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魔法使いの名付け親  作者: 玉響なつめ
第五夜 魔法使いの弟子

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 母親が、悲しそうに笑っている。

 ああ、そうかと可紗は思った。


 これは、幻で、夢で、それなら、と。

 

「お母さん」

 

 手を伸ばす。

 触れることができた。


 縋れば抱き留めてくれて、優しく髪を梳いてくれて、可紗が泣き出してもなにも言わずにずっと頭を撫でてくれていた。

 

「ごめんね、置いて逝っちゃって」

 

「お母さん、お母さん、お母さん」

 

「でも、もう大丈夫だね」

 

「いやだよ、行かないで、独りぼっちにしないで!」

 

「可紗は、もう一人じゃないでしょう?」

 

 優しいながらも厳しい声。

 それは、可紗がずっと憧れていた女性の姿。

 

 ぐっと涙を堪えて視線を合わせれば、母親が笑ってくれて可紗は悲しいけれど、嬉しかった。

 

「良い絵本だったじゃないの。オレンジのひまわりの花言葉は『未来を見つめて』だものね。お母さんが好きな花を覚えていてくれたのね」

 

「……うん」

 

「そのリボンの刺繍、ジルニトラさんなのよ。知ってた?」

 

「うん」

 

「似てないでしょ、でもお前のお守りになるようにって頑張ったのよ。……まあ、お母さんは魔法使いじゃないから、ジルニトラさんが直してくれたときにほんのちょっとだけ、魔法がかかったみたいなの」

 

「えっ」

 

 思い当たる節はある。


 きっと、父親に燃やされたときのことを言っているのだと可紗はすぐに気がついた。

 ジルニトラが魔法で直してくれたときに、不思議なあの力がリボンに宿ったとそういうことなのだろうか。


 では、目の前にいるのは誰なのかと目を瞬かせる可紗に、母親は笑った。

 

「ここにいるわたしはね、可紗のお母さんだけど、違うのよ。可紗を大切に思う、その心の形。貴女が悩んでいたから、なにか力になりたいと思ったの」

 

「……おかあさん……」

 

 再び泣き出した可紗に、母親は困ったように眉を下げて微笑んだ。

 指で涙を拭ってやって、ぎゅうっと抱きしめてくれて、それがまた可紗の涙を誘う。

 

「慰めてあげるって約束したでしょう? でも、もう泣き止まなくちゃ」

 

「……うん……」

 

「元気が取り柄でしょ? 笑いなさい。可紗の笑顔、お母さん大好きよ」

 

 可紗はごしごしと乱暴に手の甲で涙を拭う。

 そして、一生懸命、笑ってみせた。

 下手くそな笑顔だったと彼女自身思うが、それでも必死で笑顔を浮かべた。


 立ち上がる母親の手を、咄嗟に掴む。涙が、滲んだ。

 

 それでも、その姿を目に焼き付けたくて泣くのをぐっと堪える。

 

(だめだ、だめ。泣いたらだめ。涙でにじんでお母さんの姿が見えなくなるなんて、だめだ)

 

 笑顔を見せなくては、心配させてしまう。

 それでも、胸が苦しい。

 

「……ありがとう、可紗。あなたがいてくれたから、お母さん、とっても幸せだったわ」

 

「私も、お母さんの娘で良かった」

 

 日が沈む。茜色が、濃くなる。

 

 まるで、黄色のひまわりが咲き誇るかのように母親の姿がじわりと滲んで、茜に消えていく。

 その一部始終を見逃すまいと、可紗は握った手を離すことも、目を逸らすこともせずただなんとか笑顔を維持してみせた。

 可紗の、最後に見た母親の表情は、可紗が知る中で一番綺麗な笑顔だった。


 その後、どのくらいベンチに座ったままだったろうか。

 すっかり暗くなってしまっても、可紗は動けずにいた。


 ふと、目の前に立つ人影に気がついて顔を上げるとそこにはジルニトラが立っていた。

 

「……可紗」

 

「ジルさん……」

 

「帰ろうか、アタシたちの家に」

 

 差し出された手を可紗は緩慢な動作で見つめてから、掴んだ。

 

 その温もりに、涙がまだ零れる。

 一人じゃない、母親のその声が蘇って泣く可紗の肩を、ジルニトラがそっと抱き寄せた。

 

「ねえジルさん。私ね……、魔法使いの弟子なんだって」

 

「おやおやすごい。じゃあお前さんに、アタシはとっておきの魔法を教えてやらなくちゃね」


「……私、魔法使いに、なれるかな?」

 

「なれるとも。そのためには、まずは志望の大学に合格しなくっちゃね」

 

「ガンバリマス」

 

 それは静かな夜だった。

 とても穏やかな、夜だった。


次回、エピローグ。

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