23 G級 危険
舞い散ったビラを拾っていたら、ピアスの怖い女の人にぶつかってしまった。背が高く、露出した腕にタトゥーが入っている。今はないはずのタマがヒュンと締め付けられる。あっやばいボク死ぬ。
しかし女の人はすぐに口調を和らげ、目元も穏やかになる。
「んー、新入生か。ごめんね、驚いちゃって」
「あ、いえ」
「内部生? 外部生?」
「外部生です」
「そーかそーか。じゃあせっかくだし一服してく?」
「え?」
女の人は懐から慣れた手つきで紙巻きタバコを取り出すと、強引にボクの口に差し込んだ。
「っ!!?」
「動くと危ないぞ」
女の人は指先に着火術式で火をつけてボクの目の前にかざす。熱が汗の流れる頬を炙る。痛いのに目が離せない。彼女は粘度の高い笑みを浮かべてわざと八の字を書くように火を見せびらかしボクの反応を楽しんだ後、やっとタバコに火をつけようと指先を近づける。
後もう少しというところで、誰かがボクに差し込まれたタバコを掴んで取り上げた。
「ん?」
「ぷはっ、ありがとうございます……」
ボクを助けてくれた人はボクを見ずにピアスの人を睨みつける。その顔には見覚えがあった。確か桜花に絡んでいた変なサークルの人だ。確か光という名前だったか。
「バスケ部はまたいじめ? カンナビノイドで脳まで溶けたの?」
「あ゛?」
光はタバコを地面に投げ捨て踏み潰す。
「こんなものを吸っているからバカになるのよ。自分で考えることもできない奴隷になっちゃうのよ」
「……エセナチ戦線様が久しぶりじゃん」
「人類解放戦線です。もっとももうあなたたちには私たちの崇高な理念とか理解できないですよねすみません」
「それは立派ですねはやくアタシの知らないところで勝手に戦争して勝手に死んでてくださいよぉお」
二人は火花を散らして睨み合う。いつのまにか周囲には二人が属しているグループらしき二つの集団が集まっていた。
「またバスケ部だよ。タバコ臭い。タバコサークルに改名すれば?」
「社会の癌。腐ったリンゴ。死ねばいいのに」
「やめなよ。関わると汚れちゃうよ」
と一方が罵れば
「相変わらずイカレてンな。あとジョイントとタバコは違げーし」
「人殺し予備軍どもが」
「今ここでだいちゅきな戦争ごっこやってみるかぁ?」
ともう一方が言い返す。一触即発のムードが重く空気にのしかかる。
……なに? 今から不良の抗争始まるの? ボクのせいで? 泣くよ?
二つの集団に挟まれたボクは拾ったビラを胸に抱いたままのっぴきならないで突っ立っていた。怖すぎてもう涙がにじんで膝が震えている。
と、そこで後ろから手が伸びて体が誰かに引っ張られる。
「逃げるよ茜」
「も、百華ぁ!!」
桃華はその細い腕でボクの腕を掴み、息を切らしながら必死に走る。なんで来ちゃったのとか、危ないよとか、そんな言葉を跳ね飛ばすぐらい今は百華がとても頼もしく見えた。百華に連れられて集団から抜け出してみると、治安の悪い彼女たちはボクを無視してとても盛り上がっていた。
少し離れた場所で心配げな魔耶と栞が顔を出し様子を伺う。
「大丈夫だった竜崎さん!? 百瀬さんもいきなり飛び込むから驚いちゃったよ!」
「百華のおかげでなんとか……でも何が何だか」
「私が説明するよ。学園都市にあるA級危険集団のことを……」
神妙な面持ちで語る魔耶の話によると、学園都市には近付いてはならない危険な団体が幾つかある。俗にA級危険集団、又はG級(魔導士のランクはF級までなので、侮蔑の意味を込めて)と呼ばれる彼らの中でも、特に危険な集団に今日だけで結構エンカウントしているらしい。
まず、既存の価値観を破壊しホモソ社会によって辱められた尊厳の回復と人間本来の姿への回帰を目指すスピリチュアルサークル『ナチュライ』
