第8話 黒VS赤
水族館に行った日の夜、俺はベッドで考え事をしていた。どうしてリンは『白河先輩の死』について詳しいのだろうか。そしてどうしてあんなことを俺に言ったのだろうか。
---白河先輩は『刺殺』されたのではなく、『絞殺』されたんです。
彼女が放った言葉が何度も頭の中をループする。
そんなことを考えている内に、時間は21時を回る。明日も特に予定があるわけでは無いが、疲れが溜まっていた俺はもう眠ってしまおうと決めた。そして彼女のもう一つの言葉を思い出す。
---Line待ってます
そうだった。彼女とは眠る前には必ずLineを送るという《《契約》》を結んだのであった。さすがに初日から破るわけにもいかない。
>[ハルト]おやすみ。
>[リン]はーい。ゆっくり休んでくださいね。
リンからの返事を確認した俺は、そのまま深い眠りに落ちていった。
翌日の朝。昨晩早くに眠りに着いたためか、時刻は5時30分といつもよりも2時間も早い起床時間であった。そして俺が起きるのを予期していたかのようなタイミングでLineの通知音が鳴る。
>リン さんから新着のメッセージがあります
最近はこの子に悩まされてばかりだ。体力的にも精神的にも。過去に俺と彼女の間に何かあったのだろうか。俺は全くといって良いほど、彼女のことを覚えていないが・・・。初対面とは思えないほど、俺と白河先輩のことをよく知っている。いや、《《知りすぎている》》。謎は深まるばかりであった。
朝食を終えた俺は、家にいても何もすることが無いと思い、大学に来ていた。研究室であればクーラーも効いているし、インターネット環境も申し分ないし、日曜だから先生も来ない。なんとなくやる気になって研究も進む・・・かもしれない。そういった理由から、休日でも俺は研究室で過ごす時間が増えていた。俺は自分のデスクトップの電源を入れ、起動までの間をボーッと過ごす。すると、誰かが研究室の扉をノックした。・・・嫌な予感がする。恐る恐る扉を開くと、そこには黒崎リサが立っていた。
「黒崎?どうしてここに?」
「その・・・。この前のこと、ちゃんと謝りたくて・・・。」
「いや、あれは俺も悪かったし別に・・・ってか、なんで俺がここにいること知っているんだ?」
最近はリンの奇天烈な行動のせいで、ちょっとした他人の行動にも疑いの眼差しを向けてしまうようになっていた。
「佐々木くんから聞いたの。蒼井君は休日でも研究室に来ているって。」
「(バレていたのか・・・。)何にせよ、別に黒崎が謝ることはないよ。それに君のパ・・・お父さんだって、リンだって悪くない。みんなタイミングが悪かっただけさ。」
黒崎はホッとしたように微笑んだ。本当に用事はそれだけだったようで、彼女は「じゃあ」とだけ言って扉を背にした。その時、振り返った彼女の視線の先にはリンの姿があった。
「また会いましたね。ドロボー先輩。」
「あなたはあの時の・・・」
リンの《《表情は笑顔》》だったが、目の奥では笑っていないことがハッキリとわかった。後輩のプレッシャーに負けていられないと思ったのか、黒崎も同様に偽りの笑顔でリンに応える。
「リン、何しに来たんだよ。」
「あ、ひどーい。私は『研究室に行きます』ってLineしましたよ。」
そういえばリンからのLineは全く見ていなかったと思い、彼女のメッセージを確認する。
>[リン]おはよーございます。先輩は今日も予定が無いでしょうから、きっと研究室に行きますよね。私も行きますから、先に行って待っていてくださいね。
恐怖。俺の今の感情を一言で表すには最適な言葉であった。完全に俺の行動パターンが読まれている。黒崎が俺のスマホの画面を覗き、リンのメッセージを読む。
「なによこれ。あなたが一方的に送りつけてるだけじゃない!」
「あなたには関係ありませんよー。」
その適当な返事が黒崎をイラつかせているようであった。
「大体あなたは蒼井君のなんなの?」
「可愛い後輩です。」
「どうしてここまで粘着するの?」
「いつも一緒にいることを『粘着』と表現するなんて、情緒の無い方ですね〜。」
黒崎が怒りに震えている。リンはそんな黒崎を横目に俺の隣にやってくる。
「アオイ先輩も何か言ってくださいよ」
「俺も君が怖いよ。」
「そんなー」
黒崎はさぞお怒りだろうと思い恐る恐る彼女の方を見てみると、さっきまでは怒り一色だった彼女の表情が、恐怖に青ざめたような表情に変わっていた。
「あ、あなた、どうして・・・?どうして蒼井君と一緒にいるの?」
「・・・良い加減、うるさいですよ。黒崎先輩。」
リンは冷たくそう返した。黒崎は何度か俺とリンに交互に目をやり、逃げるようにこの部屋を去っていった。黒崎はパニック状態のように見えたため、俺は彼女の後を追おうとしたがリンがそれを止めた。
「放っときましょう。追っても良いことないと思いますよ。それよりエアコンのリモコンってどこです?」
そう言って、彼女はリモコンを探し始める。
そして彼女が俺に背を向けた時、彼女が来ているワンピースの背中部分に特徴的な青い花の刺繍がされていることに気が付いた。