30 秋家タクトと七不思議
「ほーらふるふる〜。お姉ちゃん魔法が使えるんだよ」
陽毬は周囲を漂う光球を操り、タクトの前で揺らす。
「すごい……」
彼はそうぽつりとこぼし、少し目に生気を取り戻した。陽毬は彼をあやしながら質問する。
「タクトちゃん。タクトちゃんはずっとここにいたの? お姉ちゃんに教えてくれる?」
タクトはふるふると首を振る。そしてか細い声で話し始めた。
「俺、あいつから逃げてきたんだ」
「あいつ?」
「あの、デカくて……首の長い女……あんなの知らないっ!」
そういうと卓人は再び震え出す。
「落ち着いて。ここにあの人はいないから」
陽毬は彼を手を取ると両手で包み込むようにして温める。陽毬が男に触っている。落ち着かせるための行動だってわかってるけど、心が拒絶している。本当にやめて。辛いから。死にたい。
陽毬の努力もあってタクトは次第に落ち着きを取り戻していった。彼の手は何かを探して布団の上を探る。しかし探しものが見つからなかったのか、がっかりと肩を落とす。
「……俺のお人形さん、取られちゃった」
彼はぽつりとそんなことを呟いた。
「お人形さん取られちゃったの?」
「うん」
「首の長い女の人に?」
「違う。学校の七不思議に。お人形さんがないと外に出られない」
言葉の意味がわからない。しかし陽毬には思い当たる節があったようだ。意味深に「ななふしぎ……」と呟く。
「何かわかる?」
「陽毬オカルト研究会のお友達がいるんだけどね、なんかその子が言ってた気がするの。『小学校の七不思議』って怖い話」
あたしの知らない陽毬の友達。針を飲み込んでしまったかのような痛みが胸を刺す。迫り上がった声を必死に抑える。
「……へえ、どんな話」
「えっとね、昔あった小学校ってところに閉じ込められるの。あっ、小学校ってのは学園の初等部みたいなところで、なんか昔はそんな学校がたくさんあったんだって。それで七不思議っていう7人のお化けからバラバラの人形を集めて、それをなんかすれば外に出られるって話だったと思う」
「なんかって?」
「覚えてないよぉ」
陽毬はふるふると首を振る。かわいい。
「お人形を七つ目の口に落とすと帰れるんだ」
タクトが得意げに口を挟む。
「なんでそんなこと知ってるの」
あたしは疑いの目をタクトへ向ける。
「実は俺、こういう怖い話が大好きでみんなから噂を集めてたんだ」
そういうとタクトは勝手に解説を始めた。
一つ目、トイレの花子さん。
三階の3番目のトイレのドアを3回ノックして「花子さん、あっそびっましょー」と3回言うと、花子さんが出てくる。花子さんに見られてしまったら死んじゃうから、絶対に見られないようにすぐ逃げること。
人形の胴体は花子さんが持ってる。
二つ目、妖怪テケテケ。
その女の子は昔踏切で事故に遭って、上半身と下半身が切断されてしまった。それ以来上半身だけになっちゃって、ずっと自分の足を探している。テケテケに見つかったら、腕だけでテケテケって走ってきて足を取られちゃうから気をつけること。
人形の右足はテケテケが持ってる。
三つ目、踊り場の大鏡。
階段の踊り場にある古い大鏡。夜の4時44分にあそこの鏡を見ると、自分の死ぬときの顔が見える。もし映る顔が変わらなかったら要注意。だってそれは、近いうちに死んじゃうってことだから。
鏡の中に人形の左足が隠されている。
四つ目、図工室の絵画。
うちの図工室にはたくさんの絵が飾ってある。夜になると絵の中の人がバリバリって抜け出して、学校を徘徊しているんだ。自分が絵の中の人間だってバレたら、知ってしまった人を絵の中に引き摺り込む。夜の学校で人にあっても、横に回っちゃダメだよ。絵の中の人は、ぺらぺらだから。
絵の中に人形の右手が隠されている。
五つ目、ひとりでに鳴るピアノ。
音楽室にある大きなピアノ。ある日の夜、学校に忘れ物を取りに来ていた子がピアノの音を聞いてしまったらしくて。誰かいるのかと思って音楽室に入ったら、急に演奏が止まって、中には誰もいなかったんだって。
