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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第二章 『例えば赤と緑に覆われたり』 秋家卓人
13/40

12 帰れない

虫が出ます。

 

「ナマケモノだ〜かわいいい〜ッ!!!」

 ねるちゃも俺と同じ結論に至ったのかそれをナマケモノと称した。ナマケモノはゆっくりと両腕を頭の上にあげる。


「アリクイみたいな威嚇だっ! 前脚の爪が三本ある〜! ミユビナマケモノだ〜!!」

 ねるちゃはナマケモノにジリジリと詰め寄る。表情の読めないナマケモノもどうしていいのか分からずに困っているように感じた。腕を上げたり下げたりしながら後ろに下がっている。


「ねるちゃさんっ! こいつがゲートを作る生物ですか?」

「わかんないっ! わかんないけど、ナマケモノを抱きしめたいっ!!」

 ナマケモノを前にねるちゃは興奮している。俺はいざと言う時にナマケモノを逃さないようにいつでも走り出せる態勢になる。


 ねるちゃとナマケモノの距離が5メートルを切った時、ねるちゃは突然ナマケモノの頭の上を見上げた。


 熱を持った閃光が弾ける。


 驚いて尻餅をついた俺はねるちゃの顔のすぐ前が光源だと理解するのに数秒かかった。それでも何が起きたのかは分からなかった。

「……ねるちゃさん? 何を」

「タクトは後ろに下がっててよ。にゃん」

 ねるちゃはいつも通りの声色でそう告げる。彼女は両手を広げて視線をかなり上に向けていた。

「ねるちゃもここまで近付かなきゃわかんなかったよ。固有術式レベルの美しい隠蔽術式……それを悪魔と人間以外の動物が使うなんて……最高ッ♪」


 それがうっすらと姿を表す。長い毛に覆われた全身はやはり苔むしていて、ところどころキノコのようなものすら生えている。その頭は170センチの俺が3人重なっても手が届かないと思えるほど高い位置にあり、その目は明らかに怒りに染まってねるちゃを睨んでいた。口から尋常じゃないほどの煙が吐き出されている。

 今まで見えていたナマケモノの後ろから、まるで親が小さな我が子を守るように現れたそれは、見たことのない姿の動物だった。ナマケモノに似た部分もあるけど、どう考えても違う種類の生き物だ。


「親なのっ!? 子なのっ!? エレモテリウムなのっ!?? その全てが尊すぎるでしょ〜!! もっとねるちゃに生命の輝きを見せてよっ!!」


 ねるちゃの瞳が狂気的な愛とか人間の傲慢さとかを詰め込んでキラキラと輝いていた。


 光学迷彩というものを知っている。光の反射を調整して姿を見えないようにするものだ。カメレオンの擬態とか、SF作品の透明マントとかのことだ。

 けど目の前のそれの透明化は光の反射とか屈折とか、そういう次元を超えているように感じた。

 ナマケモノを抱え空気に溶け込むように消えるエレモテリウム(暫定)。その消え方は本当に、存在そのものがこの世界から書き消えるような錯覚すら覚える。

 しかしエレモテリウムは唸るような鳴き声を出すと透明化を解除する。指先をエレモテリウムに対して向けているねるちゃが何か攻撃したのだろう。ねるちゃの指先に赤い煙が微かに漂っている。エレモテ……エレモの瞳はねるちゃを睨んで離さない。


「すごいよ……すごすぎるよ……っ! もっとねるちゃに観察させてっ! 逃げちゃだめだよ!」


 ねるちゃが宙に手をかざすと、ねるちゃとエレモたちを囲むように金属の檻が赤い光を伴って出現する。俺は檻の外に追い出された。


「ねるちゃにあなたのことを教えてっ! もっ……」


 ねるちゃの言葉を遮るように、エレモが口から熱線を出す。最初の光はこれがねるちゃに当たった時のものだったのだ。二度目の攻撃もねるちゃを倒すには至らなかったようで、光を顔に受けても怪我をした様子はない。

 ねるちゃの周辺に赤い発光する煙のような、不思議なものが漂う。俺はそれが魔力の残骸だと直感的に理解できた。


「ねるちゃさんっ! それが帰りのゲートだとしても、こう、生きてるっすよ! 殺すとかじゃなくて、捕まえる感じでっ!」

 俺は耐えきれずに口を挟む。あのエレモたちが敵だとは思えなかったからだ。

「ゲートになっちゃったら結局死んじゃうんじゃない?」

「そうっ……かもしれませんっすけどっ!」

「それに大丈夫だよ! だって、大切なものは亡くして初めて気付くんだよっ! 失われた魂は二度と元には戻らないんだからっ!」


 ねるちゃは度し難い言動と狂気的な足取りでエレモたちに詰め寄る。興奮して正常な思考ができなくなっている。もはやこの人の説得は不可能だった。俺は見ていることしかできない。


「抱き合おうよっ! 必死に抵抗して見せてっ!! そしてできれば受け入れてっ!! あなたたちが勝てばねるちゃという貴重な魂の喪失を嘆き生命の儚さを体験する。私が勝てば魂の温もりと生命の強さを知る。どっちにしろねるちゃに得しかないよぉ〜ッ!!! 生命ってなんて尊いのっ!?」


