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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第四章 『赤ちゃんの泣き声は誰に響く?』 茜屋龍之介/竜崎茜
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20 初めての学園都市

 

「うわ〜っ! 人が多い」

 ボクたちはターミナルホテルを出て大通りを歩いていた。そこではまず人の多さに息を呑む。まるでネットで見た昔の渋谷みたいだ。

 そして当然のように女の人しかいない。どこを見ても男の影はないし、全体的に香水のような臭いが漂っている。一つ一つはいい匂いなのだろうけど、こうも混ざって漂われると咽せそうになる。

 鼻が刺激になれると、本当に女の街に来たんだという実感が遅れてやってきた。


「少子化どこいったのよ」

 ボソッと百華が呟く。たしかに道を歩いている人は若者が多い。魔導学園の学生たちだろうか。

「ここ中央区だし学生も多いでしょ。中央区と東西南北の中央五区以外の郊外区はもっと大人がたくさん住んでいるはずだから」

 聞こえていたのだろう。桜花が髪を靡かせてそう答える。

「桜花は何でそんなに学園都市に詳しいの? 情報は制限されてたのに」

「これくらい調べたらわかるよ。それに学園都市に入った時点でネットのアクセス制限解除されてるし」

「え!? うそっ」

 スマホを取り出して確認すると、たしかに今まで検索しても出てこなかった学園都市や魔導に関する情報が当たり前のように表示されていた。

「もうっ、茜も魔導士なんだからちゃんとしなよ」

「が、頑張ります」

 桜花はボクの頭を撫でる。桜花の方がおそらく年下なのに子供扱いされているみたいで恥ずかしかった。


「第一、魔導士って一般人と比べて若く見えるから見た目通りの年齢とは限らないかもよ?」

「そうなの? 知らなかった」

「も〜また茜はかわいいなぁ! そんなの一般常識でしょ?」

「やめて、撫でないでよ」

「撫でさせてよっ!」

「私先に行くから」

 やめてといってもやめてくれない桜花と若干本気の混じった攻防をしている隙に百華はスタスタと先に行ってしまう。ボクたちは急いで彼女について行った。


 中央区は色とりどりの屋外広告や発光術式のイルミネーションに飾られて光り輝き、さらに高層ビルが途切れると公園と一体化したような街並みが広がり非日常を表す。21世紀初頭で進化が止まった外の街とは全然違う。まるで洗練された近未来のテーマパークを巡っているようだった。たまにスナックやスイーツを販売しているカートが大通りに止まっている。車通りはピークを過ぎたのか少なくなり、いつのまにか車道と歩道の区別も曖昧になっていった。きっと未知の魔導技術が使われているんだ。


 車通りと比例して人の数も少なくなるが、それでも人が多いことに変わりはない。芝生が一面に敷かれた広場では多くの人が座ったりおしゃべりしたりピクニックを楽しんだりと自由気ままに過ごしている。

 道路を塞いで楽器を演奏しながら何か文字の書かれた紙を掲げている集団も見受けられた。噴水の中にあるコスタリカの石球のようなモニュメントにも同じグループであろう人が登りお祭り騒ぎを呈している。僕たちは遠目で見ながら人の流れに従って横を通り過ぎた。


 桜花に案内された先にあった巨大なモールには最新のコスメブランドのお店から古い海外のブランド品を扱っているセレクトショップまでたくさん揃っていた。ボクは全くわからなかったけど、桜花や百華の反応を見ると外でまず見ることのできない光景らしい。

 他にもカラオケにお茶にスポーツにハンバーガーにかわいい雑貨屋さんにアニメのキャラクターグッズがたくさん並んだ一画まで多種多様なお店がある。飲食店も様々な種類があって、ここが日本の中心地なのだと実感できた。

 一番印象的だったのはタバコの専門店が当たり前に営業していたことだ。学園都市ではタバコや水タバコなどのお店がアロマショップと同じように扱われているらしい。

 独特な甘い匂いが離れていても漂ってくる。桜花もこれは知らなかったようで、怪訝な顔を向けていた。

「桜花でも知らないことあるんだ」

「もう、桜花さんをなんだと思ってるの? 茜は純粋だなー」

 そういってまた頭を撫でられた。


 散々回ってお昼を少し過ぎた頃、いい加減休憩しよって話になり、ドーナツとタピオカを買ってオープンテラス席に座る。因みに学園都市も流通貨幣は日本円だ。ボクの手持ちのお金は貯めていたお小遣いとタクトの家族から餞別としてもらったものがある。魔導士としてお給料を貰うようになるまでこれがボクの全財産なので無駄遣いはできない。

