第7話 秘密を一つ
リンがゆっくりとこちらに近づいてくる。それと同時に《《パパ》》も同じ速度で近づいてくる。そんな状況でも黒崎は冷静に俺に質問をしてくる。
「蒼井くんの後輩ちゃんってあの子?結構かわいいね。へぇ。」
「なんでそんな冷静なんだよ!パパはいいのかよ!」
「ちょっと、なんであなたまでパパのことパパって呼んでるのよ。」
「だって、君のパパなんだろ?俺は君の事情を知らないから偉そうなことは言えないけど、その・・・、パパ活は危険性も伴うと思うんだ・・・。お金が必要ならもっと適切な機関を頼った方が良い。」
黒崎は一瞬真顔になり、直後に顔を真っ赤にした。
「・・・んな!?違うわよ!《《本物の私のパパ》》よ!バカ!!」
黒崎は俺に平手打ちを喰らわせようと大きく右手を振りかぶる。その瞬間、リンと《《パパ》》が俺たちのもとへと駆けつける。《《パパ》》は黒崎の腕をつかみ、リンは俺を守るように前に立つ。そして、時が止まる。
「・・・なんだこれ。」
お土産を買いに来ていた他の客達が不思議そうに俺たちを横目で見る。そして、ある子供がおもちゃのカメラのシャッターを切ったことが引き金となって、俺たちは我に帰る。
「リサ。人を叩いてはいけない。」
「・・・ごめんなさい。」
「そうですよ。私の先輩に《《手を出さないで》》ください。」
黒崎とリンは睨み合っていた。そして《《パパ》》は俺を睨む。
「君は一体、リサのなんなんだ?」
「あなたは先輩のなんなんですか?」
リンと《《パパ》》はほぼ同時にそう問いかける。このままだと厄介なことになると思い、俺は二人にこれまでの経緯を説明した。しかし二人とも納得をしきっているようではなかった。
「リサの彼氏ではないということはわかったが、私がトイレに行っている隙に娘を連れ去ったことだけは許せないな。」
「だから、私が勝手に彼を連れてあの場所を離れたの!」
「どんな理由があれ、先輩を連れ去るなんて許せません。」
「おいおい、黒崎は君を探す手伝いをしてくれてたんだぞ?」
「先輩は黙っていてください!」
「リサは黙っていなさい!」
混沌。この場を一言で表すには最適な言葉であった。埒が明かないと判断した《《パパ》》は黒崎の手を引き、水族館を出て行った。
そしてリンとの気まずい時間が流れる。
「あのー、リンさん?そろそろ俺たちも出ようか?」
「78分。」
「・・・はい?」
「今日私たちが水族館内に一緒にいた合計時間です。」
リンは俺を睨みつけている。たしかにその他の時間はずっと黒崎といた。俺たちの関係性はひとまず置いておくとしても、一応デートという形式を取っている以上、俺の行いが失礼にあたることは明白であった。
「リン、悪かったよ。もし、君さえ良ければまたどこかで埋め合わせをさせてほしい。」
早歩きで水族館の出口を出て行こうとしていたリンが、俺のその言葉にピクッと反応し停止する。そしてしばらくの沈黙の後にこちらを向く。
「・・・それでは、毎日Lineをしましょう。私のLineは無視しても構いませんが、寝る前には必ず『おやすみ』とだけ連絡をください。毎日。1日も欠かさずです。」
「おいおい、俺は別日でデートのやり直しをさせてくれという意味で『埋め合わせを』と言ったんだ。」
「はい。それも当然行っていただきますが、それに加えてLineもお願いします。それだけの《《粗相》》をされたんですよ?」
リンの顔には再びいたずらな笑顔が戻っていた。もうヘトヘトに疲れていた俺は、それで許されるならとその要求を飲んでしまった。
「やった〜。偶然とは言え、あの恋敵先輩にも感謝ですね〜。」
鼻歌を歌いながら彼女は軽い足取りで進む。そして何かを思い出したかのように、アっと声を出し俺の前に戻って来た。そして俺の顔を見上げる。
「そういえば、《《約束》》でしたね。私の秘密を一つ先輩に教えてあげるって。」
「あぁ、なんで俺に付きまとうのかを聞いていた。」
「それは先輩のことを好きだからに決まってるじゃないですか。そんなことよりも、もっと大事な秘密を教えてあげます。」
彼女は小さく手招きをしてきたので、俺は顔を近づける。すると彼女は俺の耳元まで寄ってきて小さな声で囁く。
「白河先輩は『刺殺』されたのではなく、『絞殺』されたんです。」
その発言に俺が呆気に取られていると、続けて彼女は「Line待ってます」と呟き走り去って行った。
白河先輩は、絞殺された・・・?