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みちはひとつしかありません。
おんなのこは、とちゅうで「まほうつかいさんにあえないかもしれない」とふあんになりました。
だけど、ゆうきをもってすすみました。
ぬまちをぬけて、もりをすすんで、おんなのこはまけません。
そしておんなのこは、ちいさないえにたどりつきました。
ちいさなてでのっくをすると、なかからでてきたのはきれいなみどりのめをしたおばあちゃんでした。
おや! おや! かわいらしいおきゃくさんだこと!
そういってわらうそのひとに、おんなのこもえがおをみせました。
たくさんのおはなと、アップルパイをさしだして、おんなのこはいいました。
「『あなたが、魔法使いさんですか』」
「それで? それで? どうなったの?」
「『ええ、そうよ。願い事をしに来たの? 誰かの病気を治すのかしら、お金持ちになりたいのかしら、それとも王子様に出会いたい? 優しい笑顔で頷いてくれた魔法使いに、女の子は嬉しくなって抱きついて、言いました』」
描いた花は、オレンジ色のひまわり。
それを束ねる濃い緑のリボン。
全て、可紗の中で繋がるものだ。
可紗を、掬い上げてくれたものたちだ。
「……『私に、名前をつけてくれてありがとう』……」
お話は、そこでおしまいだ。
だってこれは可紗の物語。
尻切れトンボだと自分でも思うけれど、可紗にとってそれが全てだった。
ここからこのスケッチブックの中で笑う女の子は、歩み出すのだ。
誰かに、定められる道ではない、自分の未来を。
「はい! これでおしまい。……どうだった?」
パタンとスケッチブックを閉じて可紗が隣に座っている女の子を見れば、女の子は顔を赤くして大喜びをしているようだ。
その様子に可紗もほっと胸をなで下ろす。
「すごいね、おねえちゃん。おねえちゃん、魔法使いみたいだね!」
「えっ?」
「だって、素敵な物語が作れるんだもの!」
「そ、そうかな。じゃあ、おねえちゃんは魔法使いの弟子だね!」
「そうね、もうあんたは立派な〝魔法使いの弟子〟ね」
「……え?」
魔法使いだなんて言われた可紗は、なんとなく気恥ずかしくなって手元のスケッチブックに視線を落とした。
だが、その直後、急に聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこに先ほどまではしゃいでいた女の子の姿はなくなっていた。
それどころか、そこには在りし日の母親の姿があるではないか。
「な、んで」
「物語、書けたのねえ。緑の目の魔法使いだなんて、ジルニトラさんしかいないじゃないの。単純なんだから、まったく」
「なんで!」
「……お母さんのリボン、大事にしてくれているのね」
「なんで! ねえ。なんで!?」
可紗は理解が追いつかず、声を荒らげる。
目の前にいるのは、間違いなく可紗の母親だ。
可紗が間違えるはずもない。
だけれど、可紗の母親は死んだのだ。
縋りついて逝かないでくれと泣いたときの冷たさを、覚えている。
喪失感に絶望したことだって、まだ記憶に新しい。
前を向かざる得なかった。
笑顔を浮かべざるを得なかった。
支えてくれる人たちがいて、いつまでも立ち竦んでいられなかった。
それだというのに、どうして。
「……ごめんね」
ざあ、ざあ、と風が木々を揺らした。




