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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第五章 『小学校の七不思議』 斎藤風樹
34/40

33 束の間の回顧

 

 司書室へ続くドアは鍵がかかっていた。ドアの窓ガラスから司書室に電気がついていることがわかる。中には誰もいなさそうだ。

「首長さんなら魔法で開けられないかな」

「あの人魔法使えるの!?」

「うん。首長さんがこれも魔法で直してくれたんだよ」

 陽毬は足を上げてハイヒールを見せる。折れたはずのヒールは綺麗にくっついていた。


「呼んでくるね」

 陽毬は駆け足で首長さんの元へ行き、彼女を連れて戻ってくる。首長さんがドアノブに手をかざすとガチャっと音がしてドアが開いた。

 魔法が使えると言うことはこの時代の魔導士なのか? 首長さんとは一体。

 頭を悩ませながら司書室に入る。カビとインクの匂いが中から漂って来た。積み重ねられた本と紙の資料、作りかけの紹介文やポップ、丸められた図書室だよりやポスター、キャラクターのパネルや寄贈と書かれた段ボール箱、カーディガンのかけられた椅子の前にあるデスクトップPCや固定電話、冷蔵庫や電子コンロ、頑丈そうな金庫など。普段入ることのできない、みてはいけない部分を見ているようで少し興奮する。


 結論から話すと、たいした成果は得られなかった。PCはパスワードがわからないため見ることができず、金庫も番号と鍵がないため開けられなかった。

「ふーちゃん! お酒だよお酒! なんか高そうなお酒!」

 唯一の発見といえば、陽毬が冷蔵庫からワインを見つけてきたことぐらいか。Chateauなんちゃらと大きく書かれたラベルの文字は全てアルファベットで、今はもう手に入らない外国産のものだとわかる。詳しくないけど貴重なものだと思う。


 陽毬は見つけたグラスにワインを注ぎ

「はい、ふーちゃんの!」

 とあたしに差し出した。あたしはワインはあまり好きじゃないけど、陽毬がくれたものを拒否するわけにもいかない。って言うかなに自然に飲もうとしてるのこの子。

 陽毬は首長さんにもワインの入ったグラスを差し出すと、自分のグラスを掲げて大きく「かんぱーい!」と叫んだ。

 陽毬は大のお酒好きだ。常にアルコールが回っているからあんなに明るいのかもしれない。子供の頃から太陽のような明るさは健在だったから違うか。陽毬と同化するためにあたしもワインに口をつけた。



 酔った。重たい液体が熱を発してお腹が熱い。重心がはるか上にあってクラクラする。そんなに飲んでいないのに。

「えへへ〜! ふーちゃんふーちゃん!」

 陽毬が引っ付く。暖かくて幸せだ。彼女はもう一口ワインを煽ると、私に頬を擦り寄せる。

「ふーちゃん昔ヴァイオリンやってたよね。陽毬ね、全部覚えてるんだよ」

 たしかにあたしは初等部に上がる前の保育院で分数ヴァイオリン(子供用のヴァイオリン)を引いていた思い出がある。4歳ぐらいの話だ。

 音楽に力を入れたところだったからいろんな楽器に触らされた。その中で私はヴァイオリンが大好きでよく弾いてたけど、先生たちからあまりいい顔はされなかったな。へたくそだったんだ。


 そういえばあの頃は陽毬とよく一緒に遊んでた。いつも一緒にいて、院の中でも一番の仲良しコンビだった気がする。あたしが陽毬をひーちゃんって呼んだら、ひまりもあたしをふーちゃんって呼んでくれて嬉しかった。

 陽毬のピアノの才能が明らかになるとコンビは解消しちゃったけど。

 差がありすぎて辛い。褒められて見るからに特別扱いされる陽毬と、見向きもされないあたし。寝る前にふと思い出す、あの時の陽毬の笑顔。死にたい。

 比べられるのが嫌だったからあたしはヴァイオリンの弓を捨てて画筆を取ったのだ。


「陽毬ふーちゃんの大好きだったの!」

 不意にドキッとした。すぐにあたしのヴァイオリンのことだと理解する。

「……あたしのヴァイオリンが?」

「うん! 今も続けていてくれたら、ピアノとヴァイオリンでアンサンブル(二重奏)もできたんだけどなぁ」

 この子は煽りでもなんでもなく、本当に本心からこういうことを言う。純粋なんだ。かわいい。どうかそのままの陽毬でいて。


「でもそうなるとふーちゃんは絵を描かないのかな。なんかそれは、嫌だなぁ。ふーちゃんの絵も大好きだから」

「……あんな絵を褒めてくれるの、陽毬だけだよ」

「みんな目も耳も節穴なんだよ。ふーちゃんのことを認めてるのは陽毬だけ。ふふっ、それもそれでなんか嬉しい」

 火照った陽毬の頬に手を当てる。暖かくて柔らかい。陽毬は私をみると花が咲くように笑った。

「……ねえ、陽毬はなんであたしの絵を褒めてくれるの?」

 ずっと思っていた疑問が口からこぼれる。それを聞かれた陽毬は少しキョトンとした後で、懐かしい思い出を思い出すように遠くを見つめた。



「陽毬さ、ずっと死にたいって思ってたの」

「……え?」



 想像だにしていなかった答えが陽毬の口から放たれた。


「子供の頃の話ね。毎朝毎晩春からまた春までずっと年中無休でレッスンレッスンレッスンレッスン。でもみんなが期待してるから、陽毬のピアノで笑顔になってくれるから頑張らなきゃって思って頑張ってたの。でもそんなある日、院の新米職員のお姉さんに先輩たちには内緒だぞって遊びに連れて行ってもらったら階段から落ちたの」

