5話 不審者と少女
夕暮れ、ベンチにぐったりと座り込んでいる不審者に声をかける奴とは……。
見上げると、黒っぽいマントに自身の身長ほどもある大きな杖。そして、まるで魔女が被るようなくろい帽子。あまりグネグネしてないし、黒い飾りの黒い羽根が特徴的だ。
……そして、見ただけでもわかるようなドヨーンとした雰囲気。心做しか、顔色も悪そうだ。
身長は低く、俺から見ると、9歳か10歳いや、それ以下にも見える。
なぜこんな少女が……。
慌ててベンチから立ち上がり、挨拶をする。
「や……やぁ。なんか用ですか?」
「こんな時間にこんなところで……どうしたんです?」
夕暮れの街に微かに残る騒音に、負けそうなほどボソボソとしゃべり続ける少女。
……なんだ?この子。なぜ俺に話しかけたんだろう。
少女をもう一度観察する。
手入れのされていなさそうなボサボサの銀髪が、肩の辺りで無造作にカットされている。
目にかかる程度の前髪から、深く、燃えるように紅い瞳が俺を見つめている。
ギンパツ、アカメ……
「どうしたのかって……別になんにもないよ。ただ、金と住む場所がないからこれからどうするかなってさ。」
「家族とか、友達__」
「いない。」
しばらく、少女と俺の間で冷たい空気が流れる。
そうだよな……確かに、そういえばそうだよな。嘘はついていない。
「その……。」
「ん?」
ふと、少女が顔をそむけ、明らかに緊張というか、恥ずかしがるような…まぁそんな感情が見受けれる。
「私と……一緒に暮らしてくれませんか……?」
え?
一緒に暮らす?
こんな小さな少女と?(小さいから少女か)
「……いや、待てよ。なぜその発想に至ったんだ?」
「えっと、ベッドあるし、お仕事もあるし、ご飯は……ないですけど、でも……わ、私も、何でもします……から。」
「違う、そうじゃない!!なんちゅうか、もっと普通に考えてさぁ!
俺ら、互いに名前も知らないんだぞ!?」
「マーズ、ロナレットです。」
「サイトウ……いや、ユウタ・サイトウだ。そうじゃなくてな、だから、俺らは初対面だって言いたいんだよ!」
ギャアギャアいいながら、なんとも言えぬ頭痛を感じる。
くそ、なんなんだよ、この感じ。
「でもあなた、家なくて困ってる。」
「いや、困ってるけどさぁ、俺のことじゃなくて主に、マーズ?マーズちゃんの都合が大事だろ!」
今度は少女がうつむく。
「家族、いないし、都合、ないです。」
「……ガチで?」
いやまて、冷静になれ__つまり、思い出させたくないこと思い出させたパターンだな?これ。
「あ、いやごめん、悪かった。でも、本当に俺たち、名前どころか顔さえも知らない他人同士だぜ?
もうちょい考えてくれよ__」
正直、俺は怖い。
そらそうだ、異世界でいきなり共生を求められたんだ。漫画とかなら普通かもだが、いきなり過ぎて気味が悪い。
つか、それ以上に、何かあった時の責任が取れるか分からない。
下手なことでこの少女を傷つけるかもしれないし__
「……それより、私の事、マーズって呼んでください。」
マーズか、呼び捨てでいいんだな。
……マーズ、火星のことだろうか。
「お、おお、分かった。 俺のことはユウタって気軽に呼んでくれ。」
「ユウタ……よろしくお願いします。」
「ん、ああ。よろしくな。」
すると、マントの隙間からスっと手が差し出された。俺も手を差し出すが、何故か腕が止まる。
……ちょっと待て!!
いつの間にか少女のペースに呑まれてる!
惑わされるな混乱するな!生き残る方法はまだあるはずだ。今後の事も考えると、少女と暮らすことは賢明な判断か……?
「やっぱ少し待て……もう一晩、真剣に考えてくれないか?」
「寝るところ、ないって……。」
「うグッ__いい、いいから!野宿できるし!」
しばらく沈黙が流れた。
「やっぱり、嫌ですよね……。すみません。」
「……」
「私は……これで。お元気で。」
マーズは帽子のつばに指をかけ、顔を隠すとくるりと振り向いて歩き始めた。
本当にあれこれ急だが、どうしたものか。これでいいのか?
待てよ、俺が考えよう。この、訳の分からん世界で生き残るには、間違いなく他人の協力が必要だ。
その協力が、向こうからやってきたわけだ。
そうだ、これはチュートリアルだ!
よし、このまま流れに身を任せるほうがいい判断かもしれない。
「あっ、ちょっ……よ、よ〜し、気が変わったぞ!
誰か、俺に協力してくれる人、居ないかなぁー!!」
「……」
どこかへ行こうとしていたマーズは立ち止まり、振り返る。
その表情はやつれてはいたが、どこか嬉しそうだった。
「それで……これからどうするの?」
「とりあえず、その目立つ服……どうにかしないといけません。他の服、持ってるんですか?」
「持ってない。」
とか言いながら、この服そんなに目立つか?と思っていると、途端にマーズの目が見開かれた。
「それじゃあ、いったいどれくらいの間……旅をしていたんです……?」
あ、あぁ!そういうことか!しまったあああ!
「あっ、えーと……昨日くらいに出発してさ、今日この街に到着したばっかりなんだ!ははは!!」
うん、さすがにこの服いっちょうで何日も旅してたら汚ぇよな。
「ん……じゃ、そろそろ行きます。」
「りょうかぃ!」
再びくるっと振り向いて、マーズは歩き始め、俺も慌てて彼女の後に続いた。
なんとも微妙なスタートだが、ここから本格的に異世界生活が始まるのかもしれない。
そう思うと、疲れた足にみるみる力が湧いてきた。