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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第三章 『星に護られた女』 池田鴨丸
14/40

13 星の綺麗な夜

 

「きみ、明日から来なくていいよ」

 昔々の夏の日だった。学園図書館の事務室で館長に言われた言葉。忘れた頃に殺される。




 まだ5月だというのに日差しが肌を刺すほど鋭い。茹だるような暑さの中、俺は眠りから目覚めた。

 嫌な夢だ。最終的に俺から辞めたというのに、いまだに切り捨てられたというイメージがつきまとう。

 春の陽射しに当てられてうららとお昼寝もできなくなってきた。人気のない廃病院の屋上から下界を見下ろしながらそう思う。


「夜に眠らないからお昼に眠たくなるんだよ」

 前に香織から言われた言葉が脳裏をよぎる。正論だった。俺の状況を的確に表していた。だけどなんの助けにもならなかった。


 若葉が萌え、新学期も始まるこの季節に、授業にもいかず、一日中ぼーっとして街を見る。街は今日も俺を置いて生きている。この街もあと何年の命だろうか。明日には死ぬかもしれないし、あと数百年は生き続けるかもしれない。


 未だ悪魔は学園都市に舞い降りず。前線は何も異常なく、悪魔たちに動きなし。スマホから聞こえるニュースも一枚の膜を通されて脳に伝わる。そこで現実と虚構が入れ替わる。全ては意味のないものに。


 もう太陽はだいぶ西に傾いている。そろそろ帰らないと。夕飯の時間に遅れたら怒られるから。

 そこまで考えて、もう帰る家もないことを思い出した。




「私、告白されたんだ。素敵なお姉さまで、今度私の家に来たいって」

 私が間借りしている家の主であり同居人であり親友である高橋香織がどこか暗い顔でそう告げる。

「ほにゃ! そいつぁはめでたい!」

 俺は彼女を手放しに祝った。しかし祝われているというのに彼女の顔色は暗い。唇は青く、全体的にやつれている。

「だから今日は最後の話をしたいの」

「最後の話?」

 彼女は突然膝から崩れ落ちると、床に指をついて頭を置いた。

「この家から出て行ってください」


 土下座。部屋を借りるほど仲のいい友達の土下座だった。生まれておおよそ14年、色々あったけど土下座されたのは初めてだ。

 だけど会話の内容自体は既に飽きるほど聞いた物だった。部屋から出ていけ。悪い冗談だ。

「あーまた絶交ドッキリだろ。やめろよ〜心臓に悪いんだよ」

 学園に通えていた頃、何度もこれを経験した。よくあるいじめだ。きっかけはわからない。主犯もわからない。先生に相談しても精神的に物質的にと形を変えていじめは続いた。だから私は不登校になった。成績は優秀だったのに、いじめをする奴らのせいで一人の未来が失われた。


「お願い、本当だから」

 香織はまだ土下座をやめない。香織はいじめをやっていた奴らと違って優しいけど、たまにこうなるのだ。

「本当だとしても嫌だ。俺に一人で寝ろっていうの?」

「出てって」

 今日は一段と強情だった。いつもならもうそろそろ「ごめんね。冗談だよ」って言ってくれるのに。

「いや」

「出てって」

「い や だ」

「出てけ」

「嫌だね。香織は俺を殺す気なの?」

「私のうちから出てって!」

「絶対っ! 嫌!!」

「出てけッ!!」

 香織はヒステリーを起こし手当たり次第に物を投げつける。こうなったらもう止められない。俺はリュックに手当たり次第物を詰めて、お気に入りのウインドブレイカーを羽織り飛び出した。


 外はもう夜で星が出ている。冷たい空気の中、夏の足音を感じる生ぬるい風がツインテールを撫でつける。

 少しすれば香織も冷静になってくれるだろうと原付きでコンビニに寄って電子タバコと漫画雑誌、そして香織の好きなモンブランを買う。

 ほんの20分程度だったか。たったそれだけの時間外出しただけだった。


 香織の家に戻ってカードキーをかざす。香織は珍しく一軒家に住んでいるお嬢様なのだ。北欧風の可愛らしいお家で、一緒に住める俺はラッキーだと思う。


 ……何度カードキーをかざし直しても、鍵が開かない。タッチパネルでパスワードを入力しても同じだった。

「香織?」

 どんどんとドアを叩く。しかし反応はない。仕方ないのでチャイムを何度も鳴らす。ピンポンピンポンピンポン、と家の中でなっているはずだから、気づかないことはないだろう。


 ……今日は特に荒れてるな。

 庭に回って空いている窓はないか見て回ったけど、驚くことにどこも雨戸が閉められていた。手軽な防災用の魔導具が販売されている今日、使われているところを初めて見た気がする。

 玄関の前に原付きを持ってきて、跨りながらスマホを見て時間を潰す。10分おきにチャイムを鳴らして香織に早く開けてと訴える。


「俺が悪かったよ。ごめん。反省した。いい加減中に入れてよ」

「何か悪いところがあった? うざかった? 教えてよ。ねえ!」

「モンブランいらないの? せっかく香織のために買ってきたのになー!」

「香織のそういうところ、ほんと直した方がいいと思うよ。俺がいうことではないかもだけどさ」

「このままじゃ死んじゃう! 早く! 早く開けてっ!!」

「もしかして倒れてる!? 大丈夫か!」

「香織まで俺を見捨てるの?」


 どんどんどんどんッ! ドアや雨戸を叩いても反応はない。電力メーターは回っているし、時々物音がするから生きてはいると思う。チャット主体のSNSでスタンプ爆撃を思い出した時にしているけど、既読にならない。電話をかけてもコール音だけが虚しく響いてくる。


