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魔法使いの名付け親  作者: 玉響なつめ
第一夜 魔法使いの名付け親
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5

「大丈夫、ジルニトラに任せるといい。彼女はおれが知る中でも有数な魔法使いだから」

 

 微笑みながらティーセットを片付け始めたヴィクターの言葉に、まるで自分の考えが見透かされたかのような気分になって可紗は思わず目を見開いたのだった。


 それからは、あれよあれよという展開だった。


 ジルニトラたちに連れられた可紗はホテルの一室を与えられ、その状況に追いつかないままに次いで田貫(たぬき)と名乗る弁護士と面会した。

 そして、可紗の母親が離婚した経緯や内容などについて説明を受けた。

 

 これによりジルニトラの言っていたことが事実であると証明されたのだ。

 

 それだけでも頭が追いつかないというのに、なんと可紗の母親はこの離婚の際にジルニトラのことを可紗の〝未成年後見人〟に指名していたという事実まで出てきた。

 本来であれば離婚しているとはいえ、実父とその家族がいるので親権を持つ母親に何かあればそちらにいくのだが、離婚の経緯が経緯だったためにそれは当然のこととも思えた。

 これがジルニトラの『後見人として保護者になる』発言をも証明したのだ。


 そして、可紗が目を瞬かせている間に田貫によって今後の手続きは次々と進められ、彼女は謎の〝魔法使い〟ジルニトラと暮らすことになったのだ。

 

 実に出会ってほぼまだ一日のことであった。

 

 土日と週末をホテルで過ごしつつ、引っ越し作業をしましょうねと可紗は言われてなんと答えたのかよく覚えていない。

 

 引っ越し? 同居? 保護者? 魔法使い?

 

 とにかく彼女の頭の上ではクエスチョンマークが乱舞していたのである。

 母親の死を悼んでいたら会ったこともない実父が現れ、それが実は大変物騒な人物であり、架空の存在だと思っていた名付け親が現れて窮地を救った上に同居することになった……なんて怒濤の展開を迎えたのだ、無理もない話だった。

 

「それじゃあ、帰りはヴィクターを迎えに寄越すから」

 

「は、はい」

 

 月曜日にはジルニトラと共に登校し、校長と担任を交えて保護者となった旨を告げ、改めて面談の予定を組んだ。

 突如として現れた異国情緒溢れる美貌の老婦人とその執事と共に登校してきた可紗の存在は、その日学校中で話題になったのは言うまでもなく、若干肩身が狭い思いもした。

 

 だが、ジルニトラが名付け親で未成年後見人であり、今後も高校に変わらず通えるのだという事実に仲の良いクラスメイトは喜んでくれ、可紗もそこでようやく実感が湧いたのだった。

 

 そして、下校時刻。

 

 迎えに現れたヴィクターによってエスコートされるまま車に乗り移動した先は、可紗が暮らしていたアパートではなかった。

 どこに行くのか尋ねてもヴィクターも地名は今ひとつなのか、アパートよりは少し遠いところとばかり答えるから可紗も首をひねるしかなかったのだ。

 

 しかし、進む方向と車の中から見える住宅の数々に、彼女は段々と顔を引きつらせる。

 そして車が止まってエスコートされたのは、彼女が知らない一軒家の前だった。

 

「さあ、着いたぞマドモアゼル」

 

「え、ここ……え? なんですか、ここ」

 

「今日から暮らす場所だが? 日本語では……そう、一軒家と言うんだったかな」

 

「合ってますけど、いや、暮らす? 今日から? え、えええ!?」

 

 一軒家は一軒家。

 確かにそうだ。


 だがそれは外観からしてちょっとした洋館と呼べる代物で、立派な庭までついているではないか。

 可紗が驚いて大声をあげたとしても、責める人などいようか。

 

 なぜなら、彼女はこの場所がどんなところか知っている。

 いわゆる、高級住宅街と呼ばれる場所で大きな一軒家が建ち並ぶ、そんな場所なのだ。


 何故可紗がそれを知っているかと言えば、そこは通学の際、電車の中からもよく見える一等地だからであった。

 値段については詳しく知らないが、時折入る住宅販売のチラシを見た母親が『やっぱり一軒家は高いわねえ、でもあそこの土地のだったらもっとするんだろうなあ』なんて言っていたから、きっとお高いのだろう程度の感覚だ。


 そんな高級住宅街の、大きな家が建ち並ぶ中で更に輪をかけて大きな家、しかも庭付きとくれば可紗が驚くのは、むしろ当然だったかもしれない。

 

「どうかしたのか? 気に入らなかったならまた別の物件を手配するが」

「別の物件!? 手配!?」

 

 ヴィクターの心配そうな声を案じることもできず、可紗はその言葉の内容に思わずくらりときた。

 どうやら可紗が思っていた以上にジルニトラはとんでもない人物のようだった。

 そもそも、見ず知らずの女性に同情してあれこれ世話をし、肩代わりしたくらいなのだからそれなりの資産家だろうとは可紗も考えていたが、まさかここまでとは思いもしなかったのだ。

 

「なんだい、いつまで入ってこないつもりなの。そんなところで話していたら風邪をひいちまうよ?」

 

「ジ、ジルニトラさん!」

 

「おかえり、可紗。アタシのことはジルでいいって言ったろう?」

 

 蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべたジルニトラが、両手を広げて出迎えてくれる。

 その『おかえり』という言葉に可紗は思わず手をぎゅっと胸の前で握りしめた。


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