第3話 ごめんなさい
赤木リンとの出会いから、数日が経った。結局、俺からはLineも送れずにいた。女性経験が一人しかない俺にとっては、一度しか会っていない女性に自分から連絡をとるという行為はハードルが高すぎたのだ。
そんなある夏の日、何事もなかったかのように普段通りに講義を終え、また研究室のクーラーの風が一番当たる机に突っ伏していた。研究の方も進みそうにないし、少し眠ってから帰ろうと思っていた。その時、ゆっくりと扉が開く音がした。石川先生が入ってきたと思った俺は、注意をされる前に言い訳をしようと決めた。
「別に寝ているわけじゃないので。研究に行き詰まって考え事をしているだけなので。気にしないでください」
俺は突っ伏しながらそう言った。しかし、先生からの反応がない。今までにそんなことは無かったため不思議に思い、顔をあげた。すると、俺の顔を覗き込んでいた赤木リンと目があった。
「うわ!赤木さん!」
「真面目に研究している姿を見にきたつもりだったのに、何だか情けない姿を見てしまいしたね。」
「なんでここに?!」
驚いた俺は椅子から転げ落ちる。そしてそれを見た赤木リンはクスクスと笑う。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。そんなことより、どうして連絡をくれなかったんですか?」
「あ、いや、なんか緊張しちゃって。」
「もう。意気地なし。」
彼女は笑いながらそう言った。実際は返事をしなかったのには『緊張』以外にも理由がある。
「告白までしたんですよ?気になっちゃったりしないもんですかね?」
「いや、そりゃ意識はするけどさ・・・。」
「でも、連絡はくれなかったんですね?」
彼女は俺の狼狽えた姿を見てまた笑う。からかい上手の赤木さんに振り回されているダサい20歳の男は、さらにダサいことを言う。
「・・・元カノのことが忘れられないんだ。だから、君の気持ちには応えられないし、勘違いもさせたくなかったんだ。」
「あれ、振られちゃいました?私。」
「ごめん。」
彼女は無邪気な笑顔から、少し悲しげな笑顔に表情を変えた。こんな男に振られたんだ。そりゃあショックだろうな。
「でも、君に魅力がないわけじゃない。むしろ、なんで君みたいな子が俺のことなんて好きになってくれたのかがわからない。」
「うーん、そういう誠実なところじゃないですかね?惹かれた理由は。」
彼女はため息をつきながら、大股で俺から離れていく。そして研究室の扉を開き、再び俺の方へ振り返る。
「私、諦めませんよ。きっと振り向かせて見せます。まぁ、《《白河先輩》》ほど魅力はないと思いますけどね。」
そう言って、彼女は走り去って行った。
俺は彼女のその発言に、衝撃を受けていた。
彼女はなぜか知っていたのだ。
友人にも、家族にさえもその関係性を公言していなかった、《《半年前に死んだ元カノ》》の名前を。