「ちょっと待って! そんなの聞いてない」

「みんなが隠したから。なんかイメージダウンになるって。怪我は保健センターの人の魔法で治ったんだけど、先生とか院の職員さんたちにめちゃくちゃ怒られちゃって


 《何を考えているんだ! このバカ! また首輪をつけられたいのか!》

 《あなたは学園都市で一番のピアニストになるの。私たちの希望なのよ。もっと自分を大切にしてちょうだい》

 《だからピアノを弾く以外のことはさせちゃダメなんだ。ちゃんと反省してる?》


 保健センターの個室の床には陽毬を遊びに連れて行ってくれたお姉さんがずっと土下座してたの。ずっとずっと、ごめんなさいごめんなさいって私に向かって頭を下げてた。陽毬が、新米なら隙があるかもって、遊びに連れてってってお願いしたのに。

 それからなんか、何もかもがどうでもよくなっちゃって。なんのためにピアノを弾いているのか、生きてる価値とか、わかんなくなっちゃって」


 あたしの知らない陽毬の過去に、それをなんてことない失敗談のように明るい口調で話す陽毬に、自分が何を考えているのかわからなくなる。ごちゃごちゃの感情が溢れて死への欲動が静かに、動き始める。

「なら」


 一緒に死のう


 出かけた言葉を飲み戻す。だって陽毬の瞳は、何も変わらず太陽のように輝いていた。


「結局首輪はやめになったけど、ずっと魔力を吸われる継続式の防護用魔導具を付けさせられた。ずっと監視されて、ピアノを弾くだけの機械にされて。みんな陽毬のピアノを聴いて陽毬のことを見ているようで、陽毬じゃない誰かを見てた」


「それが日常になって数年経った時にたまたまふーちゃんの絵を見たの。一目見ただけでこれ私のことだって思った。どす黒くて硬くて怖さを掻き立てて、でも触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で柔らかくて本当は死ぬほど弱い。魂がビリビリした。誰が描いたんだろって製作者を見たらふーちゃんの名前が載ってて、すぐそこに久しぶりのふーちゃんがいた」

 陽毬は私に腕を絡め抱きつく。

「運命だってわかったよ。ふーちゃんが陽毬を救ってくれるんだって」

 あたしは何も言えなかった。だってそれは、あたしが陽毬に対して思っていたことだったから。


「あー! 首長さん飲んでない!」

 陽毬はあたしの肩に顎をおいてそう呟く。首長さんは口をつけていないグラスを持ってその場に立ち尽くしていた。

「あははははっ! 首長さん! あたしたちは未来から来たんだよ! へへへあはははっ!」

 あたしは酔っ払って腰に絡みつく陽毬を意識の隅に置き、首長さんに話しかける


「あの、陽毬は勝手に首長さんって呼んでますけど、あなた名前はなんですか?」

「……お母さん。私はお母さんですよ。嫌なお母さんでごめんね。自分の記憶と人格が分解され役割に再統合される歪なキメラが社会と言う人体実験によって生まれました。時間の残酷性と不可逆性が漏斗に流されるミルクのように私を蓄積された地獄へと誘います。死ぬことすら許されない」

 相変わらず話を聞いているのか聞いていないのかわからない答えが返ってきた。


「えへ、へへへっ……! じゃあ首長さんは今日からくーちゃんね! くーちゃん!」

 陽毬の何気ない言葉は、あたしの心に傷をつけた。その呼び方は、そう言うあだ名は、陽毬にとってあたしたちだけの特別なものじゃないんだね。

 こんなことを思うあたしが醜い。


「……くーちゃん」

 首長さんはボソッと、あの耳の周りを飛び交う虫の羽音のような声ではない普通の声でそうこぼした。

「うん、くーちゃん!」

「……ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 首長さんは不気味な笑い声を響かせると、ワインを一気に飲み干した。


 ガチャっと何かの鍵が外れる音がして、気がつくと首長さんはいなくなっていた。司書室を探ると金庫の鍵が開いてあり、中に大きなハサミと二枚のお花のアップリケが入っていた。

「何これかわいー!! ワッペン? アップリケ? でもただのアップリケじゃない。こっちのハサミもなんらかの術式が付与されてる!」

 陽毬がそれらを手に取って調べ、そのうちアップリケを一枚あたしに渡してきた。


「はい、ふーちゃんの分」

「なにこれ。それに勝手に取ってっていいの」

「くーちゃんからの贈り物だよ。きっとね!」

 陽毬はアップリケをドレスの胸に貼り付ける。私も真似をしてみると、アップリケは磁石のように張り付いた。そういえば、陽毬も昔はこんなアップリケをつけてたっけ。


「大丈夫ふーちゃん。歩けそう?」

「……酔いも覚めちゃった」

 一杯しか飲んでいないあたしよりたくさん飲んでいた陽毬の方が酔いやすいはずなのに、お酒の強さが二人の立場を逆転させる。

 しばらく休んでから、あたしたちは図工室へ向けて出発した。


 その間もずっと、陽毬のことが頭をぐるぐる回っていた。


続く?

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