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ロストガールと魔女  作者: ヌププ
第二章 『例えば赤と緑に覆われたり』 秋家卓人
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9 『錬金術の魔女』ねるちゃ

 

「いいよいいよ、あなたの夢叶えちゃう!」

 女児は俺の頭を撫でる。奇天烈な言動に似合わない優しい手つきは慣れを感じさせる。

「精子を提供してもらいに来ただけなのに、面白そうなの見つけちゃったっ! にゃん」

 女児は勢いよく立ち上がるとその場で軽くステップを踏む。全身で喜びを表現して一回転した後、俺の目の前まで顔を近づけた。

「で、リュウってだ〜れ?」

「その前に、アンタがだれスか」

 女児は目を見開き、「よくぞ聞いてくれました♪」とでも言わんばかりに微笑む。

「こほんっ! では挨拶から。


 新たなパーソン超新星ちょうしんせい! あなたのハートも亢進系こうしんけい! 地上にさざめく命の神様ねるねるねるねるねるちゃだよ〜!!」


 女児はポーズは手でハートを作り胸の前にかざす。そのまま動かなくなった。

「え、っと、ねるねるさん」

「ね〜る〜ち〜や〜っ!! 『錬金術』のねるちゃだよ!」

「すみませんっす。あの、まだ学園都市のこと詳しくなくて」

「なんだってっ!? ならいいや」

 呆気なくそう言うと、ねるちゃは俺の手首を掴み乱雑に引き摺り出す。その力は見た目とは比較にならないほど強かった。生身の下半身が床と擦れて痛い。

「いたっ、ちょっ? 痛いっす!」

「心の傷は深そうだね……」

「今アンタが傷つけてんスよ!!」

 訴えが通じたのか、ねるちゃは足を止める。しかし振り返ったその顔は好奇心に満ちており、何かを反省した様子はない。

「嗅いでみて! ねるちゃめっちゃラクトン出てると思うから!」

 そう言ってねるちゃは自分の腕を俺の鼻先に近づける。勢いは殺しきれず、鼻に軽いエルボーを食らった。ラクトンってなんだ。

「ねえどう? どう?!」

 柔らかく体温の高い肌からは果実のような甘い香りがした。

「……わかんないっす」

 俺はそのまま言うのが癪だったので誤魔化した。

「はっ」

 ねるちゃは俺を鼻で笑った。どういう感情だよ。


 ねるちゃに引き摺られたくないので立ち上がる。その時下に何もつけていなかったのを忘れていてねるちゃの前に曝け出してしまったが、彼女はそれについて何か触れることはなかった。

 スボンを取りにあの部屋へ戻ることも憚られたので、上着を腰に巻いてズンズンと先をねるちゃの後を進む。

 いつもは夜でも少しは物音がしている飛雄院も、今宵は耳鳴りがするほど静かだ。

「あの、あの人たちどうなったんですか?」

「ん〜、寝た。深くてなが〜いノンレム睡眠の檻の中」

「それって、魔法ですか」

「物質生成系じゃなくて神経に直接作用するやつね」

「え?」

「薬物は使ってないのっ!」

 階段に差し掛かり、ねるちゃは後ろを振り返る。彼女はよく見れば将来は美人になりそうな日本人離れした美しい顔をしている。カワウソカラーの髪はキラキラ光るヘアクリップで飾られていて、チラッと見える歯には歯列矯正の器具が見えた。立っていると彼女の身長は俺のお腹ほどしかない。どうみても愛らしい子供なのに、その目だけは生命の豊穣と強靭性を象徴するような狂気を孕んでいる。


「あの、ねるちゃさんはなんでここに……、見た目通りの、年齢じゃないっすよね」

 俺は自然とさん付けで呼んでいた。終始リードをとられていたというのもあるし、この小さな可愛らしい体に不釣り合いの狂気にびびっていたというのもある。むしろこれで歳上じゃなければそれはそれで別の怖さがあるぞ。

「ねるちゃは魔女だかんね。長生きよ。お前なんて赤ちゃんとか虫ちゃんと同じ、片手で捻り殺せる哀れな生き物……だから必死に遺伝子を残そうとするんだね」

 ねるちゃはそう言いながら数段飛ばしで階段を駆け降りる。途中からは趣旨を変えて、手摺を滑り降りていた。置いていかれないように必死に追いかける。

 そして一階に着くと、豪華そうな扉の前で止まる。院長先生の部屋だ。院長先生以外は入ることを許されず、普段は鍵を閉められているその扉も、ねるちゃが軽く触れただけで電子音が響いて軽やかに開く。

