!」

「陽毬!」


 あたしたちは一瞬目を合わせると、揃って出口の方へ駆け出した。後ろからいくつもの生首が飛び跳ねてくるも、命中精度は高くないらしく右へ左へと軌道が逸れている。

 そのうちの一つがあたしの進行方向に回り込む。半分だらっと飛び出した目玉、力なく突き出された傷だらけの舌、歯のない血だらけの歯茎、何度も床に打ち付けられて潰れた鼻、あざだらけの皮膚、大きく凹んだおでこ、乱雑に乱れる髪、そして飛び散る血液があたしを怯ませる。


 怖い……でも、大丈夫、、、だってあたしは陽毬と結婚する女だぞ!!


 まっすぐ前に突き出した拳が生首の正中にクリーンヒットする。生首はオ゛ゥと声を漏らし体育館の隅に転がっていった。


 前を見るとすでに陽毬が出口の奥に立って、いつでもドアを閉められるように構えている。あたしは滑り込むようにして外に出ると、陽毬と一緒にドアを閉めた。


 生首が鉄のドアにぶつかる音がガンガンと響き、振動が離れたところまで伝わってくる。達成感と安心感がドクドクうるさい心臓の鼓動と混ざる。額の汗を拭って陽毬と顔を合わせると、お互い何も言わずに抱き合った。私の手にはしっかりと人形の頭が握り締められていた。



 体育館からかなり移動して、あの時の踊り場の大鏡にもう一度やってきた。少し緊張しながらも正面から鏡を見る。

 フクロウとドクロの死神も、肉を食い破る蟻も、飛び降りた自分も映ることはなく、鏡の中にはただのあたしと陽毬がいるだけだった。

 大鏡は真ん中に蜘蛛の巣のようなヒビが入っていて、少し調べてみると奥に何かを隠せそうな小さな空間があり、そこに人形の足が隠されていた。


「これで揃ったかな」

 頭と胴体に両手足。集めろと言われたパーツは全て集まった。あとはすぐ近くにある保健室に持っていけばいいのだろう。


 陽毬と手を握りその場を離れようとした際、何かに後ろ髪を引かれて鏡を振り返った。

 そういえばあの人はどうなってしまったんだろう。四阿に落ちてきたあの人は本当に未来のあたしだったのだろうか。

『吉久舞』さんとお友達は結局どうなったんだろう。無事に帰れたのだろうか。


「ふーちゃん、何か気になるところでもあった?」

「いや、ちょっと」

「……今は、陽毬とふーちゃんのことだけを考えよう」


 陽毬はあたしの心を見通しているかのようにそう告げた。手を握る力が強くなったから、あたしも強く握り返した。



 保健室には相変わらず光が灯っていたが、奥のベッドには誰もいなかった。念のため布団を押してみるも、なんの抵抗もなく潰れ誰もいないことがわかる。ベッドの下やシャワー室も軽く見てみたけど、どこにもいない。


「タクトちゃん、いるー?」

「お姉ちゃんたち!」

 陽毬がそう呼ぶと薬品棚の下の収納扉がガチャっと開き、タクトが転がるように飛び出てきた。


「タクトちゃん!? そんなところにいたの」

「ついさっきまであの首の長い女がいたんだ!」

「わっ」


 タクトは怯えるように肩を震わせながら猿のように跳ねて陽毬に抱きつく。慌ててこのオスを引き剥がして陽毬を守るため前に立った。

「あんた、あたしの陽毬に何してんだ!」

「だって! 俺怖くて!」

「知るか!!」

 思わずタクト相手に大声をあげる。手を出さなかったことは褒めて欲しい。


「まあまあ、まだ子どもだし……きゃっ」

 あたしは困ったような声を出す陽毬に向き直ると手首を掴み、顔を近づける。


「陽毬も、あたし以外に触らせないで。あたしは陽毬だけだから、陽毬もあたしだけを見て」

「は、はぁぃ……」

 陽毬は酔った時のように顔を赤らめてそう返事する。手を離すと「きゃあぁぁっ」と頬を両手で押さえて愛らしく固まっていた。


 ……はっ! あたしはなんてことを!


「ご、ごめん陽毬っ。抑えきれなくて……痛くない?」

「きゃああっ!! それもいい、ふーちゃんそれもいいの!!」

 陽毬は謎に興奮して極まった声を出す。みたことのない陽毬のテンションにあたしは彼女が落ち着くまでずっと狼狽えていた。



「くーちゃんは悪い人じゃないんだよ」

「首の長い女を信じちゃダメ! あれは俺も知らない怪物で本当に怖いんだから」

 首長さんを擁護する陽毬に対して、タクトは強情に首長さんを拒絶する。確かにあの見た目と声は怖がらずにはいられないけど、怪しさで言えばあんたもどっこいどっこいだぞ。

「はいはい、これがあんたのお人形さんね」

 あたしは本来の目的だった人形のパーツを全部まとめてタクトに押し付けた。


 彼は手のひらのそれをじっと見つめると机の引き出しを勝手に開けてシンプルな裁縫セットを取り出し、あっという間に五体と胴体をくっ付けた。

「すごーい! お人形さん直っちゃった!」

「えへへ、俺こういうの得意なんだ」

 素直に感心する。完成した人形は特に不気味なところもなく、恐怖を煽る加工もない。体育館ではひとりでに跳ねたり叫んだりしたくせに、今見ると本当になんの変哲もない布人形にしか見えない。


「それじゃあ、この小学校から脱出するために最後の七不思議のところへ行こうか」

 彼は完成した人形を胸に抱きしめ、怪しい笑顔でそう言った。


続く?

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