「夕飯どうする?」

「ホテルに帰れば用意されてると思うけど、せっかくだし外で食べたいよね」

「お金ないよ」

「少しなら桜花さんが出すからけんちゃなよだよ」

 百華に桜花が絡んでいるところを見つつドーナツを食べる。外はカリカリで中はふわふわ。一口だけで口の中に幸せが広がる。

 と感動していたらあっという間に食べ切ってしまった。禁断のスイーツとはこういうものを言うのだろうか。知ってしまったらもう他のドーナツには満足できなくなるほどのレベルだ。

 大人しくタピオカを飲みながらもう一つ買いに行くか検討していたら、ふと二人のドーナツが目に入る。百華はあともう少しで食べ終わるにもかかわらず、桜花は一口だけかじってドーナツを放置していた。

「桜花食べないの?」

「ん? あー脂っこいの苦手なの。こういうのいつも一口だけ食べて捨てちゃうな」

 こんなに美味しいのに食べられないなんて、ドーナツが少し可哀想になる。

「じゃあボクが食べていい?」

「……いいよ! タピオカも飲んでいいよ。ほら、もっと食べなっ」

 恐る恐る伺いを立てると、桜花は快くドーナツを差し出してきた。

「ありがとう桜花」

「仕方ないなぁ茜は」

 桜花はボクに慈しみの目を向ける。ボクは食い意地張ってるって思われていないか少し心配になりながらも、食欲に負けて結局全部食べ切ったのだった。


「ちょっとトイレ行ってくるね」

「んー、いいよ」

 桜花たちから離れて標識を頼りに公衆トイレへと向かう。当たり前のことだけど男女が立ち並ぶピクトグラムは存在せず、帽子を被ったスカートの女性のマークがTOILETの文字の横についていた。

 そっか、学園都市って女子トイレしかないんだ。

 考えが及ばなかった現実を前に一度足を止めてしまう。独特な芳香のするその入り口は誰にでも解放されていて、ボクが一歩踏み進めれば簡単に入れてしまう。男は決して入ることのできない不可侵の領域。それを前にしてボクはタクトの家のインターホンを押す以上に緊張してしまった。


「どうかしたの?」

「いいいいえ!? なんでもっ!」


 入り口で立ち止まっていたのを不審に思われたのだろう。綺麗な女の人に話しかけられ、ボクは勢い勇んで中に入った。

 勇気を持って中に入ると、鏡に向かう女の人たちがまず目に飛び込んでくる。メイク直しや、なぜか歯磨きをしていたり。独特な芳香剤の香りに混ざる生臭さで女子トイレに自分が入っているのだとわからせられ、緊張が走る。いけないことをしているような気がしてドキドキする。

 たしかに今のボクは女の子の体になっているけど、中身は男だからダメなことに変わりはないんじゃ……でも他にトイレないし多目的もなかったし……


 ふと、違和感に気づく。鏡に自分が写っていないのだ。


 ボクがいる位置にはボーイッシュな格好の女の子が、鏡に向かって間抜け面を晒していた。

 知らない人間だった。

 鏡に写る彼女を見た途端、名状し難い違和感が胸から喉に迫り上がる。

「あ……いや……、いやだ……っ。違う。これは……ッ」


 その時なぜか、自分の中のスイッチが落ちてしまったように感情の高まりが萎む。自分の肉体が変わったことがスッと胸に落ちる。何にも引っ掛からなかったことが逆に不気味で、そのすんなりした納得がなんとなく嫌になった。

「落ち着いた?」

 いつのまにか隣に立っていた、入り口の女の人がボクに話しかけてくる。

「はい、……ぁの」

「抗不安術式。軽いやつだから副作用は心配しないで」

「あ、ありがとぅございます」

 女の人は振り向かずにトイレを去っていった。心配させてしまったのだろうか。少し心苦しい。

 ボクは周囲の視線を遮るように個室に入り、音を流す。おでこを膝で支えた腕に押し付けて、狂騒も静寂もない、この不可思議な感覚に身を任せていた。個室の外の音は全て揺らいで聞こえていた。



 思ったよりも長い時間を過ごしていたようで、気がつくと10分を超えていた。急いで二人の元へ向かうと、桜花が百華に向かって話している内容がまだ距離があるにもかかわらず不思議と耳に入ってきた。

「大食いは違うんだよね。せっかくかわいい見た目なのにもったいない。綺麗に食べてはいるんだけどさ、食べる速度も早いし、意地汚くて下品だよね。っていうかトイレ長くない? スマホもそのままだし、メイクしてるわけでもないし」