 中は古色蒼然としていて、それでいて格式高い空間があった。壁には賞状やトロフィーがいくつも飾られていて、本棚はびっしりと難しそうなタイトルの本で埋め尽くされている。俺は小学生の頃入った校長先生の部屋を思い出していた。


 ねるちゃは院長先生のものだと思われる机に座り、俺を見る。

「それでお前は誰だ?」

 最初意味がわからなかったが、自分の名前を名乗っていないことを思い出す。

「えっ、あ、名前すか。秋家タクトです」

「タクト……秋家……たこ焼き太郎……」

 俺は変なことを呟くねるちゃを無視して、自分がこれまで受けてきた学園都市の横暴を伝えた。幼なじみのこと、誘拐されたこと、学園都市を信用できないこと、逃げ出したいこと。言っている途中でねるちゃが学園都市側の人間だったらどうしようかと焦ったが、学園都市への不審を伝えても特に言及することはなく頷きながら聞いていた。

 それよりも強く反応したのは、龍之介についてだった。

「リュウノスケ?」

「はい、魔法が使えて学園都市の招待状も貰った自慢の幼馴染っす」

「男の子?」

「え? はい」

 魔法を使える可能性があるのは女だけ。俺もその常識は知っている。だけど実際に男である龍之介は魔法を使えていた。きっと龍之介はめちゃくちゃすごいやつなんだと思う。

「男、スタンガン、人質」

 ねるちゃは数秒ほどふむふむと部屋の隅を見上げていたが、

「ま、いっか」

 と顔を緩ませた。


「あの、俺の夢を叶えてくれるって言いましたよね」

 時間と共にだんだん頭が冷えていく。理解不能なねるちゃと接して気が晴れてきたのだろう。少しポジティブに考えられるようになった。

「それ、ちょっと変更してもらっていいっすか。ここからは抜け出したいけど、俺の都合でリュウを振り回すわけにはいかないっつーか。でもリュウが危ない目に遭いそうなら助けてほしいってゆーか」

「い〜よっ!」

 意外なことにねるちゃは快く頷いた。強引で人の話を聞かない性格だと思っていたからちょっと驚く。

「いいんすかっ!?」

「そのかわりあなたにやってほしいことがあるから」

「……なんすか」

 やってほしいことと言われて少し身構える。でも俺も無茶を言っている自覚はあったので、よっぽどのことでない限りやろうと思った。

「メルルと交尾して子供を作ってよ」

「え、嫌です」

 考えるよりも早く拒絶していた。


「え〜! じゃあ約束は果たせてやれないな〜にゃ〜」

「ちょっ、待ってください! そもそもメルルって誰すか!? いきなり子供作れって言われても」

「ふむふむデデンッ!! 説明しよう!」

 ねるちゃは院長先生の机の上に立つとそう叫ぶ。ミニスカートで高いところに登らないでほしい。

「お前はまずお前のことを知る必要がある。にゃん。それがわかりまするか? タクトちゃん?」

 突然指を突きつけられ、混乱する。

「え? 俺のこと?」

「デデデンッ! 正解はお前の性質! ここにくる道中様々な術式をお前の体内に試したが、お前はまるで影響を受けなかった! つまりっ! お前の体は揺らがないっ!! な、にゃ、なんだって〜!!!?」

「え? どういう」

 疑問を口に仕掛けた俺の体を、鉄の棒が貫く。胸から棒が生えていた。

 死んだ。

 と思ったが、どうやら棒は体を貫通せずに前と後ろに生み出されただけだった。重力に従って棒が落ちて足の指に当たる。俺は急な激痛に声にならない声で叫んで崩れ落ちた。

「ねるちゃはお前を貫くように物質を生成した! なのにお前の体がある空間には生成されなかったっ! 術式がデデデデフィート!? 魔導による再構成の力よりも強い力が粒子を結合させている? 術式の影響を受けない特殊な場が展開されている? それとも対称性の復元段階で抑制されているの?

 それを知りたいじゃないかっ!! にゃ〜!」

 俺は足を手に取って悶えていた。ねるちゃが何かを言っているが頭に入ってこない。息子がこぼれ落ちることも構わずに足先の激痛に対処していた。


 まあこんなことがありながらも、俺はねるちゃに連れられて飛雄院を脱出した。転移術式で運ぶことができなかったからとねるちゃに抱き抱えられながら。

 小学生ぐらいの女児(見た目だけなら)に抱っこされる半裸の男子高校生(本来なら)という状況は、なんとも名状し難い感情を生み出す。できれば二度としたくない体験だった。


続く?


設定上の間違いがあったので、ねるちゃが一番強く反応した部分をお師匠さまから龍之介に変更しました。

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