 スマホの充電が心許なくなっても、香織は許してくれなかった。もしかしてここで一夜を過ごさなくてはいけないのかもしれない。

 ぬるい風が吹くといっても、夜はまだまだ寒い。

 夜が深まるにつれてネガティブな考えが増えていく。心の傷が疼く。

 孤独が俺の背中に纏わりつく。首をかっ切ろうと刃を当てている。完全に一人になるタイミングを今か今かと待ち望んでいる。


「助けてよっ! 香織っ! ごめんなさい! 俺が悪かったんでしょ!? 謝るから! だから入れてっ! 一人は嫌なんだ!!!」

 何度叩いても返事が返ってこない。


 さみしい。


 こわい。


 誰か、たすけて。



「ねえ、あなた」

 誰かに肩を掴まれて引き寄せられる。孤独で死にそうだった俺には救世主に思えた。

 しかし、肩を掴んだ人間の顔を見てうんざりする。


「なんだ黒野か」

「こっちこそなんだって言いたいわよ。いい加減にしてくれない? ご近所から騒いでる人がいるって通報があったんですけど」


 黒野環奈。風紀委員の女でこの辺の地区を担当している。昔からなにかと出くわす事の多く、その度に口論になる。うざい性格で俺とは犬猿の仲だと思う。


「こっちの問題だ。風紀委員が口を挟むな。ヤクザまがいの半グレどもが」

「あなたが風紀委員会についてどういう意見を持っていようと関係ないです。実際に苦情が来ている。これ以上騒ぐようなら、こちらとしても実力行使しかないのだけど」


 よく見ると黒野の後ろには同じ腕章をつけた数人の風紀委員会が控えていた。喧嘩とか痛いのが嫌だからあまりしてないけど、それでも俺は強い方だと思っている。けど流石に複数人に囲まれたらきつい。魔法ありなら尚更。


「私としては、この素敵な住宅街に、それも深夜に捕物なんて遠慮して欲しいんですけど」

「はいはい、わーかーりーまーしーたー」

 ドアから離れて原付きに近づく俺の方を黒野が再び掴む。

「何だよ」

「これ以上高橋香織に付き纏い、迷惑行為を続けるようならあなたをストーカーとして捕まえるから」

「はっ!? ストーカー?? 俺は香織の親友だぞっ!!」

「優しさに漬け込んで家に上がり込み、家主を脅迫して居座り続けた。この時点で逮捕してもいいんですよ」

「ふざけんなよっ!!」

 俺が身構えると、俺の周囲を風紀委員どもが取り囲むのはほぼ同時だった。全員が俺の挙動を注意深く睨んでいる。

「……わかったよっ! 近づかない! これで満足だろ?!」

 俺は両手をあげて降参すると原付きのハンドルを持ってキックペダルを蹴るが、イライラしているからか焦っているからかうまくエンジンがかからない。羞恥と恐怖で涙目になりながら、最終的にスイッチを押してエンジンをかけた。


 振り返ると風紀委員どもがまるで家を守るかのように佇んでいる。誰もが俺に警戒と憐れみの目を向けていた。

「池田鴨丸、元図書委員会のホープだったのに、……憐れですね」

「俺って……一人称が自分の名前並に痛いよね」

「ああはなりたくないわ」

 誰かの声が聞こえる。俺はなにも聞こえなかったふりをして原付きを走らせた。


 ついさっきまで孤独が怖かったはずなのに、今はただ一人になりたかった。近くにある廃病院に駆け込んで、階段の前に原付を止める。暗闇の中、魔法で作った光を頼りに屋上に上がるとリュックを枕にお気に入りのお昼寝スポットに寝転がった。


 目の前には無数の星があった。星が俺を癒してくれた。

 俺が初めて母のいた家を飛び出して住む場所もなく街を彷徨っていた頃、この場所を見つけた。先が不安で、不貞腐れて一番上で寝転がった時、星たちはいつも俺のそばにいてくれたんだと気付いた。


 不意に冷たい風が吹いて、体が震える。足を体育座りの要領でウインドブレーカーの中に入れて丸まった。香織の体温が恋しい。もう星を見ているだけでは安心できなくなったことが寂しい。

 昔のことをだんだん思い出してきた。俺に星のことはわからないけど、ただただその壮大な美しさに圧倒されたんだった。世界の絶景として写真で見たことのあるどんな景色よりも美しかった。


 そういえば、あいつは星に詳しかったっけ。あいつなら星を解説してくれるかな。一緒にいてくれるかな。

 昔の友人のことを想う。授業が難しいことで有名な先生の子供で、不思議なやつだった。あいつと出会って、俺の人生は変わったんだ。


「我慢することないんじゃない? あなたの人生はあなたのためにあるんだから。あなたを中心に回る世界では、あなたが一番自由なんだもの

 それに、私は鴨丸のこと好きだよ」


 どこか悲しそうに、自分に言い聞かせるようにそう言ってくれたあいつは、今何をしているのだろう。

 戸川メルル。もう一年以上会っていない。


続く?

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