2話 思わぬ助っ人(?)
油が切れたロボットのように、ぎこちなく首が回る。どこからか、ギリギリ聞こえた気がした。
数メートル程先に、何かいる……。
馬のような巨体で、ムキムキ。黄色っぽい毛は、暖かそうだ。
そしてギラギラと光る鋭い眼玉、恐ろしくとがった牙に凶悪そうな顔。
これぞ、マッソー・ライオン……
瞬間で背筋は凍りつき、身動きが取れなくなる。蛇の前のカエル、そんな気分だった……。
「グルルルルルル…………」
毛むくじゃらの怪物は、牙を剥いて唸っていたが、地面の匂いを嗅ぎ、なにやら探している……あれ?俺を探してるの?
そのとき、俺の背中にサァァアっと風がふいた。
あれ……ああ、そうだった__
怪物がバッと顔を上げ、すんごい形相でゆっくりと近ずいて来る。
冷や汗が滝のように流れ、足がガクガク震える。
これが、生物の本能……?
「ぐがぁぁぁるるる!!」
「ぎょぉぉぉおおおおおおお!!!!」
怪物が凄い勢いで俺に駆け寄り、渾身のパンチを放った。
対して俺は、渾身のジャンプで丘の斜面を転がり、起き上がって全力で足を回す。
もちろん、ヤツがそのまま見過ごす訳もなく__
「バウバウっ!!」
だよなァ!?やっぱり来るよなぁ!!
慣れない地形に足を取られながら走る俺と、四足歩行で駆ける怪物。
その恐怖を例えるとしたら、ロードローラーに追いかけられる感じだ。それも、速度が2倍か3倍くらいの早いやつ。
心臓がバクンバクン脈動し、肋骨を伝わるような振動が、走っていても分かる。
えっと、それで、人間が全速力で走れるのって、何秒くらいだっけ?そんな余計なことが頭をよぎった瞬間、足がもつれた。
草の緑と空の青、そして怪物がグルグル回転する。
すぐに視界が緑でいっぱいになり、重たい足音が近づいてきた。
もうダメだ……!体はズキズキするし、足も腰もプルプルしてるし、立ち上がって走れない!
頭を抱えて、うつ伏せにまるまる。
母さん、父さん、俺はよく分からんところで、何も出来ずに死んでしまう!親孝行できなくてごめんなさァァい!
毎日ダラダラと時間とご飯だけを消費し、家族には背を向けてゲームをし続け、手伝いもほとんどしなかった……!
後悔って、こういうことなのか!!!
ぃるるるる……
直後、ドッという鈍い音がひびき、怪物が呻き声を上げた。
上半身を捻って恐る恐る怪物を見ると、肩の辺りに何か某のようなものが刺さり、怪物はよろめいていた。
間髪入れずに、また空を裂く音が今度は重なって聞こえた。それで、矢が飛んできてるってのがすぐに分かった。
ドスドスと矢が怪物に突き刺さり、赤い血が飛び散る。怪物はさらによろめき、矢が飛んできた方向を探しているようだ。
すると、チャンスとばかりに怒鳴り声がひびく。
「そっちへまわれ!!」
「ガウガウガウっ!っギャァン!」
「くらえぇぇ!!」
「うぉぉぉー!!」
人だ、助かった……。
と思ったが、木々の間から10人ほどがワラワラ出てきたのは全身緑色の……人間?腰に布のようなものを巻いただけのほぼ全裸で、竹槍や弓を手に、怪物と戦っている。
一際大きい人が「うおおおおお!!」雄叫びをあげ、銛のような武器で怪物の喉を突き刺すと血が飛び散り、怪物はよろめき、膝から崩れ落ちた。
「ぃよっしゃぁあああ!」
「さすがっすせんぱぃぃ!」
助かる……のか?
「っ、ぜぇぇぇ……はぁぁぁ……」
も、だめ……なんなんだよ、ここ!
「おぉーい、大丈夫かぁー!?」
「はぁぁぁい……大丈夫ではありませぇん……」
必死に返事をしたが、笑っちゃうほど気の抜けた声だ。
緑色の人達がこっちに走って来るのが見える。
あぁ、日本に帰りたい……。
そして俺は、この人たち(?)に少しの間保護してもらうことになった。
色々がいきなり過ぎて、話していた内容さえあやふやで覚えていない。
「いやぁ、人間とは珍しいなぁ。ここらには人間なんて全然でねぇからさ。
俺っちはカルスってぇんだ。
お前さん、どっからきたんだい?旅人かい?」
カルス、と名乗った男はボロボロの布で額の汗を拭い、素晴らしくニッカリわらった。
やはり緑色の肌で、美しく輝くブロンドのサラサラヘアが見ていて眩しい。
ここは彼らの集落らしい。俺、食われたりしないよな……?
それで、最初、緑色の肌はボディペイントか何かかと思ったが、近くで見るとどうやら、素の色らしい。
まぁ、話の内容からも、彼らは人間ではなかったらしい。しかし、話は通じる……。
「え、えぇまぁ。旅人というより、迷子って感じです……。」
「ほぉぉお。そりゃぁ災難だったな。」
会話の途中、横目でちらりと集落を見渡す。
生物の毛皮のようなものでできたテントのようなものが住まいのようだ。
中心の広場には、焚き木が火をパチパチふいている。
奥の方では先程の怪物を解体しているようだ。
ちょうど内蔵を引っ張りだそうとしていて、胃から何かがこみ上げるも、何とか飲み込む。
「まぁっ、疲れただろうからさ、なんか食ってけよ。
ほら、こんなもんしかないけどよ、腹の足しにはなるだろうよ。」
焚き木の辺りに引っ掛けてあった、黒っぽいなにかを差し出すカルスさん。
「こいつはよ、シラドリの干し肉だ。
とれたてだとやっこくてうめぇんだ!」
……しらどり?