 三度目の熱線。しかしねるちゃはこれをしゃがんで避けた。弾かれなかったエネルギーが檻の一部に当たって光が瞬く。


「口からビームとかカッコ良過ぎでしょ〜!!」


 ねるちゃはエレモに向かって歩き出した。堂々とした不安な歩み。だけどねるちゃから溢れ出しているのはポジティブな感情だけで、恐ろしいことに敵意は感じられない。

 エレモの戸惑いが目に現れる。横薙ぎに払われた爪はねるちゃの鼻先を掠め、血が傷口から溢れ出る。


 ねるちゃはもう自分を魔法で護っていなかった。


 まるでスキップする様に、それが当たり前であるかのようにねるちゃはエレモの懐に潜り込むと、その中に匿われていた最初のナマケモノを見つける。

 目と目が合い、ねるちゃは聖母のように微笑んだ。そして腕をナマケモノの背中に回すと、包み込むように優しく抱きしめる。


「ねるちゃの勝ち〜!」


 その瞬間、消えかかっていた赤い煙が再び生まれ、エレモは全身を地面から急に生えた木の根のようなものに拘束された。



 鉄の檻が光の粒子に分解されながら消失する。俺がねるちゃに駆け寄ると、ねるちゃは赤子をあやすようにナマケモノを抱き上げて背中をぽんぽんと撫でていた。見た目から相当重量があるように思えるが、俺を抱えて走れるほど怪力のねるちゃには苦でもないのだろう。


「って! ねるちゃさん血がっ!」

「ふにゃ〜?」

 ねるちゃはようやく自分の顔面から絶え間なく流れ続ける血に気付いたようだ。

「ありがとうね〜」

 とナマケモノを木に拘束されたエレモの元に置く。すると木はうぞうぞと動いてナマケモノすら拘束した。


「大丈夫なんすか!?」

「ん〜、ま〜魂の消滅以外はかすり傷よ」


 ねるちゃはそうはにかみながら言うと、傷口に手をかざす。すると傷は最初からなかったように塞がって、血も消えてしまった。

 龍之介が治癒魔法はとっても難しいと言っていたことを思い出す。それを呆気なくやってみせるこの人は、きっと

 学園都市の中でも凄腕の魔導士なんだろう。そんな人と一緒に入れることが、少し誇らしくなった。同時に龍之介のことを考える。あいつは今何をしているんだろう。俺のせいでまずいことになっていないか心配だ。だってどうにかできると豪語した本人がこんなところにいるんだもの。


「もう赤い煙は出ないんですね」

「え? 熾出てた? や〜恥ずかちぃ」

 あの赤い煙は魔力のおきと言って、魔法を使った際に発生するものらしい。ねるちゃは普段から見せないようにしているのだとか。

 それって魔法を使ってもバレないようにって理由からじゃないよなと願わずにはいられない。


「じゃあどうしよっかな。この子たち」

 ねるちゃはエレモたちを仰ぎ見る。ねるちゃの話では拘束すれば倒した判定になってゲートが生まれるはずだけど、どうも見た目に変化はない。エレモはねるちゃを恐れてジタバタと抵抗していたが、今は大人しくこちらを見つめている。

 よく思い出せばゲートになる生物はこちらに接触してくると言っていた。その点このエレモテリウムたちはねるちゃが少し離れた場所にいた人のような反応に会いに行ったから接触したのだし、違うのだろう。

 ねるちゃも同感だったのか、拘束を解く。エレモはナマケモノを抱えるとすぐに透明になってどこかに行ってしまった。


「仕方ない。この世界を楽しみながら帰り道を探そっかっ! にゃん!」

「わかりましたっす!」

 意気揚々と前を進むねるちゃに着いていく。俺は元気いっぱいで不思議なこの人に着いていくことが、少しだけ楽しくなっていた。




「みて〜! 真っ赤な一本しめじっ! 毒がありそうだけどおいしそ〜!」

「食べちゃダメですよっ!」


「うわぁあああああ!? 薄くて赤いキノコバエの幼虫の大移動だああぁぁ!!! 美しいぃぃぃ!!」

「ぎゃあああああ!!!!」


「ひええぇぇぇ!?? ウキウキゴケが空に浮かんでるぅぅぅ!? なんでぇええ!??」

「ウキウキしているんですか?」

「は?」


「苔むしたダイナンウミヘビ!? ……が陸上にいるはずないしそっくりさんかな、にゃ? 肥大化したプラナリア? おめめがくりくりでかわいいねぇ!」

「ちょっとかわいいかも……」


「赤色の巨大ムカデエビ……生きてる……かっけぇ……」

「すげぇ……骨系のモンスターみたい……」

「なんで地上にいるのかわかんないけどかっけぇ……」


「クダホコリの子実体しじつたいだよっ!」

「これはあんまり赤くないっすね」

「胞子を飛ばし終えたらこうなるんだ〜っ!」


「この地衣類、チューブワームみたいな形状してる」

「チューブワーム?」

「深海の熱水噴出孔にいる生き物だよ〜」


「ねるちゃ隊長っ! 蟹のハサミが地面から生えてますっ!」

「カニノツメだ〜! スッポンタケの仲間でキノコだよ! ほんとにあったんだ! にゃ〜」


「藻類で着飾ったキセルガイだ〜っ!」

「これも海にいるはずの生き物っすか?」

「うーにゃ。カタツムリやナメクジの仲間」


「このおっきいカエルベールゼブフォの復元にそっくり〜! しかも蟻に集られてる〜! すき〜!!」

「俺カエルも無理っす……」


「チャバネゴキブリ〜!! 言わずもがな」

「いやあああああああッッッ!!!!!」


「ここには緑と赤しか生き物の色はないのか〜っ!?」


 ねるちゃと異界を探検し始めて、一週間が経過した。毎日予想できないことが起きて、ある意味充実した日々を送っている。

 だけど眠る前に必ず不安になる。このまま元の世界には帰れないんじゃないかって。もう二度と、龍之介と会えないんじゃないかって。

 まだ帰る方法は見つかっていない。


続く?

ねるちゃのセリフに単語を少し追加しました。

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