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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第三章 『星に護られた女』 池田鴨丸
15/40

14 祝福された世界

 

 帰る家がないからと言って、いつまでもあの廃病院で過ごすわけには行かない。冷暖房もトイレもシャワーもない場所では生きていけないし、星は孤独を慰めてくれるだけでじわじわとHPは減り続ける。


 原付で近くのコンビニに行き、日を跨いで初めての食事とスマホの携帯充電器を買う。無人のレジにカゴを置きスマホをかざすとお金が口座から支払われる。

 俺が持っているお金の出どころは全部魔導協会だ。そもそも魔導士は魔導協会から毎月お給金が支払われている。もちろん立場や仕事によって額は変わるけど、そこそこいい成績を収めて同年代から頭ひとつ抜けたランクにいた俺はかつて少なくない額を貰っていた。

 今のランクは怖くて確認できていない。まあ新しく口座に入る金額で察せるものがあるが。


 プロテインと充電器を買うと残りの残高は54円。慌てて購入履歴を確認するとゲーミングチェアに服に漫画に特大ぬいぐるみと身に覚えしかない高額出費が並ぶ。全部香織の家の中だ。新しい家を見つけたら引き取りに行かなきゃ。


 店内で飲み終えたプロテインのボトルを潰してゴミ箱に入れる。1日分の栄養が詰まった完全食タイプだしこれでしばらくは生きていける。外に出て原付に跨るとこれからのことが頭に浮かぶ。


 これからどこで生きようか。できれば香織の家に戻りたいけど、風紀委員が邪魔をするし。

 寮ってまだ入れたっけ。相部屋なら一緒に寝てくれるかも。

 相手の性格悪かったら最悪だな。やっぱやめとこう。相性の悪い相手と一緒にいることは一人でいるよりもつらい。1+1=2のはずなのに、一人でいるよりも孤独になるのだ。

 やっぱり香織はよかった。俺を受け入れてくれたし、優しかったし、料理も美味しかった。できれば今からでも謝りたい。


 チャット主体のSNSで連絡を取ろうとしたけど、香織のアイコンがどこにもない。フレンド登録を解除されていた。


 ここまでされたら、嫌われてるってばかでもわかる。もしかしたら誰かに命令されて泣く泣くやらされているのかもしれないけど。

 スマホと携帯充電器を繋げてリュックの中に投げ入れる。


 勢いよくキックペダルを蹴ってエンジンをかける。ヘルメット代わりの魔導具の励起を確認して、スロットルを回した。

 運転している間は、少しポジティブになれる。きっと脳のキャパシティの大半を運転に回しているから余計なことを考えないんだと思う。整理されていく頭の中で、ふと実家のことを考える。


 母親はどうなったのだろう。

 俺と母親は馬が合わなかった。本当の自分を隠さなくなってからは何かと喧嘩ばかりして、ついに家を飛び出してしまった。

 時間をおいた今ならわかる。母親は悪ではなかった。ただちょっと怠惰で、ふしだらで、独りよがりで、寂しがりやなだけなのだ。可哀想な女ではないか。

 不思議なことにそれでも帰ってやる気は起きない。実家はもう選択肢から外れてしまったんだ。


 まあなんとかなるか。だって俺、天才だし。いずれ才能が評価されて崇め奉られるでしょ。

 理由なんてない。なぜかそう確信していた。太陽の日が俺に力を与えてくれたのかもしれない。星が俺を癒して、太陽が俺の活力になる。俺は星に護られた女。やっぱり俺は生きているだけで無敵だ。


 夕陽が街を照らす。これからどうしようかと原付きに乗って当てもなく彷徨う。無心で道路を走っていると、自分がなんだか無敵になった気がした。




 原付を転がしてただただ道なりに大通りを進む。太陽が落ちきって薄暗い夜が漂い始めた。

 いつのまにか都市の端っこまで来ていた。視界の先に高く聳える城壁が見える。学園都市と外界を遮断する絶対の壁。見えている部分だけでも何十mあるかわからないのに、遥か上空から地の底まで結界が張られていると噂される。


 学園都市の人口は中央5区に集中しているから郊外や城壁周辺は少し寂れている。ドーナツ化現象が起こるほどの人がいないのだ。学園があり都市の中心である中央区はともなく、その周辺の東西南北の区ですら結構廃ビルや空き家が目立つ。

 そもそも悪魔の襲来以来人類人口は右肩下がり。学園都市だけで見れば合計特殊出生率は驚異の0.1ほにゃらら。ほとんど女しかいないんだから当たり前だ。

 昔はAIやホムンクルスに人類が乗っ取られるという議論が流行ったようだけど、まじめに乗っ取ってもらえなきゃ人類文明の断絶も可能性あるぞ。


 手の上に冷たい水玉が落ちる。パラパラと雨が降ってきた。

 道を少し戻って道なりにあったコンビニに原付を止める。中に入った無人でありお客さんもいないことを確認すると、物陰に隠れたイートインスペースを見つけてそこに座った。

 今日はここに一夜を過ごそうか。雨風は防げるし、室内は適温に調整されて快適だし。


 リュックから可愛めのポーチに入れてる電子タバコを取り出す。電源ボタンを連打して、甘酸っぱい煙を口から肺へ流し込み、吐き出す。

 電子タバコって言われているけど、たぶんハイになる成分とかを作るのに魔術式が使われているだろうし、それは魔導タバコなのではなかろうか。

 そんな益体のない考えが頭の中に沈んでいく。

 深く、深く、痺れるように。


 人工の光が俺を無機質に照らす。俺を無視する光はすりガラスの向こう側で楽しそうにやっている。店内に並ぶ商品たちは別の世界で踊り始める。俺は静かに壁と同化し、このゆっくりとした時間が過ぎ去るのを待つ。