「あ、ありがとうございます。」
さりげなく匂いを嗅いでみても、あまり臭さは感じない。
でも、美味しそうな匂いがしてるわけでもない。
おそるおそる口に入れて、噛みちぎる。
おぉっ!?想像していたよりも、柔らかい!
てっきり、干したスルメみたいに硬いのかと思ってたが、簡単に歯が通る。
しかも、味もいい。噛めば噛むほど味が染み出てくる。
「はははっ、誰も取らねぇからゆっくりと食え!」
「あはは……腹が減ってたものでつい……」
そう思えば、日本時間でお昼頃から何も食べていないのだ。
この世界だと、お昼頃だろうか。
腕時計を見ると、19時をまわっていた。
「そうかそうか、ならもっと食え!
今日は思いがけない大物だったからよ、食料はしばらく困らなそうだ!」
ガハハと笑い、さらに干し肉をくれるカルスさん。
"大物"って……アレを食うのか?肉硬そうだけどな。
横目で"大物"を見ると、瞬く間に肉塊にされていくバケモノ。
「おやぁ、なんだい!お客さんかい!?」
突然背後で太めの女の声がする。
振り返ると、赤髪の女性がこっちに来ていた。
ジム通いの女性なんか比較にならないほど引き締まった腹筋が、チラチラ見え隠れする。
それに体もデカいが、一際目を引くスゲェオッパイ……。
「おぉ、帰ってきたか!俺っちの嫁さんのアリアだ。」
「あ、おじゃましています。」
ペコッとアタマを下げると、アリアさんも笑う。
「なんだ?人間のいい男じゃないか!ほらアンナ、挨拶しな。」
アンナ?
するとアンナさんの背後から、毛皮のワンピースを着た赤髪の女の子……?がひょっこり顔を覗かせた。
身長は、俺と同じか、少し大きいくらいだろうか。
「なんだい、照れてんかい?」
「はっはは、アンナもそんな年頃か!」
ふと、集落のあちこちから、若そうな奴らが、「おーい、アンナちゃーん!」と手を振っている。
たぶん、アイドル的な女の子なんだろう。
まぁ、彼女もかなりのナイスバディだし。
でも、俺は巨乳より貧乳派だ!
あ、いや、違ぇ、いつまでもここでグダグダしてる訳にはいかない。
さて、どうするか。ここの人達に協力してもらってあの亀裂に接触するか、人のいるとこを聞き出して、一旦移動するか。
とりあえず、人がいる場所は聞いておこう。
「あの、カルスさん。」
「どうした、人間!」
「この近くに街とかってありますか?」
カルスさんたちが人間という生物を認知している限り、どこかに街やら村やらがあるだろう。
長い道のりになるかもしれないが、存在しているだけで安心できる。
「んー、ここから近いのだと……あぁ!アルストっていう国の、"ウィンの街"ってのがあったな。」
やはり!しかし、アルストだと?……異世界じゃん、なんか知らないけど、異世界来ちゃったじゃん。
「ここからどれくらいでしょうか。」
「うーん、歩いていって、たぶん1時間かそこらだろうな。」
1時間か、思ったより遠くもないな。
じゃ、とりあえず人のいるところ行って、生活が落ち着いたら改めて亀裂に__
「まぁ、今日は何故か霧も晴れてるし、道を辿ればつくだろうよ。」
霧?
なんでも、この辺の森は、昼夜天気関係なく常に深い霧に包まれていて、生物の出入りがほとんどないんだとか。
つまり……ここを離れてグダグダやってると、亀裂に近づくことが出来なくなる……。
いや、霧ごときなんとかなるだろ。
まずは生活を安定させてから接触を図ろう。
……これは私欲だが、せっかくの異世界、ちょっと堪能したいし。
「たぶんよ、あのサナも霧がないからって、ここらまで来ちまったんだろ。
普段はもっと、こう、岩場に住むような連中なんだかな。」
そして、解体中の怪物を指さすカルス。
あのバケモノは、サナというらしい。
「わかりました。いろいろ面倒を見ていただき、ありがとうございます。
俺、そろそろ行きますね。」
リュックサックを背負い、座っていたマルタから立ち上がる。
いつまでも面倒をかける訳には行かない。
「お?もう行くのか、旅人さんよ。
道中危険だろうからよ……ちょっとまってろよ。」
イソイソとテントに潜り込み、なにかを探しているカルスさん。
鈍い金属音が響き、ときおり、「いてっ」と聞こえる。大丈夫かな。
「なんだい、行っちまうのかい!
せっかくいい男がきたんだ、アンナを連れていかないか!?」
アリアさんの驚愕なセリフを聞いてアンナが慌てて首を振る。
それは、俺も同じだっつぅの。
それにいくら可愛くても、あまり趣味にも合わないし……。
「あー、いえ……僕には勿体ないですよ、その子は……」
「なんだい、残念だね。良い子供を産むと思ったんだがな。」
ははは……。
「おぉ、あったあった!ほら、コイツをもってけ!」
ホコリでやられたであろう真っ赤に血走った目が、俺を覗き込み、チビる。
「小さい頃によ、コイツを使ってたんだ。
少し傷んでいるだろうが、十分使えるだろう。」
そう言って渡されたのは、古びた剣だった。
「いいんですか!?」
鞘を抜くと、鉛色の少し欠けた刃が顔をのぞかせる。先の方はシミのような後が残り、年季の入った感じを醸し出させている。
「あぁ。ただ、また会える時に会いに来とくれ!
と言っても、俺っちたちも、霧が出てくる前にここを出ていくがな!」
そう言うとカルスさんは、ニッと笑った。