演奏を最後まで聴くと上から人形の左手が落ちてくる。
六つ目、体育館で弾む生首。
うちの学校の体育館は古いからよくギイギイ音がする。でもその夜はどう聞いてもボールをバウンドさせる音が響いてて、体育の先生が勝手に生徒が入ったんだと思ってドアを開けたら、生首がボールみたいにドンっドンっって弾んでいたんだ。体育の先生が悲鳴を上げたら、生首たちは一斉に先生の方を向いて襲いかかった。その時から先生は心の病気で入院しているんだ。
生首に紛れて、人形の頭が弾んでいる。
そして七つ目、校庭に映る大きな顔。
他の六つの不思議を回って人形を完成させると、校庭に大きな男の顔が映る。そいつは口を開いてニタニタと不気味に笑っているから、そいつの顔に人形を投げ込めば夜の小学校から抜け出せる。
これが小学校の七不思議だよ。
「へぇ! 物知りさんだね!」
「えへへ!」
タクトは陽毬みたいな可愛い女の子に褒められてにやけ面を作る。よかったね。しかしすぐにトークダウンしておずおずと上目遣いになる。イラつく。
「少し前に知らない子から、本物の七不思議に使われたっていうお人形さんを貰ったから肌身離さず一緒にいたんだけど、あの首の長い女が俺のお人形さんを奪って、バラバラにしちゃったんだ。そしたら小学校がおかしくなって……、多分七不思議の世界に取り込まれたんだ。お願いお姉ちゃんたち。俺のお人形さんを七不思議から取り返して!」
「なんであたしたちが? あんたがやれよ」
反射的にそう叫んでいた。あたしの理性的な部分がびっくりしている。それなのに感情が勝手に黒いもやもやとした気持ちで内心を荒らし回る。
このマンスプオスガキが。一方的に捲し立てられて何もわかんないんだけど。こんな意味不明の状況で急に解説始めるやつは怪しいって相場が決まってんだよ死ね。
陽毬のおべっかで調子に乗るな。陽毬はあんたのこと内心気持ち悪いって思ってるからな。
……
思うはずないだろう……っ! 太陽のように誰にでも分け隔てなく優しい陽毬がっ! そんなこと……ッ!!
心が汚れた私のような人間は死んでしまえと常々思っている。でもそれとは別にこいつはイラつく。死ね。
死んでしまえ。
死にたい。
「俺はあの首の長い女が怖いんだ。あいつにあったら殺される。でもお姉ちゃんたちなら大丈夫な気がする」
タクトは訳のわからない理屈を呈する。どうしてもあたしたちに人形集めをやらせたいらしい。
「はぁ? 意味わ──」
「わかった! お姉ちゃんたちに任せといて!」
タクトの懇願を拒絶するあたしの声を陽毬が遮った。
「ありがとう! お人形さんのパーツは俺がくっつけることができるから、手に入れたら俺のところに持ってきてね!」
「じゃあ早速探しに行ってみるね!」
そう言って陽毬をあたしを引っ張りスタスタと保健室を出てしまった。
「ちょっと陽毬? なんであんなこと──」
言葉は途切れる。陽毬があたしにしがみつき、胸に顔を埋めたから。
陽毬の体の震えが、恐怖が、焦りが、魂まで伝わる。
光球のいくつかがチカチカと瞬いて消滅する。その数は最初よりもかなり少なくなっており、廊下がいっそう暗く見える。
「……ふーちゃん」
「陽毬……」
陽毬は頬が紅潮した蒼白な顔で私をみる。その目尻には大粒の涙が溜まって今にもこぼれ落ちそうだった。陽毬は頑張って前を向いていたのに、あたしはそれを邪魔したんだ。そう解釈できてしまった。
また失敗した。陽毬の足を引っ張った。最低だなあたし、最低のことしかしていない。死にたい。こう思うことすら迷惑だろうに。
「ふーちゃん……陽毬もう限界なの……」
「ごめん。あたしちゃんと気を使えなくて……」
陽毬はふるふると頭を振って、絞り出すように声を出す。
「漏れそう……トイレ……っ」
あたしは反射的に彼女の手を引いて、近くのトイレを探した。
続く?
人形の部位をちょっと修正しました。