 食欲も排泄欲も時間感覚も、今の俺にはぽっかりと抜け落ちていた。


 眠らない。寝ようとしたらネガティブになるから。そのつもりでいたのに、疎外感が睡魔になって俺を襲う。

 外の雨音が強くなる。店内に流れるアイドルソングすら、楽しそうで羨ましい。パーティも佳境に入ったらしい。音楽の勢いが強くなる。

 どうでもいいけどここからじゃ星が見えない。



 さみしい。


 リュックからスマホを取り出す。香織……は、もういないんだった。

 俺の友好関係の狭さと友達の少なさに辟易する。中等部一年生の頃のクラスグループの中から優しそうな子に連絡してみようか。断られたら辛いからやめよう。

 図書委員会のグループ、はとっくに退会しちゃったし。

 黒野……ない。なんであいつの顔が頭に出てきたんだ。そもそも連絡先を知らない。


 ……戸川メルル。昔フレンド登録したまま、解除されてない。

 ドキッと胸が高まった。

 血潮が滾り、こくこくと震える親指で通話ボタンをタップする。どうしてこんなに緊張しているのかわからない。

 一年振りの会話だから? タバコを吸っているから? それとも、……他に理由があるの?


 ワンコール、ツーコール、スリーコール……、待っているうちにコールが終わり、留守番電話のシステムが始まる。



 俺は通話を切った。

 出ないよな。夜だし。久しぶりなんだし。

 でもさみしいんだよ。出てよ。やっぱり俺が嫌いだったの? 嫌ならせめて嫌って言って。中途半端に繋がりを残すなよ。

 たまたまお風呂入ってたのかも。寝てたのかも。

 もういいや。




 死にたくない。死ぬのは嫌だ。

 怖い。怖いのは嫌だ。

 さみしい。ひとりぼっちは嫌だ。

 戸川と関わり始めてひとりぼっちじゃなくなったから、孤独が怖くなった。

 助けてよ。メルル。

 好きだって言ってくれたの、嘘だったの?


「当たり前だ。誰がお前なんかを好きになるものか」

 先輩がレジから現れる。先輩は人生の先輩でいろいろなことを知っている。

「人に迷惑をかけて、己を顧みることすらしない。少しは客観的に自分を見つめ直したらどうだ。今のお前、だいぶ落ちこぼれているぞ。異常」

「やめろよ」

「そうやって嫌なことから耳を塞げば、誰かが助けてくれると思ってんのか。今までお前を誰が助けてくれた? 高橋香織? 優しいから嫌だって言い出せなかっただけだ。戸川メルル? お前を見捨てたのに?」

「うるさい」

「俺を話を聞き入れないから嫌われるんだよ。ほら、全部私の言った通りになった。だから言ったじゃない。お前のやり方は正しくない」

「やめて。……黙れ」

「やめない。黙らない。……言っとくけど、お前が悪いんだよ? 生まれた時からダメだったのに、わがままを直さなかったから」

「助けて……だれか……」

「そうやって他人にばかり期待して。自分は閉じこもったまま。誰もお前なんか助けない。魅力がないからね。メリットとデメリットの話でしょ? ブスでチビでコミュ障で頭のおかしい奴誰が助けるって?」

「「お前(おれ)は一人で死ぬんだ」」




 朝になって目が覚めた。

 昨日は電源が落ちるように寝落ちしてしまったらしい。枕がわりに頭の下敷きになっていた腕が痺れてうまく動かない。

 さわやかな陽の光が店内の照明を押し退けてテーブルと俺の腕を照らす。外は明るく祝福されている。小鳥の声が聞こえる。きっと世界は幸せに満ちている。

 寝る前に何を考えていたんだっけ。何か悪い夢を見ていた気がする。


 もう、どうでもいっか。


 カバンから拳銃型の魔道具を持ち出す。これだけは香織に見つかったら怒られるから常にリュックの中に入れていた。ベレッタM92。旧世紀では世界中の軍隊で使われていた名銃がモデルとなっている。フルメタでずっしりとしているけど、あくまで形だけ真似たものだから実弾は出ない。

 セーフティを解除してスライドを引く。カシャっという金属音が心地の良い朝に響く。

 銃口を耳の斜め上あたりの側頭部に当てて、引き金に指をかける。光に祝福された空間で、指はハープを奏でるように軽やかに引き金を弾く。きっとその音色は讃美歌のように。

 銃声が響いた。






 キーンという耳鳴りが脳を貫く。周囲に漂う魔力の熾は魔導具に不具合のない証拠だった。

 手首に巻かれた魔導具はいつもヘルメットがわりに使っているものだ。励起されたそれは正しく作用して、銃口から発射されたエネルギー弾は透明なバリア弾かれてあらぬ方向へと飛んでいったようだ。


 心地よい空間の中で何の恐怖も苦痛も尊厳の陵辱もなく、死ねると思ったのに。無意識に防衛本能が働いてしまった。

 手首の魔導具からも魔力の熾が漂う。違う。そもそもこれは継続式の魔導具だ。俺は、これが発動していると分かっていた? わかっているから撃てたのか?

 死ぬには最高のシチュエーションだったのに。


 ああだめだ。もうダメだ。もう死ねない。恐怖が、孤独が、手が震えて、もう逃げるしかない。

 死ぬのが怖くなる。背筋が震える。冷や汗が止まらない。寒気がする。悍ましい。怖い。

 嫌だ。もうだめだ。死にたくない。



 コンビニを出て原付に跨る。エンジンをかけてハンドルを握ると、朝日が俺に降り注いでいる。やっぱり俺を護っているんだ。見つめられている気がする。

「よーし、生きてるだけでなんでもできる気がしてきた」

 太陽を力に今日も原付を走らせる。


美しい……

続く?

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