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魔法使いの名付け親  作者: 玉響なつめ
第一夜 魔法使いの名付け親

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 男もその声に恐怖を覚えたことで正気を取り戻したのだろう。

 あるいはヴィクターによって蹴り飛ばされたことによる痛みだったかもしれない。

 可紗からはヴィクターの顔は見えないものの、鼻血を垂らしながら情けない悲鳴をあげる男の姿は見える。

 

「たすけっ、助けてくれ、なんだお前、ばっ、化け物ォ……! 化け物じゃねえかア!!」

 

(ばけ、もの?)

 

 男はヴィクターを見て怯えている。

 蹴られて怯えたと言うにはあまりにも怯えすぎていて、可紗は呆然とその光景を見ていた。

 

「ジルニトラも決して貴様を許すまい。法が貴様を救うと思わんことだ」

 

「ええ、決して許すことはない。アタシの名にかけてね」

 

 ヴィクターの声に男が突如として泡を吹いて倒れたかと思うと、可紗の横にコツリと足音を立ててジルニトラが現れた。

 悠然と、まるで最初からそこにいたかのように立つジルニトラの姿を可紗は緩慢な動作で見上げる。

 

 ジルニトラは美しいエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細めて、可紗の頬をするりと撫でた。

 そしてヴィクターから差し出されたリボンを無言で受け取る。

 座り込んだままの可紗の視点より少し上で、リボンの端が焦げているのが見て取れた。あの状況で殆ど原型が残っているだけでも儲けものだが、焦げてしまったという事実に可紗は大粒の涙を零すしかない。

 

「可紗、……ほら、ごらん」

 

 そんな彼女にジルニトラは優しく微笑んで可紗と視線を合わせるように膝をつき、両手にリボンを載せたかと思うとまばゆい緑の光が迸る。

 驚きで涙が止まる可紗の目の前で、ジルニトラの目と同じ色の輝きが泡のように生まれ輝いては消えていき、そしてその光の中から元通りのリボンが現れる。

 

「さあ、泣くのをおやめ。お前さんには笑顔でいてもらわなくっちゃ」

 

 ロシアの魔法使い。

 ああ、可紗の母親はただただ事実を娘に告げていたのだ。


 そのことは今の可紗にとって理解を超える事実であったけれど、今、彼女にとって大切なのは思い出のリボンが元通りになって、彼女の手に戻った。


 ただそれだけで、可紗には十分であった。

 可紗はそれを見つめて、ぎゅうっと胸に抱いてまた涙を零す。

 

「おか、おかあさん、おかあさん、おかあさん……!」

 

 大切な物。いくつも残る母の物の中で、特別な物。

 それが戻ってきた喜びは、言葉に表せなかった。

 

 可紗が嬉しくて涙を流す姿に、ジルニトラは優しく笑みを浮かべて立ち上がる。

 そして気を失っているオーナーの元へ歩み寄るとどこからか取り出した杖を床についてみせた。

 

 とぉん。

 

 そんな音が聞こえてきそうなほど、軽やかな動作であった。

 瞬間、再びあの緑の光が輝いたかと思うと男とヴィクターが暴れて壊れたり崩れたりした棚が直り、床の血溜まりは消え去り、オーナーの頭部の傷も消え去ったのだ。勿論、可紗の傷も。

 

 そのことに目を丸くする彼女にジルニトラは微笑んだが、すぐに厳しい表情でヴィクターを見た。

 

「ヴィクター、お前は反省おし。護衛対象から目を離すなど、初心者のミスをするなんて。そろそろ警察も来る頃でしょう、アタシが対処するからお前は可紗を連れて帰りなさい」

 

「……すまない、ジルニトラ」

 

「謝る先が違ってよ」

 

「……可紗、本当にすまない」

 

 ヴィクターの声に、可紗は首を横に振る。そもそもの原因は自分だと言いたかったが、涙が止まらなくてしゃくり上げるばかりで言葉は声にならなかった。

 

「可紗、アタシはもう少しやることをやってから帰るから、ヴィクターに帰ったら熱いお茶でも淹れてもらってお前さんは先に寝てるんだよ。ちゃあんと、明日になったら説明してあげるから。いいね?」

 

「……はい、ジルニトラさん」

 

「いい子ね」

 

 ふんわりと微笑んだジルニトラに可紗も安心した。

 ああ、この人の笑顔には他人を安心させる力があるに違いない。そう可紗は思った。

 

 ヴィクターに支えられるようにして外に出て、家に向かう道中にサイレンを鳴らしたパトカーとすれ違う。

 泣き腫らしたせいか、疲れのせいか、あるいは両方か。可紗はぼんやりとした思考の中でそれを視線だけで追ったが、当然のことながら反対車線を走っていたパトカーはあっという間に遠くに行ってしまった。

 

「眠いならば、寝てしまえ。……大丈夫、悪夢を見ることは、ないだろう」

 

「……うん」

 

「今度は、ちゃんとおれが守る。安心して、眠るといい」

 

「……うん。ありがとう、ございます」

 

 家に着くまでそう時間はかからない。だが、可紗は限界だった。ヴィクターの低く落ち着いた声音がまるで子守歌のように、守ってくれるというその宣言にも安心感を覚えて可紗は目を閉じる。眠りに落ちる直前に、ジルニトラの笑顔が見えた気がした。


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