次に、非常に高慢で自分勝手で、低ランクの魔導士を人と認識しない特権意識バリバリなのに魔導協会の紐帯付きだから誰も口出しできない最悪エリート集団『三千緑会』
そして今回争っているのは、悪魔に対して攻勢を仕掛けるべきだと主張し、主に部隊(学園都市の外に派遣され日本を守る仕事を行う人たち。高等部以上から任意で所属できる)の魔導士や部隊を除隊された人が集う過激派集団『人類解放戦線』と、
ピアスやタトゥーを好みタバコなどの薬物を嗜む、もともと健全なバスケ部だったのにいつのまにかよからぬ輩に乗っ取られて最大のモクサー(煙モクモクサークル)と化した『バスケ部』の集団だ。知っていたらバスケをやらなかったのにと魔耶は愚痴をこぼした。
他にも男性区の撤廃と男性根絶を願う過激派人権集団や逆に男性解放を訴える人たち、そして生きた人間を人体実験に使っているヘルメスという錬金術師たちや人を殺したのに証拠がないから捕まっていない殺人鬼などいろいろいるらしいけど、できれば誰とも関わりたくない。
魔耶の説明を聞いているうちにいつのまにか野次馬が集まっていた。人混みの隙間から人類解放戦線とバスケ部が暴力沙汰になっているのがわかる。百華が助けてくれなければ、ボクは今頃巻き込まれて死んでいたかもしれない。改めて百華にお礼を言うと、彼女は照れたように顔を伏せた。
「はいどいてー! どいてください! 危ないですからっ!」
人混みを割って同じ腕章をつけた集団が入ってくる。腕章には漢字で風紀委員会と書かれている。異界から出てきた時にもお世話になった彼らは、学園都市において外でいう警察のような立ち位置にいるグループらしい。
「風紀委員会だ! でも……」
「あの人数でG級を相手取るのは難しそうですね」
栞の懸念通り、真っ先に諍いに割って入った風紀委員の人が二つのグループから集中的に狙われて地面に倒れ、慌てて仲間に引きずられている。すでに攻撃系の魔法が多く使われているようで、術式を励起させた時に発生する熾が赤く目立ち始める。そんな彼女たちを前に風紀委員会は周囲を包囲するまでで足踏みをしている。
「わ、人が飛んだ」
「死にはしないでしょうけど、野蛮……」
魔耶と栞は目の前の戦いに集中している。そしてボクと百華もそうだった。だからだろう、いきなり腕を掴まれて百華共々引っ張られたのにまるで抵抗することができなかった。
犯人は魔法を使っているのかすごい力と速さでどんどん進み、ボクは膝を地面に打ち付けて痛みに悶える。涙目になりながら見えた犯人の横顔には見覚えがあった。ずっと入院していて会いに行くことができなかったあの子、覇道桜花だ。患者衣を着た桜花がボクと百華を引っ張っている。
「桜花やめて!」
百華が叫ぶように訴え、建物の裏に回ったところでようやく僕たちを引きずっていた桜花が止まる。ゆっくりと振り返る彼女の顔には静かな怒りが浮かんでいる。
「桜花……」
「あの人たち誰」
「え?」
「今日ずっと仲良さそうに喋ってたあの二人誰!!?」
怒気を滲ませて桜花が叫ぶ。
「だ、誰って……」
ボクは困惑のまま喉に何かがつっかえて何も言えなかった。しかし百華はすぐに困惑から立ち直ると、歯を噛み締め、意を決したような顔で声を絞り出す。
「……新しくできた友達だけど」
「私に内緒で? 私たち親友なのに?!」
桜花の白い肌が魔力の熾にも似た赤に染まる。彼女は今にも泣き出しそうな被害者のようで、同時に犯人を問い詰める警察のような口調で百華に詰め寄る。
百華は恐怖で涙を零しながら目を瞑り、しかししばらく堪えた後にしっかりと桜花の顔を目の中に捉えて、桜花を押し返した。
続く?