 桜花の声が、脳に残る。楽しそうな笑い声がボクの外側で響く。

 ボクの足は勝手に立ち止まっていた。


「ねえ。君たち、受験生の子だよね」

 桜花の後ろから五人ほどの集団が現れる。高等部の生徒だろうか。大人っぽいメイクをしていて、学園都市の人間に特徴的なフレグランスを漂わせている。

「そうですよー。合格発表待ちです!」

 桜花がそう返すと、最初に話しかけてきた先輩は机に手をついて桜花の顔を覗き込むように見下ろしてきた。

「よかったぁ、普通外部生ってなんとなくわかるものなんだけど、君たちはうちの子っぽい雰囲気で不安だったんだ。あっ、私樋口(ひぐち)(ひかり)って言うんだけど……」

「覇道桜花って言います。桜花って呼んでください。こっちは私の親友の百瀬百華です」

「それじゃあ桜花ちゃんと」

「光先輩は、私たちに何のご用でしょうか?」

 桜花は光の言葉を食い気味に遮って尋ねる。光は少し怯んだが、すぐに態勢を立て直す。いつのまにか光の連れのうち二人は百華の後ろに回っていた。

「私たちは人類の未来を真剣に考えて、将来をより良いものにしようとしているサークルなの。ねえ、例えば桜花ちゃんは日本を取り囲む悪魔についてどう考えてる?」

「えー、特に考えたことないです」

「!? だめだよ! 自分で考えて行動していかないと何もできない奴隷になっちゃうよ! まずあなたに必要なのは日本の現状を勉強すること。合格でも不合格でも、学園都市の住民になるって事実は変わりようがないんだし、しっかりと自分の意見を持たなきゃ奴隷になっちゃう」

 光は桜花にタブレットを見せて、さらに何かを説いている。しかし光の熱量に反比例して、桜花の視線は冷たくなっていった。

「もしかして午前中に道路塞いで何かやってましたぁ?」

 桜花の質問に光は頷く。モールに行く途中で見かけた集団が光の所属しているサークルなのだろう。

「あれは」

「悪魔に向けてのコンサートの練習ですか?」

 途端に顔つきが変わる。馬鹿にされていると受け取ったのだ。

「もしかして馬鹿にしてる?」

「とんでもないです。ぜひ音楽のちからで世界を救ってください!」

「……あなたは性格にだいぶ問題がありそうね」

 険悪な空気が桜花と光の間を漂う。百華は椅子から腰を浮かせて逃げ出すタイミングを見計らっているが、すぐ近くを光の連れが取り囲んでいて隙がない。

「それは誰のスマホ?」

 光が机に置きっぱだったボクのスマホを見つける。スマホに伸ばされた手は桜花によって叩き落とされた。スマホは桜花の手に渡る。

「私のに、触らないでくださいよ」

「……」


 そこまで眺めて漸く、ボクの足が動いた。桜花と光の間に割って入り、二人の手を掴んで全力で逃げる。

「行こう、桜花、百華」

「茜っ!」

「ちょっと! あなたたち!」

 光たちのうち数人が走って追いかけてきたが、カフェテリアを出たあたりですぐに諦めて帰っていった。私たちにこだわる必要はないと判断したのかもしれない。念のために人目につきにくい路地裏に入ってようやく一息つけた。


「遅いよ茜っ!! あー臭かった臭かった臭かったきもいきもいきもい!! 茜で癒されるぅ」

「わっ!?」

 桜花はボクの胸に頭を押し付けてくる。緊張から解放されて自分の心臓がバクバク言っているのを自覚する。その音が筒抜けになっていると思うと恥ずかしい。

「茜って、結構勇気あるんだね」

 百華は汗を流しながら意外そうにボクを見つめた。

「わかんない。体が勝手に動いたんだ」

「それは勇気よ」

 まだ混乱したままのボクに対して、百華はもう落ち着いているようだった。次第に頭が冷えてきて、ようやく桜花へ向けて言いたかった言葉が口から現れる。

「桜花、お前何やってんのっ。あんな言い方、喧嘩腰でっ! 絶対目をつけられたよ!」

 桜花は顔を押し付けたまま固まる。

「ボクは、桜花に怖い目にあって欲しくないからねっ!」

「じゃあ」

 桜花がボクを見上げる。少し涙ぐんでて、赤くなってる。

「じゃあ茜が護ってよ。私、茜の事信じてるから」


 ……その一言で、ボクの中の何かが報われた気がした。たとえ嘘だったとしても。

「もうっ」

 ボクは桜花を抱きしめる。桜花の温もりに、感触に、その全てに胸が締め付けられる。桜花は、自分の一言で人の人生を狂わせることができるって理解するべきだ。じゃなきゃ、ボクが耐えられない。


続く?

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